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本当にそれでいいの?

夜10時頃、家に着く。

扉を開けると、海堂が玄関まで迎えに来てくれた。


「藤森おかえりー」


俺の顔を見て、にこーっと笑ってくれる。

そんな表情を見て俺も思わず微笑む。


海堂は、少し長い髪を後ろで束ねて、エプロンを身に着けていた。


「ただいま、わりぃ、遅くなった…ってお前そんなエプロン持ってたか?」

「あ、これ?俺も頑張ってご飯作ろうと思って買ってきたんだ!」


笑顔でエプロンを見せびらかしてくる。

チャコールグレーの、落ち着いた色合いで海堂によく似合っていた。


そんな恋人を見てほっとした。

正直、帰ってきて泣いてたらどうしようかと思っていた。

やっぱり家にいてもらって正解だったかも。



…と思ったのもつかの間、少しすると笑顔が消え、うつむいてしまった。


「?海堂、どうした…?」


落ち込んで見えるその姿に、思わず肩をそっと掴んでのぞき込む。


「…藤森」

「ん?」

「俺だって…俺だって藤森にいっぱい依存してたよ。

だから市ノ宮さんに怒られちゃったし…。本当に、ごめんなさい。

これからは、俺ももっと藤森を支えられるように頑張ります」


小さくそう謝って、しゅんと項垂れる。

そんな相手をそっと優しく抱きしめた。


「海堂、それは違う。お前は依存なんてしてない。

苦手だって言ってた一人暮らしもずっと頑張ってるし、自分の好きなことでちゃんと稼いでる。一人でいるときも楽しそうだし。

……俺なんかよりずっと立派だよ、お前は」


ぽんぽんと背中を叩く。


「でも、迷惑いっぱい…」


だけど、またあの時言われたことを思い出したのだろうか。

ぎゅっと体を縮こまらせる。


「だからかけてないって!」


そんな彼の言葉を俺は必至で遮る。


「というか、お前は逆に一人で頑張ろうとして倒れちゃうから!

…迷惑かけないように自分で全部やろうとしてたのは十分わかってるから。

むしろ俺が、その、もっと頼ってほしくて、やりきる前に勝手に手助けしてたっていうか…、俺のほうがお節介だったな。

……ごめん」

「藤森……」


俺も謝り返す。

きっと海堂1人でも生きていけるのに、こいつの中に俺の居場所が欲しくてついつい手を出してしまっていたところはあったから。

無意識にやって、今までずっと気がつかなかったから余計に申し訳なくなってしまった。


「ありがとう、藤森」

「……おぅ」


そっと寄り添ってきた恋人を更に強く抱きしめる。

優しい香りがした。



「…藤森、タバコくさい…」

「それは………すまん」



「…あ!そうだ、今ご飯盛り付けてる途中だった!」


その時、やっていたことを思い出したようで、はっとすると慌てて台所へ戻っていく。


「そういえば、めっちゃいいにおいするな」


一緒にスーツとネクタイを外しつ台所へ向かうと、おいしそうなカレーを皿によそってるところだった。

そしてそっとテーブルに置く。



「……すご」


思わずまじまじと見つめ、そう自然と感想が漏れていた。



海堂は、ご飯を作るととても遅い。

というのも変に芸術魂が出てきて、とにかく凝ってしまうのだ。

逆に言えば、プロさながらのすごい大作が出来上がる。


今回も例に漏れず、ニンジンからウィンナーからすべて丁寧に加工してあった。

さらにチーズで猫が描いてある。


…どんだけこいつ手先器用なんだよ。


「どこかで食べてくるかなとも思ったんだけど作っちゃった!

…おいしいかわからないけど食べてくれると嬉しいな」

「んなもん全部食うわ!」


照れながらそっと言ってくる彼の頭をわしゃわしゃと撫でる。

良かった。本当にまたこうして触れられて。


幸せだ。



「うわぁー。…にしてもこれ、食うのもったいねーなぁ」


スプーンを持ったはいいが、この作品を崩すのがもったいなくて躊躇してしまう。


「え?そう?」


一方で海堂はあっさり猫の絵をスプーンで首から切り落とした。


(おおう…………)




それから、お互いが会っていなかった時のことを話したり、他愛のないことを話題にしたり。

本当に久しぶりに朗らかな時間が流れる。

何もなかったかのように、二人で色んなことを話して笑い合った。



「………」


だけど、さっきあったことを思い出す。

ちゃんと、海堂には言っとかないとな…。



「………さっき、市ノ宮と話してきた」

「え?」


しばらく食べ進めたところで、ゆっくりと口を開く。

市ノ宮の名前が出てきて海堂は一瞬瞬きをしたが、すぐに食べるのをやめて俺をじっと見つめてきた。


スプーンを皿の上に置く。



「お前に謝るように言ったけど、なに言うかわからないから無理だって言われちゃってさ…」

「…そうなんだね」

「でも、もう俺、あいつと会わないから。

あいつももう日本に来ないって言ってたし、海堂がどこかで会うことも無いから安心してほしいっていうか…」


淡々とそう伝える。


これで全部終わった。

もう心配することは何もない。そう思った。


そんな俺の話をじっと聞いていた海堂。

しばらく何かを考えるかのように微動だにしなかった。



だが途中で、




「…本当にそれでいいの?」


そう聞いてきたのだ。


びっくりして海堂の目を見る。

なんでこいつがそんなこと言うんだ?



「それでいいのかって………でも、それが海堂のためだと思うし」


俺も困ったように言い返す。

そう、今日あいつと会ったのは他の誰でもない、こいつのためなんだ。

謝罪のない今、俺ができることはもう縁を切ること。


そのはずなのに。



海堂は相変わらず俺の目をじっと見つめている。

そして、ゆっくりこう言ってきた。


「藤森…俺には藤森がすごく悩んでるように見えるよ」

「!」


思わず瞬きの回数が多くなる。

全くもって斜め上を行く返事だった。

俺はてっきり嬉しいとばかりに喜んでくれると思っていたのに。


海堂は続ける。



「ずっと友達だったんだよね。

…市ノ宮さんね、カフェで藤森のこと話してた時、その表情見て本当に仲良かったんだなぁって思った。

ずっと大学生の時そばにいて、社会人になったって市ノ宮さんが日本に帰ってくるたびに飲みに行って話してたんでしょ。

そんなずっと仲良い友達でいられるのって、俺、すごく羨ましいな…」

「海堂…」


海堂は、なかなか友達ができなくて悩んでいたのを知っている。

今は1人の時間も楽しいって言えるからいいけど、やっぱり俺たちの関係はそう映るのか。



「本当は、これからも友達でいてほしいんじゃないの」

「えっ」


どんどん確信をつくことを言ってきて、言葉に詰まる。


いや、俺自身どうしたいかなんて正直よくわかってなかった。

でも、その言葉を聞いて動揺してしまった。


「っ…それは…。

い、いや、無理だ!もう今さら無理に決まってるだろ!」


返答に迷うも、すぐに市ノ宮の告白を思い出す。

強い口調でそう言い返した。


「なんで?俺のことを考えて?」

「それも勿論あるし…。

なにより、なによりもあいつは俺のこと好きだって言ったんだ!

ずっと付き合いたかったって!!

そんな奴と友達に戻れるかよ…!

お前だって望んでないだろ!」


そうだ、俺に好意持ってた奴と今更友達になんて戻れるわけない。

ましてやプライドの高いあいつのことだ。

…絶交とまで言った。


無理だ。どう考えたって。友達でいてほしいなんて。

海堂のためにだってならないし…。


たとえ、10数年来の、一番仲良かった友達だったとしても…。



色んな考えや感情が全身をめぐって複雑な気持ちになった。



すると俺の言葉を聞いた海堂は


「えっ?」


と驚いて短く声を発した。



「…………市ノ宮さん、藤森のこと好きだったの…?」

「まぁ……そうだったみたい」


首の後ろをさすりながら、控えめにそう言う。

そして、簡単に市ノ宮がどういう気持ちで俺と会っていたかを簡単に伝えた。


それを聞いた海堂は、


「そっか、だから……」


小さくそう呟いた。



少しの間、沈黙が訪れた。

他に何を言えばいいかわからず、何気なしに話題を変えようとする。


「ところでさ、前行きたいって言ってた美術館…」

「それで、藤森はなんて返したの?」

「え?」


だけど、それで終わるかと思いきや、また質問。


「なんてって?」

「市ノ宮さんの告白に対して、なんて返したの?

ちゃんと返事したんだよね?」

「いや、えっと、それについては何も…」


海堂がこんなに聞いてくるなんて、珍しいと思いつつ素直に答えた。


だけど、さらに俺の顔を見つめられて。


「な、何も?」


そう驚いたように聞き返される。


…思わず冷や汗が垂れた。


「な、なんだよ…」

「本当に何も返事しなかったの?」


あまりにもまっすぐに見てくる恋人の瞳。

こんな状況じゃなければ嬉しいはずなんだけど…。



「え…、だ、だって!今日話してきたのはお前に謝らせるためで!

そんな突然好きでしたなんて言われても困るから!」


視線に耐えられなくて、ついに目線を外してしまった。

その言葉を聞いて、海堂の顔が曇っていく。


そして。




「………藤森は鬼なの?」


そう低く唸った。



「か、海堂…?」


普段絶対に見ることのない海堂のじとーっとした目に思わず顔が引きつる。

それに、鬼って…!俺に向かって言ったのか…!?


「藤森。俺、今の話聞いてなんで市ノ宮さんが俺のことあんなに目の敵にするのかようやくわかったよ。

…市ノ宮さんもずっと好きだったんだね。

それなら、俺の事見たらあんな態度取っちゃうのも仕方ないと思う…」

「そんなこと……」

「………市ノ宮さん、ずっと辛かったんじゃないの?

長い間、藤森のこと好きで。友達としてでもそばにいたくて。

10年も俺のこと恨んじゃうくらい…本当に好きで」

「そ、それは…そうかもしれねぇけど……」

「藤森は全く気がつかなかったの?」

「うん…」


市ノ宮に鈍感って言われたことを思い出す。


「でも、それはあいつが勝手に好意を抱いてただけで…それを理由に海堂に攻撃していいってわけじゃ…」


困ってしまい、ぽつりと目を逸らしたままそう呟く。



…だけど、それを聞いて海堂の中で何かが溢れたらしい。



「勝手に!?」



突然、ばんっ!!とテーブルを両手で叩いて立ち上がる。

食器が振動で少し震えた。


俺も一瞬震えた。



「勝手に好きになられたから返事しなくていいと思ったってこと!?

せっかくちゃんと気持ちを打ち明けてくれたのに、それに対しての返事がないってどういうこと!?」

「え?え??」


感情的になった恋人を見て目を丸くさせる。


「ちょ、ちょっと落ち着けって…」


なだめようとするが、全く収まる気配はない。


「俺のために話をしてきてくれた?それは嬉しいよ、本当にありがとう!!

でも、市ノ宮さんのこともちゃんと考えてあげてよ!!

勝手に好意持たれてたから返事しませんでしたって、藤森のほうが勝手じゃない!?

誰かに実らない恋心を抱き続けるのが辛いのは藤森だって知ってるでしょ!?

最初俺に対してそうだったんだよね!?」

「…はい」


それを言われて心臓にぐさっと刺さる。

当時を思い出して、小さく返事をすることしかできなくて。


さらに言葉が続く。


「じゃあなんでそんなひどいことしたんだよ!!」

「……す、すみません…」

「俺じゃなくて市ノ宮さんに謝れ!!

藤森の馬鹿!あほ!意気地なし!ちゃんと返事しろー--------!!」



俺の脳内に叫び声が木霊するような感覚に襲われ、そして、部屋は静かになった。


俺は呆然としてしまい全く動けず。

海堂は腹の底から叫んだのか、そこまで言い終えてぜぇぜぇと息を整えている。


そして、電池が切れたように、すとんと椅子に座った。




「………ごめんね、言いすぎた…」

「ううん、大丈夫」


燃え尽きて落ち着いた海堂は、そう申し訳なさそうに謝る。

そして、今度は悲しそうな声になってまた話を続けた。


「…市ノ宮さんが藤森に持ってた感情は、藤森が希望したものと違ったかもしれないけど、びっくりしたかもしれないけど。

まずはちゃんと答えてあげてさ、ちゃんともっときちんと話し合ったら、絶交まで行かなくてもいいんじゃないかな…っ。

今まで、10年以上の付き合いだったのに、もう一切関わらないなんて…

そんなの悲しいよ…」

「…うん」


相手の頬を涙が伝う。下を向いて、静かに肩を震わせている。

海堂は泣いていた。


俺はそんな彼をただ見つめることしかできず。


「それに……俺もちゃんと謝るから。

俺も気がつかないうちに市ノ宮さんのこといっぱい傷つけちゃってたの…申し訳ないから…っ」


そこで、一旦言葉が詰まる。

声をかけようかとも思ったけど、すぐに顔を上げて。


「だから一緒に謝りに行こうよ…!

許してくれなくても、それでやっぱり和解できなくても!

じゃないと、藤森も市ノ宮さんも絶対後悔するよ…!!」



そこまで言いあげると、両手で顔を抑えて本格的に嗚咽を漏らし始めた。



「……」


海堂の気持ちを聞いて、驚きと自分があいつにした仕打ちに申し訳ないという気持ちがこみあげてくる。


(そうだよな…海堂はもちろん大事だけど、あいつの気持ち踏みにじってたんだな、俺…)


話は以上か、そう言った時の市ノ宮の顔を思い出す。

すごく悲しそうな、ショックを隠せない顔をしていた。

それはわかっていた。


わかっていたけど…自分の意見を伝えることだけしか考えてなかったんだ。




静かに席を立つ。

そして、海堂の側によると強く抱きしめた。



「…ったく、なんでお前が泣くんだよ。

いい人にもほどがあるだろ」



こいつのために覚悟したことなのに。

こいつが一番傷ついたはずなのに。




だから俺は。





優しいこの人(海堂)が好きなんだ。


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