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『バックオーライ ケッカオーライ』10秒だけ時間を戻せる新米刑事。倫理観ゆるめでサーセンね。  作者: 団田図


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第14話 グリーンゲマー降臨 ⑤

 シュッ!


 乾いた発射音。

 壁の隙間に隠されていたクロスボウが火を噴いた。

 杵塚きねづか先輩の時は心臓だったが、小柄な臼伊賀うすいが管理官の場合は、その矢は顔面の高さへと飛んだ。

 グシャッ。

 臼伊賀の眉間に矢が突き刺さる。

 彼は「え?」という間抜けな声を漏らし、そのまま後ろへ倒れ込んだ。

 ヘッドショット。即死。


 俺は天を仰いだ。

 マジかよ。最後の最後にこれかよ。

 こんなイケ好かない、性格の腐ったパワハラ野郎でも、目の前で死なれては後味が悪すぎる。それに、管理官死亡なんてことになれば、始末書どころの騒ぎじゃない。俺たちの責任問題にもなりかねない。

 ……助けるしかないか。

 俺は深いため息をつき、本日最後であってほしいのマバタキをした。


 パチパチパチ バック!


 時間が巻き戻る。

 臼伊賀管理官が手を伸ばしながら近づいてくる場面へ。

「ほら早く! こっちへ寄越せ!」

 俺は考える。ただ助けるだけでいいのか?

 こいつは俺たちの手柄を横取りし、散々罵倒し、杵塚先輩を無能呼ばわりした。

 ただ助けるだけじゃ、腹の虫がおさまらない。

 どうせやり直すなら、完璧な結末ハッピーエンドを目指すべきだ。

 俺にとってのハッピーエンド。それは、こいつの命を救いつつ、そのプライドをへし折ってやること。


 俺はタイミングを計った。

 臼伊賀がコードに足をかける瞬間。どのタイミングで声をかければ、矢がどこに当たるか。

 俺は試行錯誤を開始した。


 一回目。「危ない!」→臼伊賀が驚いて立ち止まる→腹に命中。死亡。バック。

 十回目。「ストップ!」→臼伊賀が転ぶ→背中に命中。重傷。バック。

 五十回目。突き飛ばしてみる→矢は外れたが、臼伊賀が激怒してクビを宣告される。バック。


 もっとだ。もっと芸術的な、奇跡のようなタイミングがあるはずだ。

 俺は執拗にバックを繰り返した。

 臼伊賀の歩幅、矢の速度、俺の声かけのタイミング。全ての変数を計算し、調整する。

 300回は繰り返しただろうか。

 俺の目は限界を超え、涙が止まらない。頭痛がガンガンする。

 だが、見えた。

 ここだ。この一点しかない!


 パチパチパチ バック!


 臼伊賀が手を伸ばし、コードに足をかける寸前。

 俺は腹の底から大声を張り上げた。

「とまれッ!!」

 俺の剣幕に驚き、臼伊賀管理官の体がビクッと硬直し、反射的に首をすくめて身をかがめた。

 だが、足は止まりきれず、コードを引っかけた。


 シュッ!


 矢が発射される。

 高速の矢は、身をかがめた臼伊賀管理官の頭皮スレスレを通過した。

 そして。

 バサッ!

 矢の先端が、臼伊賀の頭に乗っていた「黒い塊」を絡め取り、そのまま背後の柱へと突き刺さった。


 静寂が訪れた。

 柱には、矢によって縫い留められた、高級そうな黒いカツラがぶら下がっている。

 そして目の前には、つるりと輝く頭頂部を露わにした臼伊賀管理官が、へっぴり腰で固まっていた。

 

「あ……」

 杵塚先輩が目を見開き、気まずそうに声を漏らした。

 弘樹ちゃんが、無邪気な声で指を差す。

「おじちゃん、ハゲてるー!」


 臼伊賀管理官は、寒々しくなった自分の頭を手で触り、そして柱に刺さった自分の分身を見て、顔を真っ赤にした。

「き、き、貴様らぁぁ……! み、見なかったことにしろ! 絶対にだぞ!」

 怒髪天……いや、髪はないが、凄まじい剣幕で喚き散らす臼伊賀。

 俺は吹き出しそうになるのを必死で堪えながら、心の中でガッツポーズをした。

 ミッションコンプリート。

 命も救い、笑いも取った。これぞグリーンゲマーの神プレーだ。


 その後、俺たちは羞恥心で震える臼伊賀管理官を放置し、犯人をパトカーに乗せ、弘樹ちゃんを駆け付けた県知事夫妻のもとへ無事に引き渡した。

 事件は解決した。

 杵塚先輩は今回も(俺の主観の中で)何度も殉職してしまった。

 何階級特進だろうか。累計すれば、きっと警視総監よりも偉くなってしまったに違いない。

 だが、現実は残酷で、先輩はただの巡査部長のままだ。

 まあ、生きてるだけで丸儲け、結果オーライということで良しとするか。


 帰りのパトカーの中。

 俺はハンドルを握りながら、ぼんやりと考えていた。

 現実はゲームのようにはいかないというが、俺の場合はいってしまう。

 それどころか、人の運命さえ書き換え、死者さえも蘇らせてしまう。

 今までは、ただ称賛されたいだとか、自分の気に入らないことをリセットするためだけに、この能力を無駄撃ちしていた。

 だが、今日のことを思うと、少しは考えが変わる。

 何百回ものやり直しを経て、先輩を生かし、子供を救い、ついでに嫌な上司をハゲさせた(救った)。

 刑事としての仕事をこなす中で、俺のこのズルい能力も、少しは人の役に立つ「いい事」に使えているのではないだろうか。


 ここ最近、俺は道徳心とは何なのか、正義とは何なのかという答えのない問いの森を彷徨っていた気がする。

 暗くて深い、深緑の森。

 だが今日、その出口に繋がる小さな、しかし確かな希望の光を見た気がした。

 杵塚先輩のような真っ直ぐな刑事にはなれないかもしれない。

 けれど、俺なりのやり方で、誰かの明日を守ることはできるかもしれない。

 今後も、どんな困難な現場でも杵塚先輩についていき、この能力をなるべく「いい方向」に繋がることに使っていこう。

 そう心に誓った。


 署に戻り、報告書を書き終えて帰宅しようとした時だった。

 上機嫌な杵塚先輩が、背後から声をかけてきた。

兎木緒ときお君、お疲れさん!」

 先輩はバシッと俺の背中を叩いた。

「今日は僕ばかり活躍してしまって、君はあまり出番が無かったけど、落ち込むんじゃないぞ。君のドライビングテクニックもなかなかだったよ。兎木緒君にもきっといつか、僕みたいに立派な刑事になれる日が来るからな」

 どの口が言うんだ、と突っ込みたくなったが、今日の先輩は(結果的に)無敵のヒーローだったので黙っておく。

「ありがとうございます、先輩」

「そんな君に、名誉挽回のための特別な任務を与えよう!」

 先輩が目を輝かせて親指を立てた。

「それは……今度の忘年会の、3次会の会場を探すという超重要任務だ! 1次会と2次会は埋まったが、朝まで語り合うための3次会がまだなんだ。若者のセンスで、カラオケ付きのいい店を頼んだぞ!」


 ……めんどくさっ!

 忘年会の幹事? しかも3次会? 酔っぱらいの相手を朝まで?

 冗談じゃない。せっかく芽生えかけた正義感や感動が、一瞬で消し飛んだ。

 俺は反射的に、まぶたに力を込めた。


 パチパチパチ バック!


 視界が歪む。

 時間が戻る。

 先輩が「そんな君に、名誉挽回のための……」と言いかけた瞬間だ。


「あ、先輩! 俺、急にお腹痛くなってきたんで帰ります! お疲れっしたッ!」

 俺は先輩の言葉を遮り、脱兎のごとくダッシュした。

「え? ちょ、兎木緒君!? まだ任務の話が……」

 背後で先輩の呼ぶ声がしたが、俺は聞こえないふりをして夜の街へと消えた。

 

 やっぱり、自分のためにも使わないと損だよな。

 俺は夜風の中でニヤリと笑った。


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