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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アタシの忘れ物。

作中の曲は、

・SOUL'd OUT『VELVET ROMANCE』

・Diggy-MO'『「爆走夢歌」』

・SOUL'd OUT『BLUES』

になります。

くそ…

解けた靴紐が笑うように跳ねた。

都会のダンジョン、ヤマト線真宿(しんしゅく)駅。

電車を乗り、降り、そうした人たちは一つの流れとなって目的地へと進んでいく。

アタシはその流れから離れ、柱の影に入ってから靴紐を結び直す。

苛立つままに何度も結び目を縛り、立ちあがろうとすると、黒い物体が滑ってくる。

イヤホン…?

ワイヤレス型イヤホンの片割れだ。

それを拾いながら立ち上がって周囲を見回す。

誰が…?

外してケースに戻す際に落としたのなら気づいていないのかもしれない。

それに、片方を失えば、もう片方が残っていてもそれはイヤホンという体を成さない。

駅員に届けるのかな…?

ぼんやりとそう思いながらそれを目の前に持ってくる。

どこかで見たような気がする。

自分が持っているものとは違うが、微妙に思い出せない。

“…ガレー…ハート…”

僅かに聞こえてくる歌は確かに聞き覚えがある。

しかし、持ち主が遠ざかっているのか途切れ途切れだ。

アタシはイヤホンを耳に近づける。

“今日と同じ…爆走…”

ラップのようなレゲエのような独特の曲調。

溢れるように繋がっていく詩。

それに気づいた時、心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えた。


『これがいいんだよ…私はこういう曲が好き…』


3年前、同棲していた女性がいた。

彼女はこういう曲を好んで聴いており、アタシも勧められるままなんとなく聴いていた時期がある。

だけど…

些細なことだった。

彼女が先に寝ていた。

ただそれだけだったが、それが、どうしても許せず、気に入らず、アタシは別れを切り出した。


『アタシ…その…悪い…』


はっきりと言えば彼女を傷つける。

そう思って、だけど、アタシとしては何故か限界で。

よくわからないまま、投げ出すように別れた。

それからは思い出に鍵をかけ、それに近づくようなものを遠ざけた。

雑誌も食事も、いつも聴く曲も。

胸の奥に燻るものを感じながらイヤホンを改めて手に取る。

やっぱり…

アタシが誕生日に送ったものだ。

部屋でいつもスピーカーで聴いていた彼女に深夜は迷惑だから。そう言って送ったものだ。

正確にはそれと同じものだが、どうしても彼女のもののような気がしてしまう。

私は再びイヤホンを耳に入れる。

“…いて…くれ…目ぇ…すまで…”

次の曲が始まっているが、彼女の好きな曲の一つだ。

アタシは歩き出す。

あの日のアタシのように途切れ途切れの曲を辿り、持ち主に返す。

そんなドラマや映画のような話に希望を抱いていた。

また会いたい…

ただそれだけのために。

アタシは歩き出す。

不審な程に周りを見渡しながら。

アタシは彼女を探していた。

思えばこの真宿は2人でよく歩いた。

ブティックもパーラーも、土産物を買って贈り合う、そんな楽しかったことばかり思い出す。

違う、アタシが鍵をかけた思い出は悲しいことなんかじゃない。

思い出が輪郭を取り戻すのと共に、イヤホンの曲も繋がっていく。

“俺たちはここに重なってここには青さだけが残る”

アタシは走っていた。

わけもわからず、ただあの頃の曲を聴きながら進んでいく。

“目の前がぼやけて見えるそんな日ばかりさ”

なぜこうして2人は…

歌詞も思い出せる。

君の姿も。

人混みを抜けベンチの置かれた休憩所に出ると、懐かしい声が聞こえた。

「おかしいなぁ…」

電話しながらポーチの中を探している。

その姿は少しも変わっていない。

短めの黒髪と大きな瞳。

軽く焼けた肌まであの頃と変わっていない。

「実は元カノからのプレゼントなんだよねー。」

アタシには気づかず、そのまま探し続ける彼女の言葉が自分の心を抉る。

わかっている。

アタシは彼女にとって過去であり、アタシにとっても過去だ。

それでも胸が苦しいのは、どこかであの頃を取り戻したいからなのか。

アタシは自分が答えを出す前に体を動かした。

「これ…落としましたよ…」

彼女とは目を合わせないようイヤホンを見つめる。

“微かな四季の声に共鳴はするのかい?”

アタシの手にあるそれと彼女の手にあるそれが同じ音を奏でる。

それに気づいた時、彼女はイヤホンを手に立ち上がっていた。

言葉はない。

あの頃何度もふれた肌も、今は触れ合う事もない。

それでいいんだ…

それほどまでに心の距離は遠く、アタシは彼女を見ることすらできない。

そのまま、逃げ出すように人の流れへ歩き出そうとした。

「待って…!」

彼女の声が聞こえないふりして、踏み出すと、服の裾を掴まれていた。

「待ってよ…!」

か弱く、消え入りそうな声。

「人違い…ですよ。」

アタシの声は震えていた。

抑え込みたかった。

でも、そう素直に従ってくれない。

心はいつでも制御不能で、それは、あの日と同じだった。

「なら、少し、話でもしませんか?その…知り合いに…似ている気がするんです。」

時間はある。

何より、彼女との時間なら無理してでも作りたい。

今は元カノではなく他人として。

アタシは何か理由を付けたかったのかも知れない。

振り返っていた。

理由も何もなく、気付いたら彼女の目を見ていた。

大きな瞳は潤み、グチャグチャの感情が顔に出ているアタシの顔を映している。

「ごめん…アタシは…!」

滲んでいく。

彼女の顔が。

もう二度と会わない。

会えないはずの2人。

もう過去のはずだ。

「ねえ。やっぱり話そうよ。無理にやり直したいんじゃない…」

「わかってる…わかってるから…」

アタシは人目もはばからず大粒の涙を流しながら彼女の手を取っていた。


人は過去に忘れ物をする。

失ってから気付く忘れ物。

そしてそれはふとした瞬間に見つかる。

だからこそ、忘れ物なのだろう。

片方欠けたイヤホンに意味が無いように、1人で探しても意味はない。

見つかるはずがない。

いつだって。

それでも、2つのイヤホンは呼び合うように。

1つの曲を。

1つの時間を。

2つが共有する。

そして、今、2つ揃ったイヤホンは、もう一度、同じ時間を共有する。

この一度だけでも。

それで十分だ。

十分過ぎるほど。

この一度に何曲も何十曲も共有できたのだから。

アタシはそれで満足だ。

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