まなざしのかたち
「アルビノって、綺麗だよな」
放課後の教室で、窓辺に腰掛けながら悠斗がぽつりと言った。ちょうど夕日が射して、彼の頬にオレンジの光が輪郭を落とす。俺は隣の席で参考書を閉じ、彼の横顔を見た。
「なあ、知ってる? 白い髪に、赤い目。あれ、光に弱いらしいけど、なんか神秘的じゃん」
その声には、ほんのりと憧れの色が混じっていた。
でも、俺はその言葉に、ほんの少しだけ違和感を覚えていた。
「病気、なんだろ?」
俺がそう返すと、悠斗は「ああ、まぁ……遺伝子の関係らしいけど」と曖昧に答えた。
「でも、そういうのって言い方じゃない? 病気っていうと変なふうに聞こえるけど、“特徴”っていうか、個性みたいなもんじゃん」
「じゃあ、ダウン症も?」
そのとき、教室のドアがガラリと開いて、特別支援クラスの生徒たちが廊下を通る声がした。
あの中に、翔太くんがいた。
小さな身体にいつもニコニコの笑顔、みんなに元気に手を振る。
うちのクラスとも体育で一緒になることがあって、俺は何度か彼とボールを蹴ったことがある。
悠斗は一瞬、言葉に詰まり、少し困ったように眉をしかめた。
「……あんまり、“ダウン症”とか言わない方がいいって」
「なんで?」
「うーん……だって、なんか失礼じゃん。ああいうのは、気を遣うべきっていうか」
それが答えなのかは、わからなかった。
けれど、俺の中には確かに一つの疑問が芽を出していた。
アルビノは「綺麗」で、
ダウン症は「言わない方がいい」。
どちらも生まれつきのことで、治るわけでもなく、変えられるものでもない。
なのに、どうしてその「まなざし」はこんなにも違うんだろう?
翌週の昼休み。
校庭の端で俺は翔太くんと一緒にボールを蹴っていた。彼はとにかく楽しそうで、何度転んでもケラケラ笑い、俺の背中を嬉しそうに叩いてくる。
「たかし君、じょうず!」
「翔太くんの方がすごいよ、さっきのシュート完璧だった」
汗ばんだ額をタオルでぬぐいながら、ふと彼の顔を見る。笑っている。純粋で、混じり気のない喜びだった。俺はこの笑顔を、「不憫」とも「病気」とも思わなかった。むしろ、まっすぐすぎて眩しかった。
帰り道、悠斗と並んで歩いていた俺は、昼のことを話してみた。
「翔太くんって、いいやつだよな」
「ああ、まあな。かわいいし、いい子だと思うよ」
「じゃあ、あの子も“神秘的”って思う?」
悠斗は眉をひそめた。
「……うーん、神秘的っていうか……まあ、癒される感じ?」
「アルビノは綺麗で、ダウン症は癒し?」
俺の問いに、悠斗は立ち止まり、ポケットからスマホを取り出した。
何かを誤魔化すように、画面を見つめたまま言った。
「……なんかさ、そういうのって仕方なくない? 見た目が綺麗な人は評価されるし、可哀想な人は守られるべきっていうか。普通だろ」
「それって、見た目で“まなざし”変えてるだけじゃん」
俺の言葉に、悠斗は口を閉じた。
風が吹いた。
六月の湿った風。どこかでアジサイの匂いがした。
その夜、俺はネットでアルビノの写真と、ダウン症の人のインタビューを探して読んだ。
ページをめくるたびに、映るのは「美」と「福祉」という、別々のフレームだった。
気づいてしまったのだ。
俺たちは「まなざし」そのものを無意識に色分けしている。
アルビノは幻想的で、絵になる。
だから称賛される。
でも、ダウン症の子は「特別扱い」の対象になる。
その子自身を見ていない。
“その人”じゃなく、“その属性”だけで語られている。
翔太くんのあのまぶしい笑顔が、どんな本にも載っていないことに、俺はひどくがっかりした。
ある日、学校の文化祭で、特別支援クラスの展示に誘われた。翔太くんたちが描いた絵が、教室いっぱいに飾られていた。
そこには、青空と大きな花と、まるで夢みたいな色が溢れていた。なにより、どの絵にも笑顔があった。
「この絵、翔太くんが描いたの?」
俺がそう聞くと、彼は自信満々に頷いた。
「おかあさん、わらってるでしょ。これ、いちばんすき」
俺はその絵を見て、どうしようもなく胸がいっぱいになった。
そうだ。
「綺麗」とか「病気」とか、俺が決めることじゃない。
誰かをどう“見たか”より、その人が“何を見ているか”の方が、ずっと大事だ。
人はまなざしの中で、知らないうちに誰かを区切っている。
でも、翔太くんはそんな枠の外にいて、ただ目の前の「好き」をまっすぐ描いていた。
俺もそうありたいと思った。
あの時、悠斗が言った「綺麗だよな」の言葉は、もう覚えていない。
でも、翔太くんが描いた「笑ってるおかあさん」の絵は、今でも心の中に残っている。
まなざしは、いつも無意識だ。
でも、それに気づいたとき、世界の色は少し変わる。
俺は今日も、その変化を胸に歩いている。