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『バックオーライ ケッカオーライ』10秒だけ時間を戻せる新米刑事。倫理観ゆるめでサーセンね。  作者: 団田図


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第10話 グリーンゲマー降臨 ①

現在


 俺が刑事という名の「公認された正義の執行者」になってから、早一ヶ月が経過した。

 窓の外を吹き抜ける風は日に日に冷たさを増し、俺が住む警察寮の殺風景なロビーにも、季節外れの彩りが添えられた。

 鉢植えの大きなもみの木だ。

 管理人のおばちゃんが張り切って設置したその木は、今はまだ緑一色の地味な姿だが、おそらくこれからクリスマスの装飾で華やかに、そしてけばけばしく飾り付けられていくのだろう。

 クリスマス。恋人たちが愛を囁き合い、家族が団欒する聖なる夜。

 独身、彼女なし、性格に難ありの俺には、まったくもって無縁のイベントだ。世間が浮かれれば浮かれるほど、俺の心は冷ややかに醒めていく。


 そんな俺の、誰にも言えない密かな趣味。

 それは、テレビゲームだ。

 といっても、ただ漫然とコントローラーを握るわけではない。俺が好むのは、世間で「死にゲー」と呼ばれる超高難度のアクションゲームだ。

 一歩歩けば即死トラップ、角を曲がれば初見殺しの強敵。何度も何度もゲームオーバーの画面を眺め、プレイヤー自身の学習能力と反射神経を極限まで研ぎ澄まして攻略していく、マゾヒスト御用達のジャンルである。

 俺は、この死にゲーを攻略する様を、顔を隠してネットでライブ配信しているのだ。


 なぜそんなことをしているのか。

 理由は単純だ。「称賛」が欲しいからだ。

 俺は持っている「能力」――三回の瞬きで時間を十秒巻き戻す『バック』――を駆使することで、どんな理不尽な初見殺しトラップも、あたかも最初から知っていたかのように華麗に回避することができる。

 凡人が何十時間もかけて泥臭くクリアする難所を、涼しい顔をしてノーミスで駆け抜ける。

 するとどうだ。画面の向こうの視聴者たちは、俺のことを「神」だの「天才」だのと持て囃してくれる。

 リアルな社会生活において、この能力を公然と使うことはできない。もしバレれば、間違いなくモルモットとして解剖されるか、あるいは国家の重要機密として一生飼い殺しにされる未来が待っているからだ。だから俺は、日常生活では細心の注意を払い、能力をひた隠しにして生きている。

 だが、ネットの世界は違う。

 ここは匿名という名の仮面舞踏会だ。顔さえ隠せば、人間離れしたパフォーマンスも「凄腕ゲーマー」という記号として消費される。

 俺はただ、チヤホヤされたいのだ。

 「すごいですね」と言われたい。「さすがです」と崇められたい。

 しかし、身バレはしたくないし、リアルで目立ちすぎてリスクを背負うのも御免だ。

 そんな俺の歪んだ承認欲求と、保身への計算。その両方を完璧に満たしてくれる聖域こそが、この「死にゲーライブ配信」なのだ。

 もちろん、広告収入などは一切設定していない。公務員の副業禁止規定に触れるという現実的な理由もあるが、金銭のやり取りが発生すれば、そこから足がつく可能性が高まるからだ。

 金はいらない。欲しいのは、俺のプライドを満たす電子の言葉だけ。

 そんな俺の人間離れしたプレイングには、常に疑惑がつきまとう。「録画編集された映像だ」とか、「最新の学習AIが操作している」とか。

 だが、それもまた心地よい。

 「信じられないほど凄い」という証明なのだから。

 もし、本当の超能力者が世界のどこかにいたとしたら、人々は恐怖し、排除しようとするだろう。しかし、「ゲーム配信」というフィルターを通すことで、その異常性はエンターテインメントへと昇華され、「超能力などあるわけがない」という常識が、俺の秘密を守る最強の盾となってくれるのだ。


 非番の今日。

 俺はコンビニで大量のスナック菓子とコーラを買い込み、警察寮の自室に籠城した。

 遮光カーテンを閉め切り、パソコンのモニターだけが青白く光る薄暗い部屋。ここが俺のステージだ。

 配信ソフトを立ち上げ、マイクのスイッチを入れる。

 さあ、変身の時間だ。


「……あー、あー、テステス。よし」


 俺は声をワントーン低く作り、配信者としての仮面を被った。

 配信者名:『グリーンゲマー』。

 名前の由来は、アメリカ陸軍特殊部隊「グリーンベレー」と「ゲーマー」を掛け合わせた、中学生レベルの安直なネーミングだ。だが、このダサさが逆に「硬派なプロ」っぽさを醸し出していると、個人的には気に入っている。


「ここは戦場。死んだら終わり。ミッション成功報酬は、惜しみない賞賛で手を打とう! 死にゲー特殊部隊、隊長のグリーンゲマーだよ」


 モニターの向こうにいる見えない「隊員」たちに向けて、俺はいつもの口上を述べた。

 コメント欄が勢いよく流れ始める。

『待ってました隊長!』

『今日はどんな無理ゲーに挑むんですか?』

『正座待機!』


「今日プレーするゲームはこれ。『合戦場がっせんばの熊』を攻略していくよ。応援よろしく。早速ミッションスタート」


 画面に映し出されたのは、ドット絵の荒い、見るからに古臭いタイトル画面だった。

 『合戦場かっせんばの熊』。

 戦国時代の合戦場を舞台に、弓矢や投石が雨あられと降り注ぐ中を、一人の武士が駆け抜けていくという横スクロールアクションゲームだ。

 だが、このゲームが伝説となっている理由は、その世界観ではない。

 主人公の操作キャラクターが、熊のように巨体でありながら、当たり判定が無駄にデカいこと。そして、敵の弾を一発食らっただけで即死する虚弱体質であること。

 極めつけは、コントローラーのボタンを押してから、画面上のキャラが動くまでに約一秒のラグがあるという、アクションゲームとして致命的な欠陥を抱えていることだ。

 いわゆる「クソゲー」であり、同時にクリア不可能な「死にゲー」としても悪名高い。

 このチョイスに、熟練のリスナーたちが即座に反応した。


『うわぁ……出たよ合戦場の熊』

『今日はずいぶんとヴィンテージな劇物をぶっこんできましたな。渋いぜ』

『これ、クリアした人間を見たことないぞ』

『操作ラグが酷すぎてニュータイプじゃないと無理って言われてるやつじゃん』

『さすがのゲマーさんも今回ばかりは失敗か?』


 挑発的なコメントが混じる。

 フッ、と俺は鼻で笑う。

 いいだろう。その「不可能」を「可能」にしてこそのグリーンゲマーだ。

 俺はコーラを一口煽り、コントローラーを握りしめた。


作戦開始スタート!」


 ゲームが始まる。

 画面の中の巨漢武士が、のっそりと歩き出した。

 初見プレイだ。まずは操作性の確認だ。その場でグルグルと回ったり、ジャンプをしてみたりする。

 なるほど、酷い。右を押してからワンテンポ遅れて右を向く。まるで泥沼の中で動いているようだ。

 俺が操作に戸惑っていると、地面の色が微妙に違う場所に足を踏み入れた瞬間、ガコンッという音と共に武士の姿が消えた。

 落とし穴だ。

 画面には無情にも『死』の一文字が表示される。


 ああ、なるほど。こういう感じね。

 俺は即座にマバタキをした。


 パチパチパチ バック!


 視界が一瞬歪む。

 意識が十秒前に引き戻される。

 俺はタイトル画面で「スタート」を押した直後の時間に戻っていた。

 もちろん、配信上では俺が死んだ事実はなかったことになっている。視聴者が見ているのは、スタート直後から慎重に進み始める俺の姿だけだ。

 俺は落とし穴のあった場所の手前でピタリと止まり、華麗にジャンプして飛び越えた。


『おおっ! いきなり初見殺しの落とし穴を見切った!』

『さすが隊長、危機察知能力が高すぎる』


 コメント欄が湧く。

 いい賞賛だ。だが、これはまだ序の口。

 先へ進むと、画面端からヒュンッと矢が飛んできた。

 反射的にしゃがみボタンを押す。だが、このゲーム特有のラグのせいで、キャラがしゃがみ動作に入ったのは矢が眉間に突き刺さった後だった。

 『死』。


 チッ。発射を見てからの反応じゃどうにもならねえか。

 パチパチパチ バック!


 時間を戻す。

 今度は、矢が飛んでくると分かっているタイミングの「一秒前」にボタンを押す。

 すると、画面の中の武士は、まるで未来を予知したかのように、矢が飛んでくる寸前に頭を下げ、間一髪で回避した。


『見えねぇ! 今の反応速度どうなってんだ!?』

『予知能力者かよ』


 ふふん。予知じゃない。経験済み(リピート)なだけさ。

 こんな調子で、俺は少しずつ進んでいった。

 罠にかかっては戻り、敵の配置を覚えては戻り、操作ラグのタイミングを体に叩き込んでは戻る。

 一歩進むたびに死に、死ぬたびに時間を巻き戻す。

 配信画面上では、俺は一度も止まることなく、流れるような動きで敵をなぎ倒し、罠を回避し続けている。スーパープレイの連続だ。

 だが、現実の俺の部屋では、陰惨な光景が繰り広げられていた。

 何度も何度も同じ死に様を見せられ、そのたびに目をパチパチと痙攣させ、ストレスでポテチを食い荒らす男。

 端から見れば狂気じみているだろう。

 だが、この地道な「死に戻り」の積み重ねが、画面の向こうの熱狂を生むのだ。


 そして、ついにその時は来た。

 最終ステージの最奥。ラスボスの登場だ。

 巨大な鎧武者が、画面を埋め尽くさんばかりの勢いで矢や焙烙玉(爆弾)をばら撒いてくる。

 ここまで来るのに、体感で何回バックしただろうか。300回は下らないはずだ。

 リアルタイムの配信時間は2時間ほど経過している。

 だが、俺の主観時間はもっと長い。

 一回のバックで10秒戻る。それを300回。つまり3000秒。

 配信時間の2時間に加え、さらに50分近い時間を、俺はこのクソゲーの反復練習に費やしている計算になる。

 脳が焼き切れそうだ。

 マバタキのしすぎで目が乾き、眼球の奥がズキズキと痛む。

 だが、ここで諦めるわけにはいかない。

 ラスボスの攻撃は熾烈を極めた。

 弾幕のような矢の雨。ランダムに爆発する床。

 そして相変わらずの一秒ラグ。

 見てから避けるのは物理的に不可能だ。敵の攻撃パターンを完全に暗記し、その1秒前に行動を入力し続けるしかない。

 一瞬の判断ミスが死を招く。

 死ねば、このボスの最初からやり直しだ(ボス戦中にセーブポイントなんて気の利いたものはない)。


 被弾。死。

 パチパチパチ バック!


 まだだ。右からの矢の次は、左上の爆弾。

 先読み入力。右、ジャンプ、攻撃、しゃがみ。

 操作は指が覚えている。だが、集中力が一瞬でも途切れれば終わる。


 被弾。死。

 パチパチパチ バック!


 『くそっ……!』

 マイクをミュートにしたまま、俺は悪態をついた。

 もうラスボスだけで200回は戻っている。

 同じ攻撃を200回見て、200回死んだ。

 吐き気がする。

 なんで俺は、こんな苦行をしているんだ?

 やめてしまえば楽になれる。

 「あー、死んじゃいましたー。今日はここまで」と言って配信を切ればいい。

 だが、それはできない。

 なぜなら、俺は「グリーンゲマー」だからだ。

 不敗の英雄。ミッションコンプリート率100%の男。

 コメント欄を見ろ。彼らは信じている。俺がこの理不尽な運命をねじ伏せる瞬間を。


 俺はコーラを流し込み、乾いた目に目薬を差した。

 行くぞ。次こそは決める。


 集中しろ。

 未来を視ろ。

 過去を糧にしろ。


 俺の指先が、思考を超えて踊り始めた。

 画面の中の巨漢武士が、神懸かった動きで弾幕の隙間を縫っていく。

 ありえないタイミングでのジャンプ。予知能力めいた回避。

 そして、最後の一撃。

 刀がラスボスの眉間を捉えた。


 ズバァァァッ!


 効果音と共に、ラスボスが白く発光し、崩れ落ちていく。

 ファンファーレが鳴り響き、エンディング画面へと切り替わった。

 終わった……。

 俺はコントローラーを投げ出し、椅子に深く背中を預けた。

 全身から力が抜けていく。

 達成感? いや、それよりも強いのは、解放感だ。

 そして、それ以上に俺を震わせるのは……。


『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

『クリアしやがった……マジかよ……』

『おめでとー! あんた最高だよ! やっぱスゲーよ!』

『奇跡を見た! 伝説級のプレーを生で見られて幸せだー!』

『人間卒業おめでとうございます!』

『グリーンゲマー隊長にクリア不可能なミッションは無い! 敬礼!』

『金取ってくれていいよ! 頼むからお布施させてくれー! スパチャ投げさせろ!』


 モニターを埋め尽くす称賛の嵐。

 これだ。

 この瞬間だ。

 何物にも代えがたい快感が、脳髄を痺れさせる。

 この優越感。この全能感。

 現実世界ではうだつの上がらない新人刑事である俺が、ここでは数千人の視線を集める英雄になれる。

 300回の死も、ドライアイの痛みも、この心地よい言葉のシャワーを浴びるための代償だと思えば安いものだ。

 俺はマイクのミュートを切り、震える声を抑え込んで、努めてクールに語り掛けた。


「やったークリアーしたー。最後まで視聴ありがとう。今日もノーミスでミッションコンプリート」


 嘘ではない。この世界線では、俺は一度も死んでいないのだから。


「諸君らのエールが、俺にとっての最高のミリレーションだったよ。次の戦場で会う時まで、英気を養い、俺への賞賛の言葉を考えておけ。本日はこれにて解散。わかれ!」


 配信終了のボタンを押す。

 プツン、と接続が切れると同時に、部屋は元の静寂に包まれた。

 熱狂の余韻だけが、俺の胸の中でくすぶっている。

 俺は大きく息を吐き、空になったコーラのペットボトルをゴミ箱へ放り投げた。

 

 さて、現実に「バック」するか。

 明日は通常勤務だ。杵塚先輩との張り込みが待っている。

 あのアツ苦しい先輩の顔を思い浮かべると、先ほどまでの高揚感が急速に冷めていくのを感じた。

 まあいい。

 嫌なことがあっても、俺にはこの「裏の顔」がある。

 そして、いざとなれば「やり直せる」力がある。

 俺はパソコンの電源を落とし、暗くなったモニターに映る自分の顔を見つめた。

 そこには、疲れ切った、しかしどこか満ち足りた目をした男が映っていた。


 これが、俺、兎木緒翔琉。

 歪んだ承認欲求を抱えた、ズルい刑事の、ささやかな休日の一幕である。

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