もしかして恋?
「んー…藤森君、ここ最近ミス多いねー」
「え?」
職員室。
事務作業をしていたら化学を教えている玉井先生が俺に声をかけてきた。
そして、ひらっと俺のデスクに一枚の紙を置いた。
「ほら、この赤ペン部分、全部誤字脱字だよー」
俺も視線を紙に落とすとぎょっとした。
『三社面談のご案無
津ゆの候、保護者の美奈様にはに置かれましては、ますますご清栄こととお喜び申し上げます。
また、日ロゴから本校の教育活動にご理解、
さて、三社面談を下記の通り計画し
万障お繰り合わせの上、ご出関くださいます
ようご案無申し上げま
なお、日程調整を行いますので、面談希望日時をご記入の上、11月15日(金)までにタンニンへご提出くださいますよお願いいたいsます。』
誤字脱字のオンパレードじゃねーか!
「な、なにこれ…」
「ねー驚きの赤さだねー」
玉井先生は、はははーっと笑っているが、細すぎて前が見えてるのかよくわからないその目はきっと笑ってないのだろう。
「こ、これ他の誰かが昔作ったやつ、とかじゃないっすかねー…はは…」
「残念だけど藤森君がさっき提出してくれた分だね!」
添付されたメール見る?と楽しそうにパソコンを操作しようとしてきたので
慌てて自分が作成したものだと認める。
「でも嘘!?俺ちゃんと確認してから提出したんですけど…」
「ん-そうだよねぇ」
玉井先生が顎に手を当てて、うーんと唸った。
「実は私もちょっと心配でね。藤森君、いつもこういう仕事はちゃんとしてるのわかってるから」
「さすが玉井先生。よくわかってらっしゃって」
「悩みでもあるのかなーって」
「ぐぅっ!」
悩み。
その言葉に俺の心臓がどすっと何か突き刺さる音がした。
玉井先生の顔を見ると、俺の顔をじっと(たぶん)見つめていた。
なんか、見透かされそうでこえぇー…。
「…い、いえ」
慌てて視線を逸らす。
そして急いでワードを起動する。
「特にこれといっては…すぐに作り直しま」
「藤森君」
また名前を呼ばれてびくっとする。
まだ何かあるのかよ!
と、玉井先生の唇が耳元のそばまで近づいてきて…
「恋はいいものだけど、恋に溺れてはいけないよ」
ぼそっと、俺だけに聞こえるようにそう言った。
「た、玉井せんせ…」
がたっ、と思わず立ち上がる。
玉井先生は少しの間俺の顔を見つめた。
と思ったら、
「さーて、今日は楽しい化学式の授業だー」
口角を上げながらくるっと方向転換して、陽気に
「すいへいりーべ~ぼくのふね~♪」
なんて歌いながら歩き出す。
「ちょ、玉井せんせ…!」
「じゃ、授業行ってくるから作り直しよろしくねー」
手をひらひらと振りながら、陽気に職員室から出て行った。
「俺、俺…」
顔が熱い。
なんで、なんでわかんの…?
いや、違う、断じて、俺は、断じて!
「恋なんてしていません!!」
―――――――――――――――――――――――――――……
「お疲れ様でーす」
19時。帰る準備をすませた先生方が挨拶をして出ていく。
「お疲れ様です!」
俺も、今日は特に急ぐ仕事はないのでリュックを掴んで学校を出る。
そして、てくてく歩きながら考える。
「なーんであんなミスしたんだろ。普段の俺なら絶対ありえねぇんだけどなぁ…」
赤ペン祭りとなっていた例の資料を思い出す。
「…はぁ」
とはいっても最近おかしいのは事実で…。
家にいれば考えるのは海堂のことばかり。
(今何してるんだろ。
声聞きたいな。電話しようかな。
てかまた倒れてないよな?やっぱ様子見に会いに行こうかな。
でも先日あったばかりだし…でもでもでもでもで(略 )
自宅の机に突っ伏してそんなことをエンドレスループで考えてしまう。
学校でも海堂のことが気になってさっきみたいにミスしてばかり。
今日も授業で。
「えーと、今日は安土桃山のあたりからー…」
「あの、先生」
「ん?どうした田中」
「その範囲前回やりました」
「…あれ、そうだっけ」
他にもあれやこれや…。
思い出すだけで恥ずかしい。
「はあぁぁぁぁぁ…」
はっきり言って、正気じゃねぇ。
「俺まじで何やってんだ…」
帰り道にある公園に寄ってベンチに座り、そしてたばこをくわえる。
ライターを何度かカチカチして火をつけて頭を抱えた。
(い、いや違うんだ。
そんなにも考えてしまうのは、ただ気の合う友達ができて嬉しいだけであって…)
笑顔が癒されるだけで、ちょっと変わってるからほっとけないだけで。
決して、恋というわけでは…………
『恋じゃね?』
「…」
ばっさりと切られる。
「…やっぱりそう思う?市ノ宮」
悩みに悩んだ俺がとった行動。
それは、今アメリカで仕事している友人、市ノ宮和樹に電話することだった。
市ノ宮は大学からの友人で、非常に冷静に物事を判断することに長けている。
その合理的に生きる姿は男の俺でもかっこいいなーと思う。
まぁ、バッサリ切られすぎてぐぅの音も出ないことも多々あったのだが。
『というより藤森からそんなこと聞くとは思わなかったよ』
どこの恋する乙女かと。
そう最後に付け加えられる。
「い、いいだろ、言ったって」
コホンと咳ばらいをし照れてるのを隠す。
俺だって恥ずかしいんだよ!
こんなこと、男に相談するなんて!
『まぁ、別にいいけど…あんなに悩んでたの見てたから特にね…』
「…」
『で、どんな人?』
「えっ、え、えっと、純粋そうで、ちょっと危なっかしくて、絵を描くのが好きで」
どんな人か、そう聞かれて海堂を頭に思い浮かべる。
色々出てくるがやっぱり一番は…
「笑顔が素敵で、守ってあげたくなるような…人…」
「…」
「…」
しーんとする。
あれ、電話切れたかな?
思わずスマホを耳から話して画面を確かめる。
と、
『あーはっはっはっは』
「!?」
離していても聞こえるくらい盛大な笑い声が聞こえてきた。
「な、な、笑うな!!」
思わず立ち上がって叫ぶ。
恥ずかしい、今めちゃくちゃ恥ずかしい!!
『だって今の藤森すっごいおもしろーい。近くにいたら指さして笑ってやるのに』
まだ笑い声が遠くで聞こえる。
この野郎。近くにいたら殴ってやるのに。
「あのなぁ市之宮、俺は真面目に…」
『いや、わかってるよ。守ってあげたくなる子ねぇ。
なんか、その女の子計算とかでやってない?すごいあざとい系って感じがするけど。気を付けなよ、藤森簡単に騙されそうだし』
「軽く俺のことディスってないか?」
『してないよ』
ところで、今の市ノ宮の返答で重大なこと伝えてなかったことに気がつく。
「あのさ、市ノ宮」
『なに?』
「計算ではないと思うぞ。そんなことできるほど器用な奴じゃないし…。
それに、あのさ…」
『?』
「男なんだよね…その、その人…」
自然と声が小さくなる。
周りには誰もいないけど、なんとなく、言うのに勇気がいることだったから。
『……』
市ノ宮が沈黙する。
や、やっぱり引いたか?
いや、でもこいつに限ってそれは…。
『そう』
ようやく返事が一言だけ帰ってきた。
「そう…って…それだけ?」
『他に何言えばいいの』
「え、い、いや…」
まぁ、それもそうなんだけど…。
沈黙長い割には返事が短すぎてビビったんだよ。
『でもさ、相手はどう思ってるの?』
「え?」
市ノ宮の声色が変わる。
すごく真面目なトーン。俺も思わず姿勢を正す。
『だって男なんでしょ、その人。望みあんの?』
ぐさりと心に突き刺さった。
あまりにも正論な意見に一瞬息が止まる。
海堂が、俺をどう思ってるか…。
そ、れは…。
「…たぶん海堂は、俺を友達としか、思ってないと思う…」
やっとのことで、そう返答した。
『まぁそうだろうね。てかそれが普通だし』
俺は絞り出してるのに、市ノ宮は変わらず淡々とそう返してくる。
「うん…」
海堂は多分ゲイじゃないだろう。
聞いたわけじゃないけど、遊んでる時の様子を見るとそんな感じはしない。
『ねぇ、藤森』
俺が沈んだ声を発したからか、市ノ宮が俺の名前を呼んだ。
『悪いこと言わないからさ、今のうちにやめといたら?きっと難しいと思うよ』
このままもっと好きになったら藤森が辛くなるだけじゃない?
そうとも付け加えられる。
「……」
市ノ宮が言ってることは正論だろう。
正直、このまま海堂のことを考えて、ミスをいっぱいして、失恋までしたら目も当てられない。
『藤森?ねぇ、大丈夫?生きてる?』
あまりにも黙ってたからか、市ノ宮が心配してくれた。
「なぁ、市ノ宮」
『なに?』
「市ノ宮はそういう経験ってあんの?」
『そういう経験?』
「だから、誰かを好きになったけど諦めましたーっていう」
『は?無いに決まってるでしょ。大学生の時言ってたと思うけど、俺、恋愛とかただ疲れるだけのくだらない感情と思ってる人間だから』
「あぁ、そうだったな」
そうだった、市ノ宮はそういうことに全く興味ないんだったな。
すごく、ドライというか。ある意味今の俺にとっては羨ましいかもしれない。
『で、俺の意見は役に立った?』
「あぁ、市ノ宮の意見はど正論だと思う」
『そう、それじゃあ』
「それでもさ!」
市ノ宮の言葉を遮って声を張り上げる。
そして、こう伝えた。
「もし海堂と付き合うことができたら、俺、きっとすごい幸せ者だと思う」
『…は?』
結局俺の中ではどうしたいのかなんて決まってたんだろうな。
『藤森、だからさぁ』
「わかってる!わざわざ意見求めといて全然違う結論出したことは本当に申し訳ないと思ってる。
だけどさ、俺、市ノ宮の話聞きながら考えてんだけど、この気持ちが恋とわかったのに、その瞬間、あきらめるなんて俺にはできない」
『…』
「それに…俺、初めて恋したんだ。
初めて誰かを好きになれたし、望みが薄いとしても…後悔はしたくないな…な、なんてな!」
ははっ!と笑う。
と、同時に、完全に市ノ宮のアドバイス無視したわけだし、機嫌損ねるか…?
そう覚悟する。
『ふーん…』
でも、市ノ宮はそれだけしか発しなかった。
その代わり、何かを握りしめるような音が聞こえた気がしたけど…気のせいだろうか。
『あーそうだ。そんなことよりさ、俺、来月帰国することになったんだよね』
「え、まじ?」
突然話題が切り替わる。
「帰国なんて久しぶりじゃね?てか就職してから日本帰ってくるの何回目よ」
『2回目』
「すくな!」
確かに卒業してから市ノ宮と全然会ってない。
まぁ、LINEでやり取りはしてるし、リモート飲み会とかもちょこちょこしてるからそんなに久しぶりって感じはしないが。
それでも、
「なんか大変そうだな…」
そう何気なく言った。
だけどそれが引き金になったようで、
『そう、まじクソだよ!うちの会社!
仕事回らなくなるから帰国するなって言われてたのに、日本にある本社の仕事手伝って来いって突然強制帰国だし!
結局帰国したところで仕事だし、上層部腐ってるし、俺もう少ししたら会社辞めて起業するから!!』
市ノ宮らしくない大声で一気に吐き出した。
キィーンと、耳鳴りがする。
「おーおー、エリート様はお疲れ様ですなぁ」
『藤森は他人事だと思って!』
だって他人事だし。
そんなこと、口が裂けても言えない。
でも、英語をペラペラ喋れて、大学時代もテストを受ければほぼ満点、営業成績だって常にトップで、おまけに容姿も完璧。
そんなエリート中のエリートも振り回されることあるんだな。
ちょっと安心したわ。
『ま、とういうことでさ、日本帰ったらまた飲みに行こうよ』
ようやく落ち着いたらしい声でそう言った。
「あぁ!もちろん!色々話そうぜ、市ノ宮!」
何を話そうか。
向こうでの暮らしのこととか、仕事のこととか、聞きたいことはいっぱいある。
楽しみにしてる、そう伝えると、
『俺も楽しみにしてるよ、藤森』
市ノ宮はそう静かに言った。
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