東山あずさ
貴方の笑顔、春の陽気のようにぽかぽかあたたかくて本当に好きだった。
「ほら、パパが乗ってる飛行機来たよー」
「ぱぱー!!」
まだ小さな娘を抱っこして、だんだん近づいてくる飛行機を眺める。
娘は普段こんなに近くで見ることのない大きな乗り物を見てとても楽しそう。
「じゃあ、パパ迎えに行こうか」
「うん!いくー」
そんな会話をしながら娘をおろして手をつなぐ。
ロビーに向かって歩き出す。
その途中。
ふと遠くに2人の男性の姿が見えた。
「……………?」
最初なんとなく視線を移しただけだったけど、だんだんその姿に見覚えがあることに気がつく。
ウェーブがかった髪。
細めの体形。
そして、ほんわかした優しい笑顔。
「……………!」
同時にその表情を見た途端、とても懐かしい気持ちになった。
ーーーー12年前。
「やばいやばい!好きな人できた!」
大きな声を発しながら私は友達のところへ駆け寄った。
小柄なくせに胸は大きくて、走りづらいのが地味に辛い。
ラウンジでくつろいでいた友達は一斉に到着した私の方を見た。
正直、みんな半ば「またか」と心の中で思っていたに違いない。
というのも、私は惚れっぽいのだ。自他ともに認めるほどに。
ちょっと優しくされたら、「好きになった!」と嬉しさから報告してしまう。
「はいはい。で、今度はどんな人ですかー?」
ちょっぴりあきれ顔で、一番仲良しのえりかがそう聞いてきた。
「あずさの好みの顔で言うと、大島くんあたりか?」
「でもあいつとはもう破局してたんじゃなかったっけ?」
「じゃあ飯塚くんじゃない?」
「ないない!だって性格がありえないじゃん笑」
「うーん、だったらだれよー?」
各々ひそひそと名前は出しては当てっこをしていた。
仕方ないなーとばかりに私はヒントを出す。
「多分えりかは知ってるんじゃない?だって私たちと同じ学科の人だし!」
「同じ学科の人?私とあずさみたいに、同じ学科で男で院生になった人なんていたっけ?」
えりかの頭の上には?マークがいっぱいだ。
「もったいぶらないで教えてよー」
そして、おちょくるようにタピオカジュースが入ったボトルでちょいとつつかれる。
そこで私はうふふと笑うと、
「えーっとね、海堂くん!」
そう伝えた。
「………………誰?」
その場にいた全員が顔を見合わせた。
――――――――――――――――――――……
「へぇー、あれが海堂君…」
「何読んでるんだろ?やばい、こっちきづいたらどうしよう!」
「本読んでるんだから気が付かないでしょ…」
まだ暇を持て余しているえりかを連れて、図書館で本を読んでる海堂君を見に行った。
えりかに、「どう!?ピンときた!?」と聞くも。
「うぅーーん…」
正直な感想。全く印象にない。
学科の人がまず多いし、男子もそれなりにいるし、派手か地味かに分かれるし。
海堂君も明らかに地味系男子に分類される人だから、ごめん、今初めて存在を知った。
そう言われてしまった。
「というか、あずさが今まで付き合ってきた人と全く系統が違うじゃん。
一体何があったの」
彼の顔を目を細めながら観察してそう聞かれる。
私は、よくぞ聞いてくれたとばかりに瞳を輝かせる。
「実はね、私廊下を走ってたら、パスケースを落としちゃったみたいで」
「廊下を走ってたって、小学生か…」
「バイトに遅刻しそうだったの!
だけどね、それをなんと海堂君が拾ってくれたんだ!」
「……まさかそれだけ?」
「それだけなんて言わないでよ!
で、お礼言ったらすっごいかわいい笑顔向けてくれたんだよ!
なんかほわーっとした!やばくない!?」
「何がやばいのか全くわかんないわよ…」
私との温度感がすごすぎて、えりかは完全にあきれ顔だ。
「まぁ、要約するとつまり、あずさはその笑顔に惚れたってことね。
まあ、確かに言われたら顔はそんなに悪くないし、男らしさは全く見えないけど優しそうなオーラは出てるかな…」
その時、海堂君が立ち上がった。
本を戻して2階の廊下へ続く階段を上り始めてしまう。
どんどん姿が遠ざかっていく。
「あ!海堂君行っちゃう!えりかどうしよう!」
もっと眺めていたかったのに、思ったよりも早く立ち上がってしまい慌ててえりかの顔を見る。
「どうしようって…じゃあ話しかけに行けばいいじゃないの」
当たり前のような、適当なアドバイスをするえりかに対して、私はその手があったかと表情が明るくなり、
「そうだよね!じゃあ行ってくる!!」
そう言ってぎゅーっとえりかに抱き着くと、私はダッシュで海堂君のところに行った。
「ま、まじで行きやがった、あの子…」
一人残されたえりかはそうぽつりと呟いたという。
「海堂くーーーーん!!」
廊下を歩く海堂くんの背中にそう叫ぶ。
彼はえっ?て顔をしてこっちを向いてくれた。
目が合う。
きょとんとした顔をしながら、
「あ、前にパスケースを落とした…」
そう言ってくれる。
(そんなちょっぴり困ってる顔も、かわいいー♡)
世間話しようとか、これ聞いてみようとか色々シミュレーションしてたのに、全部吹き飛んだ。
そして私はすべてをすっ飛ばして、
「好きです!付き合ってください!」
そう、どストレートに告白した。
「………………え?」
海堂くん、目が点になってた。
でも、ここで引いたら負けだ!とばかりに、断られる前に押して押して押しまくる。
そしたら、
「わ、わかったから!俺で良ければお願いします…(恥ずかしいからこれ以上好き好き叫ばないでぇ…!)」
顔を真っ赤にしてOKしてくれた!
「え?いいの?本当に?…うふっやったぁ!」
思わず叫ぶ。
…ということは、彼女だよね?
今この瞬間から私、海堂くんの彼女になったんだよね!?
今まで何人もの男と付き合ってきたのに、このときは本当に嬉しかったのを覚えてる。
その後、えりかから、
「追いかけてから30分しか経ってないのに、『告白したらOKくれた!』ってLINEが来たことに驚いたわ。あんた本当どうなってんのよ…」
と終始呆れ顔でそう言われた。
私はえへへーと終始にやけ顔で返事していた。
それからの日々は本当に楽しかった。
まるでモノクロの世界に絵の具を塗ったみたいに。
大学を卒業しても週に1‐2回は会って、遊んで、大好きっていっぱい伝えて。
そのたびに修司は顔を真っ赤にしてた。
そんなのも全部新鮮だった。
今までの彼氏は命令してきたり、すぐ喧嘩になったり、他の女と遊んだり。
その度に傷ついて、怒って、泣いて、疲れて。
でも修司はそういうのが全然なかった。
穏やかで、優しくて、私のことをちゃんと考えてくれる人だった。
幸せだった。本当に、この人とずっと一緒にいたいなぁって思ってた。
……でも、そんな気持ちも1年経つ頃には物足りなくなっていった。
不安な気持ちがどんどん膨らんでいった。
―――――――――――――――――――――……
ある日のこと。
土砂降りの夜のことだった。
「あずさちゃん、今日はいろいろ話聞くよ」
会社の先輩が夜ごはんに誘ってくれた。
おしゃれなバーで横に並んで座る。
私が彼氏の事で悩んでると先輩に漏らしたからだ。
その先輩はかっこよくて、女子社員の人気を独占している人だった。
もちろん彼女だっている。
だけど、こうやって後輩の面倒もしっかり見てくれるから余計に憧れる人も多かった。
こんな人を見ているとどうしても修司と比べてしまう。
「あずさちゃんの彼氏さんのことだっけ?」
「……そうなんですよー。実は私の彼氏、すっごい奥手で…」
お酒の力もあってどんどん不満が出てくる。
1年も付き合ってるのに、向うから手をつないでくれないこと。
当然キスもできない。こっちが言わないと好きだとも言ってくれない。
それに…
「前修司の家に夜遊びに行ったんです。
私、さすがに何かしてくれると思って、ちょっと露出度の高い服着て行ったんですよ。かわいい下着もつけて。
でも、隣に座っても体くっつけても手を出すどころかいつも通りの会話しかしなくって…。
つい、「私ってそんな魅力ない!?」ってどなっちゃったんです…。
そうしたら困った顔で謝ってくるだけで…。
正直、なんで怒られたかもわかってないと思うんですよ…」
ぐすん。と涙が止まらない。
そんな私を先輩がよしよしと撫でてくれた。
「あずさちゃん、さみしいんだね」
「さみしいですよ…なんで付き合ってるんだろ…だんだんよくわかんなくなってきた…。もう忘れたい」
「…じゃあ、今夜だけでも忘れなよ」
腰に手をまわされる。距離が近くなる。
私も思考が停止してしまってたんだと思う。
お互い恋人がいるのもどうでもよくなるくらいに。
そのままお酒の勢いと夜の雰囲気で流されてしまったんだ。
……あの日、あの時、修司がその現場を目撃しているのも知らずに。
後日、修司から呼び出されて、浮気現場を見たって言われた。
私は自分の過ちに青ざめて何度も謝ったけど、修司はもう私から心が離れてしまっていた。
「俺じゃあずさの事を幸せにできない。
こんな頼りない人間でごめんなさい」
そう涙を浮かべながら、それしか言ってくれなかった。
人生で初めて、こんなに別れを後悔したことは無かった。
夜になると自分の馬鹿さが嫌になって毎日のように泣き続けた。
それから、私はすぐに会社を辞めた。
聞いた話、あの先輩は気に入った子はみんなそういう手口で落としていたらしい。
私もその1人として狙われたに過ぎなかった。
彼女の耳にも入って修羅場の上破局したとも聞いた。
でも、私にはもうどうでもいい話だった。
修司の事は、本当に好きだった。
今まで付き合った人とは何かが違った。
でも、好きだったから不安になってしまった。
不安だったから不満を言ってしまった。
もっと、ちゃんと言葉にしていたら、未来は違ったのかな…。
―――――――――――――――――――――――――――……
「…まま、ままー?」
娘の声ではっと我に返る。
不思議そうに私を眺めていた。
「………」
さっき見た場所にはもう2人の姿は無くて。
しばらくその場に立ち尽くしてしまう。
「まま、だいじょーぶ?ねつあるの?」
「ううん、大丈夫だよ。ありがとうねー」
ぺたぺたと私のおでこを触る娘の頬にそっと擦り寄せる。
あれから長い年月が経った。
私は結局他の男性と結婚した。
かっこよくはないし、ずっと年上だけど、心から私の事を大切にすると口に出して言ってくれる人。
友達はこの選択に驚いていたけど、私はこれでよかったんだと思っている。
それからしばらくして、娘も生まれ、毎日幸せに生きることができている。
だけど、時折思い出す懐かしい姿。
あの頃から何も変わらない大好きだった人の姿だった。
その隣にいる男性も見覚えがある人で。
2人は笑い合っていて、とても仲が良く見えた。
「…そっか」
「まま?」
ふっと笑みがこぼれる。
なんでだろう。ただ一緒に並んで歩いてただけなのに。
全てのピースがはまった気がした。
どうしてあの時彼の友人はあんなに必死で引き止めたのか。
どうして彼は私のもとに戻ってきてくれなかったのか。
不思議な感覚。
普通ならそんな考えに至らないと思うのに。
でも、それで貴方が幸せに生きていると知れて本当に良かった。
あの時、貴方を傷つけてしまったこと、本当に後悔していたから。
「だから」
私は子供をぎゅっと抱きしめて。
「どうかこれからもずっとお幸せに」
そう呟いた。
読んでいただきありがとうございます!
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが楽しみ!」
少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
ブックマークもお願いします!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




