この人を愛していきます
「海堂、この画材一式お前の部屋に置いていいか?」
「うん!後で片づけるから適当に置いといてー!」
段ボールが山積みになった部屋でそんなやりとりを何回もする。
大きな窓から外を見ると空は快晴、澄んだ青い色だった。
冬の柔らかい日差しに当たるととてもぽかぽかして眠くなりそうだ。
「あぁ、だめだめ。さすがにもうちょっとこの箱の山を片付けねぇとな…」
少し伸びをして、また開封作業を再開する。
あの飛行機を見送ってから数週間後、俺は海堂に、
「一緒に住まないか?」
そう提案した。
というより、以前からそういう話は何度か持ちかけていたのだが、相手からは、
「もう少し生活力を身に着けてからでもい?」
と毎回断られていたのだ。
それを聞く度に非常に残念な気持ちになったのだが、海堂の意思を尊重ししようと我慢していた。
そうしたらあっという間にこんなに年月が経ってしまった。
(でも、こいつはこいつなりに必死に頑張ってたんだよなぁ)
台所で必死に食器をしまう恋人の姿を見て、思わず微笑んでしまう。
本人は無自覚だったって言ってたけど、きっと市ノ宮に言われなくても、もっと強くなりたい、成長したいと願っていたんだと思う。
だけど今回の件もあり、
「10年も一緒にいて同棲してないのはおかしい。
というかもう我慢できない、一緒に住みたい!!」
と説得した結果、ようやくOKをもらえたのだ。
というわけで、今日という日は本当に待ちに待った最高の日だから、内心うきうきで仕方ない。
…例え、段ボールを開けても開けても片付いてる気がしないとしても。
「えぇっと、この段ボールはなんだ?
取扱注意って書いてあるけど…」
近くにある段ボール箱を引き寄せる。
そして何気なく開けて中のものを取り出そうとすると、
「いって!!」
指にぶすーーっ!!と何か尖ったものが刺さった。
「?????」
心臓がバクバクしながら中を確認すると、そこには立派なサボテンが入っていた。
「あぁ…お前だったか…」
はは…と困りながら軍手を探してそっと取り出す。
「海堂ー!このサボテンもお前の部屋でいいかー?」
「それはいっぱいお日さまに当ててあげたいからベランダに置いといてー!」
遠くから海堂の声だけ聞こえてきた。
それは海堂と仲直りしてから1週間後のこと。
俺たちはまた以前のように帰宅時間が合うときは海堂が学校の前で待っていてくれて、一緒に途中まで帰るようになっていた。
そんな様子を見ていたのが、
「藤森くん!彼氏君と仲直りしたんだね!
よかったねぇ~」
校長の玉井先生だった。
「た、玉井先生…!だから彼氏とかじゃ無いですって…」
やっぱり見てたかと思いながら軽くお辞儀をする。
そして去ろうと思ったけど、俺の肩にそっと置かれて。
「お茶、しに来てくれるんだよね?」
わくわくととても楽しそうにそう聞かれた。
「………あー…そういえば、そんな約束してましたっけね」
「してたよ!」
「あの…本当に話したいっすか?」
「話したい!!」
「………」
結局俺の悩みを聞いてくれた恩もあって、その数日後に海堂と校長室へ訪れたのだった。
「わぁぁぁぁぁ!すごいですね、これ全部校長先生が育てているんですか?」
「そうなんだよそうなんだよ!
私の一押しは、このサボテンで…」
「えー!まんまるですごく芸術的でかわいいです…!」
海堂と玉井先生は植物の話題ですごく盛り上がっていた。
俺は全くその輪に入れず、ソファーに座ってお茶をすすりながらそんな会話を聞いている。
というか、あの2人似てるな。
なんかオーラとか、話し方とか。
なんか、縁でもあるのかな。
こういうタイプの人に。
「かわいいよねー!
海堂君好きそうだなーって思ったよー。
…あ!じゃあよかったら育ててみる?」
気がつくと、玉井先生はそのサボテンを海堂に渡していた。
海堂はすごく嬉しそうな顔をして、それを見ていた。
「えぇ、いいんですか?
でも、こんな立派なサボテン…」
だけど、素直にもらっていいのか、迷っていておろおろする。
そんな彼を見て、玉井先生はにこっと優しく笑って。
「大丈夫だよ。まだ同じ品種の苗持ってるから。
こんなおじいちゃんでよかったら、今度一緒に園芸店巡りに付き合ってくれると嬉しいな」
「校長先生…。ありがとうございます!
ぜひ行きたいです!!」
海堂も本当に嬉しそうにそう言って笑い返した。
(よかったな。新しい仲間ができて)
海堂が笑うと、俺も嬉しくて無意識のうちに口角が上がっていた。
「やったー!藤森君はねぇ、全く興味ないみたいで全然付き合ってくれないんだよー」
「……すんません」
玉井先生には、最後にそう付け加えられてしまった。
それには申し訳なく謝るしか出来ず。
だって植物種類ありすぎて全然覚えられないんだよ…。
――――――――――――――――――――――――――――……
「…よし、だいぶ片付いたな」
立ち上がって、ふぅ…とおでこの汗を拭く。
そして、一足先にソファに座って休んでいた海堂の隣に座る。
そのまま2人してしばらくぼーっとする。
ふと、海堂が口を開いた。
「あ、あのさ…っ」
「んー?」
天井を見上げたまま、返事をする。
それからちらりと横を見ると、海堂は姿勢を正して座っていた。
「えっと…その…」
何かを言いたそうにしている。
が、恥ずかしいのか、なかなか要件が出てこない。
そんな様子を見て俺も上半身を起こし、海堂の方へ体を向けた。
「なんだよ。言いたいことはちゃんと言いなさい」
学校の先生らしく、そんなことを言ってみたりして。
「う、うん…えっとね……あのね」
「うん、何?」
「ふ、藤森の事……………あ…」
「あ?」
相変わらずもじもじしている。
顔もなんだか赤い。
けど、ようやく決心したみたいで、
「………あ、あきって呼んでいいですか!?」
「は?」
そう叫んだ。
顔を真っ赤にして言う割にはそんなことかと拍子抜けする。
でも本人はすごく勇気がいることだったらしい。
「い、嫌なら言って!
お、俺っ実は前から名前で呼びたくて…。
でもタイミングを逃したっていうか…その……っ」
「ふっはは、はははははっ!!」
あたふたとする恋人を見てて思わず笑ってしまった。
びっくりして相手は俺を見る。
「わ、笑わないでよぉ…」
もっと恥ずかしくなってしまったのか、耳まで赤くなってしまった。
そんな相手を俺は抱きしめてソファに寝転ぶ。
「わっ、ふ、ふじもりぃ…っ」
「ありがと、修司」
「!」
正直、俺も名前で呼ぼうとはずっと思っていた。
だけど、なんとなくずっと名字で呼んでしまい、そんなこんなで時間が経ってしまい…。
今更変えるにはなんとなくタイミングが掴めずズルズルここまで来てしまっていたのだ。
考えていたことは同じだったのに、こんなに一緒にいて気が付かなかったとは。
「あ…ありがとう、あき」
修司は名前で呼ばれてもっと赤くなって、でも嬉しそうだ。
相手も、俺を名前で呼んでくれた。
「やっぱり名前で呼ぶのっていいね。なんか新鮮!」
それからあははっと笑った。
「……っ」
あぁ、やっぱりかわいいな。
そんな彼にそっとキスをする。
相変わらず不意打ちには弱い修司は、体をびくっと跳ねさせた。
「あき…っ、と、突然はびっくりするよ…」
「だってそんな反応見たくてやってるし…」
「あ…あきの意地悪…!」
そんな彼にもっとキスをする。
何度も何度もリップ音を新しい部屋に響かせて、舌まで差し込むと、
「んっ、ぅぁ…っ」
甘い声を漏らし始めた。
「だ、だめだよ…っまだ片付け終わってないのにぃ…」
潤んだ瞳で俺を見る。
そんな恋人を愛おしそうに見つめ返すと、
「まーいいじゃん。誰か来るわけじゃないし」
「それもそうだけど…」
「修司君の息子も反応しちゃってるし?」
中心部をそっと撫でると、本当にびっくりしたのかまた体が跳ね上がった。
「やっ!あき…もう…っ」
「ははっ」
そんな反応は満足げに見ると、優しく相手を抱きしめて頭を撫でる。
「修司好き」
そう囁いて、またキスをした。
結局夕方まで、片付けそっちのけでずっといちゃついていた。
―――――――――――――――――――――――……
その日の夜。
ダイニングだけは2人で全力で片付けて、夜ご飯を一緒に食べた。
食べ終わった後も、しばらくテーブルに座って談笑して。
「あ、そうだ。修司ちょっと待ってて」
ふと、何かを思い出したかのように、そう彼に伝えて、俺は立ち上がる。
そして、いったん寝室に向かった。
「??」
突然消えた俺を待つ修司。
それから数分後、俺はまた戻ってきて、
「はい、これ」
と修司に花束を手渡した。
「…え?」
ぽかんとした顔で花束を受け取る修司。
優しい暖色系を中心に束ねた、カスミソウやバラなど色とりどりの花々を瞬きしながら見つめている。
「すごいきれい…」
「ま、まぁな。花屋の店員さんに一緒に選んでもらったから間違いはないかと…」
俺は照れくささから少し頬が熱くなった。
修司は一通り眺めた後、顔を上げて俺を見る。
そしてこう言った。
「…あき、俺の誕生日まだ先だよ?」
「んなもんわかってるよ!」
どんだけお前は天然だよ!
誰が恋人の誕生日を月単位で間違えるか!
「…今日で10年」
「10年?……………あ!」
「10年間、一緒にいてくれてありがとう」
真剣な眼差しを向けつつ、片膝をついて修司と向かい合った。
そして、ゆっくりを微笑んだ。
そう、今日で付き合って10年なのだ。
長いようであっという間だった時間。
色々あったけど、本当に毎日楽しくて幸せだった。
「そ、そっか、もう10年経ったんだね…!」
修司もその事実に気がついて、驚きと嬉しさが混ざった表情で花束と俺を交互に見つめた。
「本当に、あっという間だったよな」
「うん、あっという間だった!」
そしてもう一つ、ポケットに入れていた箱も取り出す。
今度は箱に入っていた指輪を外すと、嬉しそうに花束を眺める修司の左手をひっぱって、その細い薬指にはめた。
「こ、これ…」
修司は突然はめられた指輪を見て目を大きく開く。
選んだのはシンプルなシルバーの指輪。
蛍光灯の光できらりと輝いた。
「ま、まあ…10年経ったし、同棲したし、一区切りの印として用意してたんだけど…。
受け取ってくれると嬉しい、というか…」
さすがにこれは俺も恥ずかしくなる。
口元を手で押さえながらそう伝えた。
それからちらりと、修司の様子を伺うと。
「うぅ…っひっく…ぐずっ」
「………へ」
な…、
泣いてるーーーーーーーーーー!!
修司の瞳からはぼろぼろと涙がこぼれていた。
え、そんな嫌だった!?
熱かった顔が一転、一気に真っ青になった。
「あ、い、嫌だったら外せ!
別に強制する気はねーし!
うん、俺の自己満足というか…いや、ほんと………!!」
もう一度左手を引っ張って慌てて指輪を外そうとする。
でも、そんな俺の手を海堂がつかんだ。
「ち、違う…!う、嬉しくて…っ」
「…へ」
そう言われて、今度は俺が目をぱちくりとさせた。
「だってっ、あきがこんなの用意してくれてるって思わなくて…!
本当に俺のこと好きでいてくれてるんだって思ったら、俺って幸せ者だなって思って…!」
「お、おう……」
瞳から涙が流れている顔は熱っぽくなっている。
俺もそう言ってくれて顔が熱くて仕方なかった。
重ねている手もつい力が入って離したくなくて。
すごくどきどきしてしまい、つい返事が短くなってしまった。
「ど、どうしよう…あき」
「え?」
「俺………今すごく抱き着きたい!」
そして泣きながら、彼はそう素直に言葉へしてくれた。
俺はさらに赤くなってしまって……。
「よ、よろこんで…」
そう言ったのと同時に、海堂が俺の胸に飛び込んできて口づけされた。
反動で後ろに倒れそうになるのを踏ん張って、恋人をしっかり抱きとめる。
「ん…」
一回だけで終わらずまた唇が触れ、また触れて。
そんな恋人をぎゅっと抱きしめた。
その後も、修司から何回もキスされた。
この10年、向こうからキスしてくれたことなんて何回あっただろうか。
数えるくらいしかなかったと思う。
だからこそ、この時間が本当に珍しくて、一番幸せを感じて、修司のことが愛おしくて仕方ない瞬間だった。
「あき、本当にありがとう」
ぎゅっと修司が俺を抱きしめる。
「修司のその顔が見れて、俺はそれだけでもう十分だよ」
「…あきの指輪はあるの?」
「え?」
ふと、修司は俺の左手に何もついてない事に気がつく。
そっと自身の手を重ねてきた。
「いや、俺はだって、修司への贈り物だったから…自分の分は…」
「えっ俺一緒のつけたい!」
正直、プレゼントのことだけ考えていたから、ペアリングなんて全く思いつかなかった。
でも、言われてみたら普通一緒に同じデザインのつけたいよな。
てか、俺もめちゃめちゃつけたくなってきた…!
「そ、それもそうだな…」
「じゃあ、次のお休み一緒に買いに行こ?
今後は俺が藤森にプレゼントするね!」
その返答を聞いて、修司は嬉しそうにそう言ってくれた。
たった今決まった予定なのに、俺もその日がすごく待ち遠しくなってしまう。
(あ…でも…)
1つ心配事を口に出す。
「でもいいのか?恥ずかしくない?
その、男2人で来店なんて…」
今どき、そういうのも普通かもしれないけど、でも、修司が嫌な思いをしないかとか、ついついそんなことを考えてしまった。
だけど、修司はきょとんとした顔で。
「あきは俺と一緒に行くのが恥ずかしいの?」
そう言ってくれる。
そこにはなにも不安な表情は一切なく。
俺もふっと笑って優しく言った。
「…いいや?修司とだったらどこにでもいくよ」
今度は俺か修司に口づける。
しばらく見つめ合ってから抱きしめた。
「修司」
「ん?」
「これからもずっと俺のそばにいてくれますか?」
修司のきれいな瞳を見て、思わずプロポーズもする。
そうしたら、
ちゅっ
と、また不意打ちでキスされて。
「はい、はい…!あき、大好きです!」
そう大好きな笑顔ですぐに返事してくれた。
「俺も、修司が世界で一番大好きです」
だから、俺も一番の笑顔で最大の愛を伝える。
そして、お互い大切な存在を確かめるように、もう一度強く、強く抱き合った。
それは、人生で見たらたったの1日のこと。
でも、どの日よりも一番大切な日。
俺は、この先も一生。
この人だけを愛していきます。
end
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