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許さねぇ

次の日、出勤する準備をする俺に、海堂が挨拶してくる。


「お…おはよう」

「おぅ、おはよう」


相変わらず目は赤く腫らしていたが、顔は微笑んでいた。

そんな恋人をぎゅっと抱きしめる。



夢じゃない。

目の前にちゃんと海堂がいる。

俺に笑ってくれている。

もう逃げたりしない。


その事実が本当に嬉しかった。


「藤森は今日仕事なの?」


スーツを着て、ネクタイを中途半端に締めてる俺を見て、そう尋ねてくる。


「ん?あぁ。ちょっとだけ仕事片付けようと思って。

海堂は今日は休み?」

「うん。だからゆっくりするつもり」

「そっか、そうだな、いっぱい休めよ」


頭をポンポンと撫でる。

照れたのか、少し恥ずかしそうにしてる。

でも、ネクタイを上まできゅっと締めてくれながら、


「藤森もいってらっしゃい」


いつもの優しい笑顔を向けてくれた。



なんか、新婚さんみたいな会話だな。

そう思いながら、海堂を抱き寄せて口づけする。



「わ…朝からこんな…」


案の定、頬を赤らめてうろたえる姿を見せてくれて俺もにこにこする。

ほんと、こんなことでも恥ずかしがる海堂を見て、幸せな気持ちになる。


だけど、それから少し黙ってしまう。


「……」



そして、しばらくしてまた話しかけた。


「…海堂、今日ちょっと遅くなる。

それでよければなんだけど、お前今日俺ん家にいないか?」

「え?」

「お前を家帰すのはちょっと心配だし、俺が帰ってきたときに海堂がいてくれると嬉しいっていうか…」


やっぱり昨日の今日だ。

1人自分の家で嫌なこと思い出させたら申し訳ないし、純粋に俺がもっとこいつと一緒にいたかった。


「ん…藤森がいていいっていうなら…。

今日飲み会とかなの?」


そっと抱き返してくれながら、そう聞いてくる。

そこで、俺は真顔になる。海堂には見えてないと思うけど。


「いや、ちょっとな…」





――――――――――――――――――――――――――――……




夜。


仕事に切りをつけて居酒屋の個室で俺は座っていた。


タバコは何本目だろうか。

人を待っているだけなのに、こんなに吸いたくなるなんて思わなかった。


…すごく落ち着かねぇ。



その時、ガラリと音がして扉が開く。



「……………」


ブランド物のスーツを着た市ノ宮がそこに立っていた。

相変わらず、いや、いつも以上に冷めた表情をしている。


「………市ノ宮」


まさか来てくれるとは思わなかった。

きっと本人だって何の用事か、なんとなくでもわかってるだろうに。



…それにしても、海堂も変わらないが市ノ宮も変わらない。

大人の雰囲気は出ているが、ずっと同じだ。

昔のまま、本当に時間が止まっているかのよう。


…ただ、昔はもっと笑顔を見た気がするのに、時がたつにつれどんどん笑わなくなった。

そう前から思ってた。



「何、突然呼び出して。俺も忙しいんだけど」


向かいの席に座る。

淡々とそう口にしてたばこを取り出した。


その態度に、少しむっとする。


「…海堂から全部聞いた。お前なんであんなひどいこと言った?」


近況を聞くこともなく、ストレートに聞く。

でも、相手は顔色一つ変えずに、


「ああ、海堂さん話したんだ。

ひどいことって、別に俺は事実しか話してないけど」


そうとだけ言った。



「お前、何がしたいんだよ…海堂をあんなに傷つけて。

あいつ、本当に辛い思いしてたんだぞ………!」


感情を必死で押さえつつそう話す。

でも、


「……その様子だと、別れなかったんだね」

「市ノ宮、質問に答えろ!!」


本質から外れた回答しかしない市ノ宮にしびれを切らして思わず怒鳴ってしまった。


市ノ宮も煙を吐き出す。いつもの銘柄だ。

甘い香りが部屋に充満する。



…でも、今の市ノ宮は複雑そうな気持ちを顔に出していた。

腕を組んで俺の方を見ようとしない。


「おい!市ノ………?」


もう一度名前を呼ぼうとする。

だけど同時に相手も立ち上がった。

そしてこっちに近づいて来て、


(何だ?)



そう思った瞬間、俺を押し倒してきた。


「!?」


頭が床に当たって、痛みが走る。


一瞬、何が起きたかわからなかった。


でも、考えてる暇はなく。

今度は俺の顔を両手で押さえて唇を近づけてきた。


「ちょっ!」


慌てて俺も反射的に腕でガードする。


「…」


防がれた目の前の人ははぁ…と小さくため息を吐いて目を逸らした。




(なに、何やってんだこいつ!?)


あまりにも突拍子のない行動に俺もわけもわからずに少し固まってしまう。


「い、市ノ宮、なんの冗談だ… 」


ようやくそう言った俺の声は少し震えてしまった。

動悸が収まらない。目を大きく開いて相手を凝視する。


相手もしばらく無言でいた。

が。



「……藤森ってさ、昔から本当に鈍感だよね」

「はあ?」


口を開いたかと思うと突然そんなこと言われる。


俺が、鈍感?


なんでそんなことを言われないといけないのか。

俺の頭には?しか浮かばず。



「…やっぱり自覚ないんだ。海堂さんともにおめでたい人」

「だから、何が!……っ」


海堂の名前まで出されて、本気で相手を睨みつける。

でも、それ以上言葉が出なくなってしまった。



なぜなら。









「藤森のそういうところ、昔から大っ嫌い」


口元は歪んだ半月を描いているのに。



…涙が流れていた。

今まで見たことがない市ノ宮が泣く姿。


「い、市ノ宮……?」


更にわけがわからなくなって、大混乱を起こす。

なんで、なんで泣いてるんだよ。

泣きたいのはお前じゃなくて…お前じゃ…………。



「…………なんでだろうね。

海堂さんより俺の方がずっと上だと思ってたのに。

あんな人に負けるなんて、夢にも思わなかった」


俺からゆっくりと離れて、元の場所に座る。

でも、俺の方は見ることなく、片手で髪をくしゃりと握る。


「…は?何の話だ」

「ずっと苦痛だったよ。海堂さんの話を聞くの」

「え?」

「さっさと別れればいいのにってずっと思ってた」

「………!?」


衝撃的なことを言われて、一瞬息が止まった。

なんで、こいつがそんなことを言うんだ?

だって、だって………。


「お前、大学生の頃から好きな人できたらいいねって言ってくれてたじゃねぇか。

それに、海堂の話したって否定もせずに毎回聞いてくれて……」

「……………」


そうだ、自分の悩みを言ったとき、こいつは「いつかできるんじゃない?」って言っていた。

だから海堂と付き合った時、こいつは喜んでくれると思ったんだ。


でも彼は、


「……ほらね、やっぱり藤森は鈍感でしょ」

「………え?」


寂しそうに笑う。

まだ瞳からは涙があふれていて。

ぽたりと零れ落ち、スーツへ染み込んだ。


吸っていたたばこを灰皿へそっと押し付ける。



そして、また静かな時間が訪れた。

他の部屋の楽しそうな騒ぎ声が遠くから聞こえてくる。


俺もかける言葉を探している。

そして、また1‐2分経った頃、ぽつりと声が聞こえた。










「…俺さ、藤森とだったら付き合ってもいいと思ってたよ」

「………へ?」


だけど、あまりにも予想してなかった言葉。

突然すぎる告白に一瞬動けなくなってしまって。


そして、すごく動揺してしまった。


「な、え、はぁ?

お前が、俺と付き合いたかったって…!?」



…お、俺の聞き間違いか………?

そう思ったけど、市ノ宮は否定しない。

うつむき続けているのを見る限り、間違いなくそう言ったのだと確信した。


…確信してしまった。



そんな俺の動揺なんてどうでもいいというように、市ノ宮は話し続ける。



「藤森さ、なんで俺と契約交わした時、あんたを選んだと思う?」

「…なんでって…その場にいたのと、扱いやすそうだったから。じゃねぇのか」


自分で言っといてなんだが、正直あの頃はまだまだ純粋で、性的なことも全く経験がなかった。

そんな中でこいつを助けちゃった上に、心配もしちゃったから扱いやすそうな俺は選ばれてしまった。


そういう認識でいたけど…。


「そうだね、それは正解。だけどね、もう一つ理由があるんだよね」

「え?」

「簡単な話。あんたに俺と同じ匂いを感じたから。

…仲良くなれそうって単純に思ったんだ」

「……………は?」


まったく理解ができない。

俺に同じ匂いを感じた?

何のことだ。



「藤森、俺もさ」


またたばこを一本取り出す。

そして、火とつけて口にくわえた。


「俺も、トラウマというか、普通の人生歩めなかった一人なんだよね」

「何言って…」


それ以上、何を言えばいいのかわからなくなった。

俺は何も聞いたことが無い。

そんな、市ノ宮の過去なんて。


だって、こいつは、ただのエリートで。

まぁ、ちょっと男遊びが過ぎてはいたけど…それでも、それ以外は普通の……。



「この際だから話してあげる。

………誰にも言ったことのない、俺の黒歴史」


そこまで言うとようやく俺の顔を見て。



ふふっと笑った。




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