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『バックオーライ ケッカオーライ』10秒だけ時間を戻せる新米刑事。倫理観ゆるめでサーセンね。  作者: 団田図


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第17話 ギンギラの銀 ③

 組織犯罪対策部。通称「マル暴」や「ソタイ」と呼ばれる彼らは、暴力団や薬物銃器犯罪を取り締まる、警察内部でも特にコワモテの集団だ。殺人や強盗を追う俺たち捜査一課とは、似て非なる人種である。

 俺たちは顔を見合わせ、言われた通り第3会議室へと向かった。


 無人の会議室へ入ると、俺はパイプ椅子に背中を預け、天井のシミを眺めながら盛大にぼやいた。

「はぁ……。こっちも年末進行で仕事つまってるのに。なんで捜査一課のエリートである俺らが、組対4課のパシリしなきゃなんないんすか」

 蛍光灯がチカチカと点滅してて、俺のやる気をさらに削いでいく。

兎木緒ときお君! 『パシリ』とはよくない、言葉を選んでいこう」

 こんなやる気のない俺を、杵塚きねづか先輩はいつもの調子で優しく、しかし熱く指導する。

「これは僕たちの捜査能力が評価された証拠だ。組織犯罪対策部からの直々のご指名なんだぞ。光栄に思っていいくらいだよ」

「いやいや、ポジティブすぎでしょ。単に人手不足だから、暇そうな俺たちに白羽の矢が立っただけでしょ。あいつら顔が怖すぎて一般人に紛れ込めないから、俺たちみたいな爽やか路線が必要だっただけじゃないっすか」

「まあ、否定はしないが……。だが兎木緒君、これはチャンスだ。君のその、物事を斜めから見る独特な観察眼が役に立つ時なんだ」

「褒めてくれてるんすか、それ?」

 

 俺たちがそんな不毛な会話をしていると、ドアが乱暴に開かれた。

 ドカドカと入ってきたのは、スーツの上からでも分かる筋肉の鎧を纏った男たち。組織犯罪対策4課の課長と、その部下だ。

 鋭い眼光、パンチパーマに近い短髪、色付き眼鏡。どっちが本職のヤクザかわからない風貌だ。

「待たせたな、一課の二人」

 課長がドサリと資料を机に投げ出した。声が低い。ドスの利いた声だ。

「早速だが、今回頼みたいのはこれだ」

 課長がホワイトボードに写真を貼り付ける。

 海果月市の中でも特に治安が悪いとされる歓楽街の路地裏。そこに建つ、古びた雑居ビルだ。

「今回のミッションは、闇カジノの摘発に向けた内偵捜査だ」

「闇カジノ……ですか」

 杵塚先輩が身を乗り出す。

「ああ。ターゲットはこのビルの地下にある会員制クラブ『バビロン』だ。表向きはただのバーだが、裏ではバカラ賭博が行われ、億単位の金が動いているというタレコミがあった」

 課長は続ける。

「だが、警戒が厳重でな。入り口には監視カメラと見張り。会員の紹介がないと中には入れん。そこでだ」

 課長はニヤリと笑い、二枚のカードをテーブルに滑らせた。

「お前らには、客として潜入してもらう」

「えっ?」

 俺はカードを手に取った。

 それは、精巧に作られた偽の運転免許証だった。

 俺の写真が使われているが、なぜか肌の色が小麦色に修正され、髪も茶髪に加工されている。いかにも「軽薄な遊び人」といった風情だ。

 名前の欄にはこうあった。

 『相沢あいざわ けん』。

「うわ、名前ダサッ。昭和のアイドルっすか。今のホストだってこんな源氏名使いませんよ」

 俺が思わず突っ込むと、課長がギロリと睨んだ。

「文句を言うな。予算の関係で既存の偽造データを使いまわしたんだ。……で、そっちの杵塚はこれだ」

 杵塚先輩が自分のカードを確認する。

 名前は『高橋たかはし まこと』。

 写真は眼鏡をかけさせられ、七三分けがさらに強調されている。

「僕は『高橋 誠』か……。ふむ、中小企業の営業部長という設定で行くわけですね」

「そういうことだ。遊び人の若者と、それに連れまわされる金ヅルの上司。よくある構図だろ?」

「なるほど。これなら怪しまれませんね」

 杵塚先輩は真面目に頷いているが、俺は不安しかなかった。

「いやいや、杵塚先輩、顔が真面目すぎるから営業部長に見えるかなぁ。警察官オーラ、ちゃんと消してくださいよ? 『確保!』とか叫ばないでくださいよ?」

「失敬な。僕だって刑事だ、演技くらいできるさ」


 課長は無視して説明を続けた。

「任務の内容はこうだ。まずは我々が手配した情報屋と合流し、そいつの紹介というていで店内に潜入する。そこで店内の様子を確認し、実際に現金のやり取りが行われている現場を目視で確認すること。これが第一目標だ」

 現金の授受を確認できれば、賭博開張図利罪での令状請求が可能になる。

「そして、ここからは危険を伴う可能性があるから、できたらでいいと言いたいところだが……重要な追加ミッションがある」

 課長が声を潜めた。

「『VIPルームへの経路特定』だ」

「VIPルーム?」

「ああ。この店には一般客が入れるフロアとは別に、大口の客だけを通す隠し部屋があるらしい。そこではさらに高レートの賭けが行われているだけでなく、我々が長年追っている暴力団幹部が出入りしているという情報がある。ガサ入れの際、その部屋を押さえられなければ意味がない」

「うわぁ……」

 俺は資料をひらひらさせながら抗議した。

「それ、絶対ヤバイやつじゃないっすか。平場ならまだしも、VIPルームなんて猛獣の檻みたいなもんでしょ。隠し扉とか見張りのゴリラとかがいるんでしょ? 見つかったら東京湾に沈められますよ。命がいくつあっても足りないっすよ」

 俺は本気で嫌だった。公務員の給料でやる仕事の範疇を超えている。

 断ろう。何か理由をつけて。

 俺が口を開きかけた時、隣の熱血漢が動いた。


「だからこそ、僕らが行くんだ!」


 杵塚先輩が、キラキラした少年のような瞳で俺の肩をガシッと掴んだ。

 力が強い。痛い。鎖骨が折れる。

「兎木緒君、君には才能がある。普段はやる気がないふりをしているが、君の勘は鋭い。現場での機転、リスク管理能力、どれをとっても一流だ。僕は君に、誰よりも立派な刑事になってほしいんだ」

「い、いや、買いかぶりすぎっすよ……」

「このヤマを成功させて、一皮むけようじゃないか! それに、街にはびこる悪を許しておいて、何が市民の守護者だ。違うか?」

 先輩の目には一点の曇りもない正義の炎が燃えている。

 ああ、これだ。この純粋な熱量。

 さっき見た、家族に見せる優しい顔の裏には、この強靭な正義感があるのだ。

 断りづらい。めちゃくちゃ断りづらい空気を作られてしまった。

「先輩、俺の事をかってくれるのはありがたいっすけど、その熱いの、今の若者には流行らないっすよ……」

 俺は諦めて大きくため息をつき、椅子の背にかけてあったジャケットを羽織った。

 やるしかないか。

 まあ、いざとなったら俺には「バック」がある。

 ヤバくなったら時間を戻して逃げればいい。あるいは、ルーレットの出目を覚えて戻れば、カジノで大儲けして経費で落とすことだってできるかもしれない(それは横領になるからダメか)。

 最強の保険があると思えば、少しは気も楽になる。


「分かりましたよ。やりますよ。やればいいんでしょ」

「よし! その意気だ!」

 課長も満足げに頷いた。

「いい返事だ。情報屋は現地の高架下で待っている。時間は昼13時だ。遅れるなよ」

「了解」


 俺は出発の前にと一人でトイレへ向かうと、角を曲がった先に臼伊賀うすいが管理官が立っていた。

 携帯電話を耳に当て、誰かと話している。俺は咄嗟に柱の陰に隠れた。


「……ええ、そうです。今回の潜入捜査、現場の杵塚と兎木緒を行かせます」

 臼伊賀の声は冷淡だ。

「彼らは現場での適応能力が高い。……え? 危険すぎる? 構いませんよ。所詮は使い捨ての駒です。失敗しても代わりはいくらでもいる」

 俺は拳を握りしめた。やっぱりあいつはクズだ。それもあんなに大きな声で話しやがって。まるで俺に聞かせてるみてぇじゃねぇか。しかし、ここで揉めたって分が悪い。キッチリ結果を残して見返してやるよ。くそっ!


 署を出るころ、窓の外は暗くなっていた。

 あいにくの雨だ。冷たい冬の雨が、アスファルトを黒く濡らしている。

 悪の巣窟に繰り出すには、なんとも憂鬱なお膳立てだ。

 杵塚先輩は傘を開き、意気揚々と歩き出した。

「ほら、行くぞ相沢君! いや、ケンちゃん!」

 もう役に入っているのか。

「ハイハイ、行きますよマコトさん。……あんまり張り切りすぎてボロ出さないでくださいよ」

 俺たちは偽免許証をポケットにねじ込み、湿った街へと足を踏み出した。

 情報屋との待ち合わせ場所まで、先輩の早歩きに合わせるのがまた、最高にめんどくさかった。

 これから向かう「バビロン」という名の魔窟で、この能力が俺たちの命綱になるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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