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『バックオーライ ケッカオーライ』10秒だけ時間を戻せる新米刑事。倫理観ゆるめでサーセンね。  作者: 団田図


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第21話 ギンギラの銀 ⑦

 パーーーンッ!!


 !?

 轟音。

 またしても、杵塚きねづか先輩の頭がガクンと揺れた。

 スローモーションのように床へ突っ伏し、こめかみから鮮血が広がる。

 静止した肉体。

 死んでしまった。


 俺は凍り付いた。

 な、なんでだ!? 4発目じゃなかったのか!?

 俺はパニックになりそうな頭を殴りつけ、反射的に能力を発動した。


 パチパチパチ バック!


 視界が歪む。

 意識が再構築される。

 時間は、杵塚先輩が「ざーんねーん。あはは~」と言い放った直後。5ショット目を撃つ直前だ。


 あーー。クソッ! クソッ!

 考えることが山ほどある。

 まずは杵塚先輩。今回も半殉職、合わせ技一本で全殉職だ。2階級特進おめでとうございます。

 奥様、正義君。本当に申し訳ない。俺が不甲斐ないばかりに、パパは何度も何度も死んでいる。

 いや、冗談を言っている場合じゃない。


 パチパチパチ バック!


 「ざーんねーん。あはは~」


 本題に戻るぞ。

 銃はジャムっていたわけではなかった。火薬が湿気っていたわけでもなかった。

 最初の未来では:

 1片桐〇→2杵塚〇→3片桐〇→4杵塚×(死亡)

 これを阻止するために俺が入って順番を変えた結果:

 1片桐〇→2杵塚〇→3兎木緒〇→4片桐〇(なぜか生存)→5杵塚×(死亡)

 

 なぜだ! なぜだ! なぜだ!

 4発目が実弾だったはずなのに、片桐が撃つと出ず、次の5発目で杵塚先輩が撃つと出た。

 弾が移動した? そんな馬鹿な。

 ……もしや、い、イカサマ?

 ありえる。こいつらはバカラでも平気でイカサマをやっていた。裏社会の人間が、命を賭けた真っ当な勝負などするはずがない。

 だとしたら、どうやった? タネはどうなっている?

 遠隔操作? 特殊な仕掛け?

 ダメだ。まったく思いつかない。

 降参して走ってこの場から逃げるしかないのか?


 パチパチパチ バック!


 「ざーんねーん。あはは~」


 この能天気な杵塚先輩を置いていけば、俺だけは何とか逃げられるかもしれない。

 でもダメだ。こんな先輩でも、俺に無いものをたくさん持っている。家族への愛、正義感、そしてあの暑苦しいほどの情熱。

 俺は変わりたいと思ったんじゃないのか? ここで逃げたら、俺は一生クズのままだ。

 こうなったら……。

 片桐が仕掛けたイカサマを見破るべく、なりふり構わず調べるしかない。


 俺は先輩が銃を手に取る前に、横からひったくった。

「ちょ、ちょっと貸してください!」

 俺は銃を隅々まで調べ上げた。

 シリンダーを開けて確認する。

 間違いなく弾が1発込められている。位置は……ここか。

 異常無し。


 パチパチパチ バック!


 「ざーんねーん。あはは~」


 弾を取り出して確認する。

 何の変哲もない.357マグナム弾だ。底の雷管プライマーも正常に見える。

 異常無し。


 パチパチパチ バック!


 「ざーんねーん。あはは~」


 銃口を覗く。ライフリング(施条)も普通だ。

 ハンマー、異常なし。シリンダーを回すハンド、異常なし。

 くそっ! これ以上調べられるところは無い! 物理的には完璧な銃だ!


 パチパチパチ バック!


 「ざーんねーん。あはは~」


 あーうるさい! 誰のためにこんなに必死になっていると思っているんだよ!

 そもそも、どうして杵塚先輩はこの銃をおもちゃだと思ったんだよ。

 確か……『片桐が手に持っていた重量感や表面のツヤが正におもちゃのそれだ』って言っていた。

 重量感?

 確かにこの銃、見た目は鋼鉄製のリボルバーだが、手に持つと妙にバランスが悪い。銃身側は重いが、手元のグリップ部分が……軽い?

 重心が普通とは違う。

 俺はグリップ部分を指の甲でノックをするように叩いてみた。

 コンコン。

 軽い音。

 こ、これはプラスチック製だ!

 本来、実銃のグリップは木製かラバー製、あるいは重りの入った樹脂製が多い。だがこれは、中が空洞のような安っぽい音がする。

 この中に何か細工があるっていうのか?


 俺は銃から弾を抜き、グリップの底を確認した。ネジ止めされている。

 ドライバーなんてない。

 ええい、こうだ!

 俺はグリップ部分を力いっぱい机の角へ叩きつけた。

 ガコーン!

 プラスチックが砕け散る音がした。

 片桐が悲鳴を上げる。「何しやがる!」

 割れたグリップの中から、基板のようなものがこぼれ落ちた。

 電子基板、配線ケーブル、そして小さなバッテリー。

 これは一体どういう事だ?

 配線をよく見てみると、グリップの表面にあたる部分に、黒くて四角いセンサーのようなものが埋め込まれており、その配線はシリンダーの回転制御機構シリンダーストップの方へ伸びている。

 

 ……ようやく分かった。

 そういうことだったのか。

 これは、指紋認証システムだ。

 登録された指紋(片桐の指)がセンサーに触れている時だけ、安全装置が解除され、あるいはシリンダーが制御される仕組みだ。

 いや、逆か?

 「片桐が握っている時だけ、弾が入っている薬室チャンバーをスキップする」あるいは「ハンマーが落ちないようにブロックする」仕組みか。

 4ショット目の時、片桐が撃ったのに弾が出なかったのは、このセンサーが作動して発射を阻止したからだ。

 そして5ショット目、登録されていない杵塚先輩が握ったため、センサーは作動せず、通常通りに実弾が発射された。

 なんてハイテクなイカサマだ。

 これは確かに、構造的にはおもちゃ(電子ガジェット)みたいなものだ。

 杵塚先輩の見立てはあながち間違いではなかったことになる。やっぱりあんたスゲー人だよ。

 

 謎は解けた。

 俺がこのふざけたゲームを終わらせてやるよ。


 パチパチパチ バック!


 視界が戻る。

 時間は、杵塚先輩が5ショット目を撃つ直前。

「ざーんねーん。あはは~」

 壊れたグリップも、飛び散った破片も元通りだ。

 だが、俺の脳内には確かな証拠の映像が残っている。


 遊び感覚で気楽な杵塚先輩が銃に手を伸ばそうとするのを、俺は手で制した。

 そして、テーブルの上にあった銃を自ら手に取り、片桐を見据えて言った。

「ちょっといいか。これはイカサマだ」


 ゲームの流れに酔いしれて興奮していた片桐は、水を差されたことに怒りを爆発させた。

「てめぇー! 邪魔すんじゃねぇよ! どこがイカサマだっていうんだよぉ! あぁ!?」

 俺は冷静に、そして探偵のように答えた。

「このタイプの銃は本来、重心が中央へ来るように調整されているはずだ。なのに、銃口側へと異常に傾く。グリップが軽すぎるんだ」

 俺は銃のグリップを指先で叩いてみせた。コン、コン。

「それに、このグリップ部分。よく見てみると、黒くて四角いセンサーのようなものが埋め込まれている。……これは、指紋センサーだろ?」

 片桐の顔色がさっと変わった。

「な、なにを……」

「つまり、事前に登録された人物がこのグリップを握ったときには弾が発射されないように、電子制御でシリンダーの回転やハンマーブロックが管理されている。そのための電子基板が、この軽いグリップの中に仕込んであるはずだ」

 俺は銃を片桐に突き付けた。

「どうだ? イカサマじゃないというなら、残りの2発を片桐あんたがマコトさんに向けて撃ってみろよ。弾は発射されないはずだ。……あんたの指紋が認証されている限りはな」


 全てを見破られ、片桐は顔を歪めて歯ぎしりした。

「ぐぐぐぐぐっっぅぅ……!」

 図星だ。反論できない。

 これで杵塚先輩の半殉職ループを止められそうだ。

 しかし、このままだとマズい。追い詰められた危険な片桐が、逆上して懐から別の銃を出してきたり、部下に命じて俺たちを襲わせたりするかもしれない。

 イカサマを暴いただけでは、ここから無事に帰れる保証はないのだ。

 なんとかこの場から逃げられるように、軟着陸させなければならない。


 するとここで、俺と同じくこの状況を脱したいと思っていたであろう杵塚先輩が、驚くべき援護射撃をしてくれた。

「正解ってことでいいのかな? しかしだからといって、僕たちはあなたを咎めたりしないよ」

 先輩は、穏やかな笑顔で片桐に語り掛けた。

「イカサマを見破ったことが『強運』の証明ってことで、許してはくれないかなぁ」

「は……?」

 片桐が呆気にとられる。

「どうせおもちゃの銃なんでしょ? 中に機械が入っているなんて、最近のおもちゃは凝っているんだねぇ。別にこのゲームで賭けていた物も無かったわけだし、いいじゃないですか。ね?」

 先輩はあくまで「おもちゃ説」を崩さない。

 いや、本気でそう思っているのか、それとも相手に逃げ道を作ってやるための高度な交渉術なのか。

「それに、最初に預けた軍資金の5万円だけを返してくれれば、勝ち分は受け取らずに、僕たちはこのまま帰ります。もうそろそろ帰らないと、連絡のつかない妻と子が心配しますので」


 ナイスだ杵塚先輩!

 命を懸けていたなんて微塵も思っていないからこそ出てくる、究極の譲歩案。

 300万円の勝ち分を放棄し、元金だけで帰る。店側にとっては願ってもない条件だ。

 それに、「おもちゃで遊んでいた」というていにしておけば、片桐のプライドも守られる。殺意を向けていた相手に、ここまで無垢な対応をされたら、毒気を抜かれるしかないだろう。

 

 片桐はしばらくプルプルと震えていたが、やがて力が抜けたように肩を落とし、ニヤつきながら答えた。

「……はっはっはっ。参ったよ降参だ。お兄さんの言うとおりだ。確かに強運の持ち主だわ」

 彼女は銃をひったくると、机の引き出しに放り込んだ。

「手荒な真似をして茶番に付き合わせて悪かったわね。あんたら、お客様のお帰りだ。出口まで案内しな」

 片桐は近くにいた黒服に指示を出した。

 黒服が恭しくドアを開ける。

「こちらへ」

 俺たちはようやくこの死の部屋から解放された。

 入り口のカウンターで没収されていたスマホと、軍資金の5万円を返してもらい、俺たちは逃げるようにして雑居ビルを後にした。


 外に出ると、雨はすっかり上がっていた。

 雲の切れ間から夕日が差し込み、濡れたアスファルトをオレンジ色に輝かせている。

 冷たい空気が、火照った体に心地よい。

「ふぅー! いい汗かいたな!」

 杵塚先輩が大きく伸びをした。

「あのオーナー、なかなかユニークな人だったね。最後はちょっと意地悪だったけど、まあ5万円も戻ってきたし、よしとしよう!」

 一時はどうなるかと思ったが、闇カジノの隠し部屋で行われたデスゲームから、命からがら抜け出すことができた。

 下手をしたら俺が死んでいたかもしれない。いや、先輩は何回も死んでいた。

 何はともあれ結果オーライだ。

 あれもこれもすべて杵塚先輩のおかげだ。もちろん良い意味と悪い意味の両方ある。ただ、少しだけ良い意味の方が勝っている、ということにしておこう。

 ってことで、今後も杵塚先輩からは色々と教わっていきたい。

 雨上がりのすがすがしい街を歩いて帰りながら、普段は勘だとか予感だとかは信じない俺が、この後に良いことが起こるような、そんな気がした。


 海果月警察署に戻った俺たちは、すぐに報告書をまとめて組織対策犯罪4課(組対)へ情報を渡した。

 俺たちが持ち帰った「現金の授受の目撃証言」と「VIPルームへの侵入経路」、そして「オーナー片桐の顔」の情報は決定的な証拠となった。

 どうやら明日にはガサ入れをして、一斉摘発するらしい。

 俺は報告書に、隠し事務所のキャビネットの中にあった銀色に輝く銃の事と、そのグリップに仕込まれた指紋認証システムの事をしっかりと書き込んでおいた。

 あれが本物の銃だったと知った時の先輩は、どう反応するのか見逃せない。

 「えっ? あれ本物だったの? 危ないなぁもう!」なんて呑気なことを言う姿が目に浮かぶようだ。その時を楽しみに待つとしよう。


 それにしても。

 あの片桐とかいう女支配人。

 危険な人物ではあったが、端麗でありながら、感情を全力で表現するあたりが、実は俺のタイプであった。

 もちろん、犯罪者だし、殺されかけたし、性格は破綻している。

 しかし、仮に似た人物と街で出会ったとしても、俺からモーションをかけるような事はしないだろう。

 なにを隠そう俺は、この能力のせいで中学生時代に大きな問題を起こしてしまったのがきっかけで、若き男女が若さゆえに巻き起こすあれやこれやの様々な初々しい体験をすることなく、恋愛偏差値と呼ばれるそれがそこで止まってしまったのだ。

 傷つくのが怖い。失敗するのが怖い。

 だから俺は、いつか運命の人が向こうから現れるだろうと、白馬の王子様症候群をこじらせて、受け身の姿勢で待ち続けているのだ。

 一生独身かもしれないな、俺。


 仕事を終えた俺は、夜の街へと繰り出した。

 杵塚先輩から言われた「忘年会の3次会会場を探す」という雑用を片付けるためだ。

 昨日は自分の欲望のためにスクラッチに走ってしまったが、今日こそはちゃんとやらなければ、また明日の朝、暑苦しい説教を聞かされることになる。

 海果月市街地の繁華街から一本裏路地に入ったエリア。

 昭和の雰囲気を残すスナック街を歩く。

 先輩の要望は「スナック」。条件は「騒いでも許される店」。

 何のつても無く、適当に歩き回って探すしかない。

 ふと、一軒の店の前で足が止まった。

 『スナック エッホ』。

 古びた看板に、妙に愛嬌のある手書きの文字。

 何気なく選んだ店だった。とりあえず中に入って、お酒を一杯飲んで、杵塚先輩が重要視していたカラオケの機材を確認してからすぐに帰ろう。


 木でできた温かみのある扉を開けると、上に付いていたカウベルが優しく鳴った。

 カランコロン。

 店内はこじんまりとしていて、薄暗い照明が落ち着く。カウンターの中には、一人の女性が背を向けてグラスを磨いていた。

 俺がカウンター席に座ろうとすると、女性が振り返り、白い歯を見せて笑顔で言った。

「いらっしゃいませ。お一人様で……翔琉かける君?」

 俺の動きが止まった。

 俺の名前を知っている?

 そしてその呼び方。その声。その瞳。

 記憶の彼方にある、あの日の光景が蘇る。


「……なな子?」


 なんとそこにいたのは、この世で唯一俺の能力の事を知っている、幼馴染のなな子であった。


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