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『バックオーライ ケッカオーライ』10秒だけ時間を戻せる新米刑事。倫理観ゆるめでサーセンね。  作者: 団田図


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第11話 グリーンゲマー降臨 ②

 翌日。

 俺は重たい瞼をこすりながら海果月みかづき署の刑事課へ出署した。

 昨夜のゲーム配信『合戦場の熊』の攻略で消耗した精神力が、一晩寝ても完全には回復していなかったのだ。300回の「死に戻り」による脳の疲労は、カフェイン錠剤を飲んでも誤魔化しきれない。

 あくびを噛み殺しながら自分のデスクに辿り着くと、そこにはすでに太陽のように輝く男が立っていた。


「おはよう兎木緒ときお君! いい天気だね。今日も市民の皆さんのために張り切って働こう!」


 杵塚きねづか先輩だ。

 窓から差し込む朝日よりも眩しい笑顔。ポマードでカチカチに固めた七三分けが、蛍光灯の光を反射してキラリと光る。

 相変わらず能天気というか、暑苦しいというか。とにかく人畜無害な善人なのだが、二日酔いならぬ「バック酔い」の俺には、そのテンションの高さが少々胃にもたれる。


「おはようございます、杵塚先輩。……今日は一段と声がでかいですねぇ」

 俺はボリュームを絞ってくれという願いを込めて言ったのだが、この先輩に皮肉は通じない。彼は褒められたと勘違いし、照れくさそうに頭をかいた。

「えへへ、そうかい? 実はね、年末の忘年会でやるカラオケ大会に向けて、今からノドを作っておかないといけないと思ってね」

 そういえば、俺がここへ配属された直後の歓迎会でも、この人はマイクを離さなかった。二次会、三次会と連続でカラオケボックスへ連行され、長渕剛の『乾杯』を五回も聞かされた悪夢が蘇る。

「先輩、まだ12月に入ったばかりですよ。気が早すぎません?」

「準備こそが全てだよ、兎木緒君。捜査もカラオケも、段取り八分さ!」


 そんなほのぼのとした(俺にとっては少し苦痛な)朝の日常は、一本の内線電話によって唐突に断ち切られた。

 プルプルプル、プルプルプル。

 デスクの上の電話が、緊急事態を告げる無機質な音を立てる。

 新人の俺は条件反射で受話器を取った。

「はい、刑事課兎木緒」

『至急! 刑事課の全署員へ通達! 管内で誘拐事案発生! 直ちに大会議室へ集合せよ!』

 電話の向こうの声は、明らかに切羽詰まっていた。

「……了解しました」

 受話器を置くと、俺は杵塚先輩に向き直った。

「先輩、誘拐事件みたいっす。大規模な捜査本部が立つそうで、招集がかかりました」

 杵塚先輩の顔から笑顔が消え、刑事の顔になった。

「誘拐だって? ……おかしいな。通常、誘拐事件は被害者の安全を最優先するために極秘裏に動くのが鉄則だ。いきなり全署員招集なんて、ただ事じゃないぞ」

「とにかく行きましょう」


 俺たちは慌ただしく席を立ち、署内の大会議室へと向かった。

 会議室の入り口には、すでに物々しい看板が掲げられていた。

 『弘樹ちゃん誘拐事件特別捜査本部』。

 中へ入ると、その異様な熱気に圧倒された。近隣の署からも応援が駆けつけているらしく、三百人近い警察官がひしめき合っている。

 タバコの煙と、男たちの汗の匂い、そして張り詰めた緊張感が充満していた。

 俺と杵塚先輩がパイプ椅子に座ると、すぐに会場の扉が開き、スーツ姿の小柄な男が入ってきた。

 その男を見た瞬間、隣の杵塚先輩が小さく息を呑んだ。

「あのお方は……臼伊賀うすいが警視だ」

「警視? 管理官クラスってことですか?」

「ああ。しかも本庁のキャリア組だ。僕と同い年くらいだが、出世頭だよ。……管理官自らお出ましとは、このヤマ、相当でかいぞ」

 俺は男を見た。仕立ての良い高級スーツに、神経質そうな銀縁メガネ。エリート特有の傲慢さと知性が同居したような顔つきだ。現場の泥臭い刑事たちを、どこか見下しているような冷たい目をしている。


 臼伊賀うすいが管理官が前方の演台に立つと、マイクを使わずに通る声で話し始めた。

「海果月署管内にて発生した本件について、概要を説明する」

 無駄な挨拶は一切なし。事務的かつ冷徹な口調だ。

「昨日12月2日午後4時頃、シッターに連れられて公園で遊んでいた弘樹ちゃん5歳が、目を離した隙に行方不明となった。同日午後6時、弘樹ちゃんの父親の携帯メール宛てに、犯人から犯行声明と交換条件の要求ビデオが送り付けられてきた」

 会場がざわつく。

「静粛に! ……これからその映像を流す。心して見ろ。尚、被害者の弘樹ちゃんは、現職の海果月県知事である角田氏のご子息である」


「なっ……!」

 会場にどよめきが走った。

 県知事の息子。だからこれほどの大規模捜査なのか。上層部の「絶対に失敗できない」という悲鳴が聞こえてきそうだ。


 会議室正面の巨大スクリーンに、映像が投影された。

 薄暗い部屋。コンクリート打ちっぱなしの壁。

 画面の中央には、パイプ椅子に縛り付けられ、ガムテープで口を塞がれた小さな男の子――弘樹ちゃんが映っていた。恐怖で目を潤ませ、小刻みに震えている。

 その横に立つ、異様な姿の人物。

 黒色の覆面を被り、迷彩服に身を包んでいる。そして手には、長く黒い銃身を持つスナイパーライフルが握られていた。

 犯人はカメラに向かって、ボイスチェンジャーで加工された機械的な声で語り始めた。


『我こそは『新世界シューター・ネオ』である』


 ……は?

 俺は思わず吹き出しそうになった。なんだその中二病全開のネーミングは。

 だが、周囲の刑事たちは真剣そのものだ。俺は咳払いで誤魔化し、画面に集中した。


『よく聞け。角田の息子は預かった。無事に返してほしければ、我の要求を速やかに飲め。内容は簡単だ。角田よ、お前は県知事の座を退き、我を新たな海果月県知事に推挙せよ』


 要求内容も斜め上だった。金銭ではない。知事の座を寄越せと言っているのだ。


『いずれ来る世紀末に向けて準備をしなければいけないが、お前はその器ではない。今、我々に必要なことは、県独自の軍隊を整備し、近隣の静岡や神奈川を制圧して配下に収めることだ。勢力を増し、いずれは日本、アジア、そして世界を治める。それこそが世紀末到来を阻止する唯一の道だ』


 完全にいかれている。妄想と現実の区別がついていない、思想犯の類か。

 だが、その手口は卑劣極まりない。自分の歪んだ理想のために、何の罪もない5歳の子供を道具として利用している。

 俺の脳裏に、少年時代の記憶がフラッシュバックした。

 かつて俺の能力を利用して金儲けを企み、俺を誘拐同然に連れ回した叔父の竜也。あいつと同じだ。子供をモノとしか見ていない、腐った大人の目。

 俺の中で、静かな怒りの炎が灯った。

 (こいつは許せねえな。絶対にとっ捕まえてやる)


『期限は明日の午後6時だ。それまでに辞任を発表し、後任に我を据えよ。さもなくば……息子の命はない』


 映像がプツリと途切れた。

 再び臼伊賀管理官が口を開く。

「見ての通り、話の通じる相手ではない。完全に狂っている。弘樹ちゃんの体力が心配であり、早期解決が絶対条件だ。犯人逮捕の手がかりがいまだに見つからず捜査は難航しているため、公開捜査へと踏み切った」

 臼伊賀は腕時計を一瞥した。

「犯人が指定した期限まで、残り8時間。時間に猶予はない。これより役割分担を発表する。所轄は配った表に従って、死に物狂いで捜査を進めろ。以上、解散!」


 号令と共に、刑事たちが一斉に動き出した。

 杵塚先輩は配られたプリントに目を走らせ、自分たちの名前を探した。

「僕たちは……あった、これだ。『現場付近の防犯カメラ映像収集』。……地味だな」

 先輩が少し肩を落とす。派手な聞き込みや現場検証を期待していたのだろう。

「でも、こういう時こそチームプレーだ。誰かがやらなきゃいけない仕事だ。どんな仕事も全力でやるぞ、兎木緒君!」

「へいへい。わかりましたよ」

 俺たちは会議室を出ようとした。その時、杵塚先輩が何を思ったか、出口付近に立っていた臼伊賀管理官に歩み寄った。

「あの、管理官!」

 臼伊賀が冷ややかな視線を向ける。

「なんだ、所轄」

「自分、防犯カメラ映像の収集班なんですが、土地勘がありますので、同時に周辺の聞き込みも並行して行えます。そちらの方が効率がいいと思うので、やらせていただけませんか?」

 先輩なりの熱意ある提案だった。しかし、臼伊賀の反応は氷点下だった。

 彼は眉をひそめ、汚いものでも見るかのような目で杵塚先輩を一瞥した。

「……所轄は、指示されたことだけしておけ」

「え?」

「余計な判断をするなと言っているんだ。組織の歯車なら歯車らしく、与えられた任務だけをこなせ。お前のような無能が勝手なことをして足を引っ張ったらどう責任を取るつもりだ? 私のやり方に水を差すな! 時間がないんだ、さっさと行け!」

 吐き捨てるように言い放ち、臼伊賀は背を向けた。

 杵塚先輩は一瞬言葉を失い、拳を強く握りしめたが、すぐに姿勢を正して「……了解しました」と敬礼した。


 俺は横で見ていて、はらわたが煮えくり返る思いだった。

 なんて嫌な野郎だ。階級が上なら何を言ってもいいと思ってやがる。

 俺の先輩がもしあんな奴だったら、とっくに辞表を叩きつけているか、あるいは手に持った紙コップの水を本当に食らわせてやるところだ。もちろんその後にバックを使うが。

 だが、杵塚先輩は黙ってその場を後にした。

 廊下に出ると、先輩は深呼吸をして、無理やり笑顔を作った。

「さあ、行くぞ兎木緒君! まずはカメラだ!」

 その空元気な背中が、少し小さく見えた。

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