2.修行
目が覚める。朝なのにもう暑い。
砂漠は夜になると気温が下がる。陽が昇れば朝でも暑い。
寝床から起き出して水を飲む。
住居は8角形の大きなテント。最早テントなのか?って大きさ。家族6人が暮らすのだから当然か。
真ん中にある大きな柱。そこからちょうど全体の4分の1が居間兼食事所。
残りの4分の3は寝室だ。両親、私と弟、その下の妹と弟で3部屋ある。
トイレや浴室は別のテントに用意してある。水は魔法で出して上部に取り付けたタンクから出す。排水は深い穴を掘った先に流れる仕組みだ。
我々パオ族は砂漠の民とも呼ばれる。
ヤールカの南にある砂漠を遊牧する民族で、褐色の肌が特徴だ。小麦色の肌は他の人から見ると異質ではあるが、ハイランダー王国のような排他的な国以外では受け入れられている。
ヤールカ自体が獣人の国で、多種多様な獣人が暮らしているのだから、多少肌の色が濃くてもさほど気にしない。
しかも、パオ族と言えば魔女を多数輩出する民族として有名だから尚更だ。
魔女は魔法に関することを生業としている。
薬を作って売るのが一番多くて、頼まれて付与魔法を施したり、護符を売ったり。
そんな魔女である母を幼い頃から見て私は育った。魔法があるのは当たり前、使えるのも当たり前。
本格的に魔女の修行が始まったのは5才の頃だ。
その日、私は生活用の水を魔法で用意して桶に満たし、汗を拭った。前合わせの服は風通しがいいが、暑さで汗をかく。額の汗を拭って顔を上げると知らない人がいた。
「こんにちは」
優しそうな男の人だ。お母さんのお客さんかな?
お母さんは有名な魔女で、その美貌もあって人気がある。こうして訪ねてくる人も少なくない。
だからいつもの事かと思って
「今は出かけてる」
と答えた。
はぁ、苦しい…暑くて狭くて。
私は箱に詰められて馬車で運ばれていた。なんでこんなことに…
お母さんはいないと聞いた男は急に態度を変えて
「そりゃ困ったなぁ。急ぎなのに…」
全く困ってなさそうに言うと私を上から下まで見る。汗をかいていたから、服が貼り付いて体の線が見えていた。本能的に怖いと思い、体を手で隠す。
男はニヤニヤしたまま
「うまそうだな…」
と呟いた。
今日は大人たちが近くの集落に出掛けている。見える範囲には子供ばかり。助けを呼んでも返って困るだけか?
強張った体のままでそっと逃げる場所を探していると、体が浮いた。
えっ?
私は男に抱えられていた。まるで荷物みたいに。
男が乗ってきた馬に私ごと乗ると、どこかに向かう。暴れたら落ちて危ない。でも頭が真っ白で怖い。
震えながら硬直していたら、馬車が見えた。どこかに連れて行かれるのか?
男は馬から降りると荷馬車の中にあった箱に私を詰めた。怖い、狭い、苦しい。歯を食いしばって震えることしか出来なかった。
どれほどの走ったのか、もしかしたら案外短い時間だったかもしれない。でも私には永遠に思えるほど長くて。泣いて目が腫れた頃に止まった。
箱から出されて運ばれる。もう逆らう気力も体力も無かった。
どこかのお屋敷?
長い廊下を進んだ先の部屋でやっと床に降ろされる。きょろきょろと部屋を見回すと、床も壁も豪華だ。お金持ちの家?
「その子か?」
「はい!魔力持ちです」
ビクッ…何?誰??
恐る恐る声がした方を見ると案外若い男性がいた。にこにこして私を見る。でもそれが怖かった。攫った子供をにこにこ見てるなんておかしい。
子供心にも良くないと分かる。
「これはまた、可愛らしい。ふふっ別の用途でも使えそうだ」
えっ…何?別の用途ってどういう意味?
私を連れてきた男たちが退出するとソファにゆったりと腰掛けていた男が立ち上がる。そして私に近付く。
「可愛い顔をしている。将来は美人確定だな。青田刈りとするか…」
ぶつぶつ呟いている。怖くて後ろに下がると
「逃げても無駄だよ?君は今日から私に飼われるんだから。ちゃんと躾けてあげるよ!」
その目がすわっている。嫌だ、怖い…お母さん!助けて!!
目にジワリと涙が浮かぶ。
滲んだ目が男の手を捉える。それは大きくて怖くて目を閉じた。助けて、お願い…お母さん!!
バチッ ドカッ
凄い音がした。そしてうっという呻き声も。
そっと目を開けると私から離れた場所に不自然な体勢で転がる男がいた。体をひくひくさせている。何が…?
シュン
あっ…
目の前に頼もしい背中が。
「お母さん…お母さん、うぐっひぐっうわぁぁん…」
腰に抱きつく。
その私の手を優しく撫でるお母さん。その手はもう大丈夫と告げてくれている。
「シェリル、もう大丈夫」
後ろからお母さんの弟子であるナナカがそっと頭を撫でてくれた。振り向くと優しく私を見ている。
「どうして?」
びっくりしていた私はそんな疑問を投げかける。
「私の可愛いシェリルに、私が何もしていない訳がないだろ?」
お母さんが振り返って私の頬を撫でた。
あっと思ったらお母さんが唇に指を添えた。シーっと言いながら。
これは言っちゃダメなんだ。私は口を手で塞ぐ。
お母さんは優しく微笑むと私の脇に手を入れて抱き上げた。
「私の可愛いシェリル…助けが遅くなってごめん。怖かったろう?もう大丈夫。魔女の名にかけて…コイツらは殲滅する」
優しい笑顔の中に怒りを感じた。
「シェリル、これを身に着けておきなさい。決して外さないように」
お母さんにそれを渡されたのは何年か前だった。
キラキラしていてとてもきれいだ。
パオ族は装飾品をたくさん着ける。
特にピアスと腕輪と足輪は多く身につける。それぞれに意味があって家族や恋人からの贈り物だったり、健康や商売繁盛を願ったり。
贈る人が願いを込めて渡すそれは、お守りでもある。数が多いほど美しいとされるのだ。愛されてる証でもあるから。
生まれてすぐにピアスを親から貰う。3才頃には腕輪や足輪を、15才で成人するとピアスは片耳に3から5個、腕輪は片手に5個以上は身に付けている。
足輪は仕事によっては邪魔になるので人による。
私も気がついた時には両耳に2つずつのピアスと両腕に1つずつ腕輪をしていた。そして多分3才の時にお母さんから常に身につけておきなさいと先ほどの腕輪をもらった。
それはキラキラした腕輪で、輝いていた。お母さんの魔力を感じる。
「魔力?」
と聞けばふわりと笑って
「魔女の守護さ。私は家族にしか渡してない。シェリルを守る」
その時はまだ意味もわからず、キラキラきれいと思っていた。
例の誘拐事件の時、男が触れようとした時に守護の力が働いた。あれがキッカケで私は魔女としてお母さんに弟子入りすることになった。
「人に使い潰されるか、自ら歩くか。どちらを選ぶ?」
そんな言葉だったと思う。
まだ子供だった私には難しくてわからなかった。でも自由に生きたい、そう思ったから
「魔女になれば自由?」
「あぁ、その代わり大変だ」
あの時の恐怖と無力感をまた味わうなんて嫌だ!
「強くなりたい!」
お母さんはしっかりと頷くと
「ならば魔女になりなさい」
「うん!」
「違うな、はい、だ。今日から弟子として接する時は私を師匠として敬いなさい」
う、うやまいなさい?
意味が分からなかったけど、返事ははい!だ。
「はい!」
こうして私の魔女としての修行が始まった。




