依存という名の日常
「あ゛------くっそねみぃ…。
なにが寝るな、だよ。あいつどんだけお盛んだよ…」
大学の廊下を歩きながら1人大あくびをする。
何げなく窓の外を見る。
空は雲一つない快晴で、何も悩みなんて抱えて無さそうだ。
「…俺がちょっと甘すぎるのかなぁ…」
首の後ろをさすって、次はため息を吐いた。
…昨日の夜も市ノ宮を抱いてしまった。
しかもちゃんと寝れたのは朝4時。
終わった後、眠くて仕方ないのに瞼が降りようとすると、
「まだ駄目。藤森が誘ってきたんだからもう少し相手して」
そう言って、キスしてくる。
眠いと言っても布団被ってもお構いなし。
「…あーはいはい、もう好きにしろよ…」
だんだんめんどくさくなって好きにさせてあげる。
…っていうのがここ最近のパターン。
ついでに言うと、市ノ宮は朝起きたらもういなかった。
家帰ってシャワーでも浴びて寝なおしてるんだろうけど。
「あいつ、あのマイペースさで今までよく生きてこれたよな」
皮肉を込めて、ぼそっと呟いた。
…まぁ、今に始まった話じゃねーけど。
初めて一緒に寝てからあっという間に2年が経った。
市ノ宮との誰にも言えない関係は相変わらずで。
初めの方こそ、顔真っ赤にしながらやってたけど、正直こんなに体重ねてるともう恥ずかしさなんてどこにもない。
最近じゃ、お互い欲を満たすためだけに寝ることもしょっちゅう。
少なくても週一。多いときは3日連続とか。
それだけ、俺と市ノ宮はずっと一緒にいる仲になっていた。
…といっても大学にいるときは、いたって普通の友達。
一緒に授業受けたり、学食でお昼食べたり、帰りに他の友達と一緒にどこか遊びに行ったり。
周りだってまさか俺たちに体の関係があるなんてこれっぽっちも思ってないだろう。
ただの仲いい友達同士。
そういう風にきっと見えている。
あと、年を重ねるごとにあいつが俺の家にいる時間が多くなった。
当たり前のように帰り道、俺のアパートの階段を一緒に上る。
「…なんでそんなに俺の家に来たがるの?」
ちょっと困った顔をしながら聞いてみても、
「別に?一人でいてもつまらないし」
淡々とそれだけ言って終わってしまう。
「……さいですか」
そして、好き勝手にお互い過ごして、夜ご飯は一緒に食べて、横に並んでテレビ見てたら体が触れ合って、なんとなくそのまま流れで…という感じ。
これだけ言うと、半同棲してるみたいだと自分でも思う。
…でも、世間一般でいう甘い関係じゃ全然ない。
だって、俺と市ノ宮はいわゆるセフレだ。
決してカップルではない。間違っても絶対ない。
一番の理由としては、市ノ宮は全くと言っていいくらい恋愛に興味がない奴だから。
1年の頃に聞いたことがある。
好きな人いないのか、とか。
どんな子が好きなのか、とか。
でも決まって、
「俺、恋とか愛とかくだらない感情だと思っているから」
ぶっきらぼうに返されて終了。
それにそもそも、初めて市ノ宮と寝たあの日に、俺と恋愛する気はないとはっきり宣言されている。
だから、俺も市ノ宮のことは全くそういう目で見ていない。
……まぁ、男と付き合うっていう発想がまだ俺の中で確立されてないっていうのもあるけど…。
(でも、なんでそんなに興味ないんだろ。つまんねー奴…)
あまりよくないかもだけど、つい心の中で呟いてしまう。
その時、廊下でカップルらしき男女とすれ違う。
次の週末どこいく?とかそんな会話が聞こえた。
「……」
周りのカップルを見てるととても普通で。
友達といるときとは別の、楽しそうな顔をしていて。
(俺と市ノ宮の関係ってどう考えてもフツーじゃねぇよな…)
そんな様子を見て、無意識にそう思った。
俺の周りも2年経てば友人も恋人ができてるやつが多くなっていた。
惚気話を聞くことも多くなった。
俺はにこにこと聞いてあげるんだけど、最終的には、
「なんで藤森は誰とも付き合わないの?」
「なんであんないい子に告白されたのに振ったの?」
なんて言われてしまう。
「…え?い、いやーなんとなく?勉強に集中したいなって思って!」
言われる度に笑ってやり過ごすけど、結局今でも誰も好きになれず、付き合えないことに不安を覚え、自分を否定してしまい。
そのたびに市ノ宮は気が付いて、誘われて、慰めてもらって…。
…依存してるのは自分でも十分わかってる。
あいつに弱い部分を打ち明けた当時は自分の心を保つので必死だったけど、今ならわかる。
結局俺は自立してない。
市ノ宮がいないと生きていけない状態になってしまっていることに最近ようやく気が付いた。
…でもやめられない。
体の関係をやめたら、またトラウマにうまく対処できなくなりそうで。
1人になったとき、また息ができなくなりそうで。
今でこそ少なくなったけど、あの時の光景を夢で見て、飛び起きてしまうことも未だにある。
女友達から好意を感じて、顔色が悪くなってしまうことだってある。
そのたびに市ノ宮は「大丈夫」と言って俺を抱きしめてくれて。
俺もそれにどっぷり甘えて。
「…あいつは俺の気持ちや考えてることを見抜く力が強すぎるんだ」
ぽつりと呟く。
なんでもわかってしまう。
俺が悩んでいること、辛いこと、苦しいこと。全部、本当に全部。
だから、俺も余計に寄り掛かってしまっていた。
全部あいつに吐き出せば自分を保てる感じがしていた。
(さすがに…まずいよな…このままじゃ)
そう思う時間がどんどん増えていく。
ただのセフレじゃなくて、ちゃんと自分から好きって言える人がほしい。
俺が本気で好きになれる人。
俺のことを好きって言ってくれる人。
………でも出来ない。
心がブレーキをかけてしまって、一歩が未だに踏み出せない。
頭では進まなきゃってわかっているのに、心が追いつかない。
(俺だって。俺だって好きな子がいればあいつに依存しなくても済むのに…)
家に着く。
市ノ宮はもう上がり込んでいた。
手には本を持っている。
「おかえり、藤森」
「お前、ほんといつも我が物顔でくつろいでるな…」
「何をいまさら」
呆れ顔の俺を見てふふっと穏やかに笑うと、また本に視線を落とす。
市ノ宮があまりにも家に来るものだから合鍵を渡したけど、それによってさらに入り浸るようになってしまった。
「……」
俺はリュックを置いた後、彼の近くに座る。
「…なぁ、市ノ宮」
「なに?」
こいつは俺のことを見ることもなく、読みながら返事をする。
「………」
「だからなに?」
「………いや、なんでもない」
市ノ宮は俺とこんな関係をいつまで続けたいと思っているのか。
そう聞こうと思って口を開くも、すぐにつぐんでしまう。
…だめだ、やっぱり言う勇気が出ない。
「………」
そんな不安そうな表情を浮かべてうつむく俺に、相手は顔を上げて少し首を傾げる。
でも、すぐに口角を上げて。
「藤森、そんな顔しない。俺がいるでしょ?」
そう言って俺にキスしてくる。
「うん……」
そして、俺も抱きしめる。
「藤森、今日もしよ?」
ふいに、市ノ宮は耳元でそう囁いてきた。
心臓がとくんと跳ねる。
「…うん」
シャワーも浴びずにすぐに彼の服を脱がせる。
そしてキスをしながらベッドに押し倒して。
(……あぁ、落ち着く)
もう体と脳が覚えてしまっている。
こいつに甘えておけば、嫌なことを全部忘れられるって。
ごちゃごちゃ考えていることもどこかに行ってしまうって。
どんどん泥沼にはまっていく。そんな心地だ…。
「藤森」
「なんだよ…」
「上手になったね」
「う、うっせーよ、ばーか…」
俺の頬を撫でてくるその顔は、どことなく愛おしそうに俺のことを見つめている気がした。
(…いや、きっと気のせいだ。そんなわけない。こいつは恋愛なんて興味ないんだから)
ふるふると軽く頭を振って、もう一度唇を重ねると、市ノ宮がぎゅうっと抱きしめてくれた。
だから俺だって心置きなくこういうことができるんだ。
何も考えず、溺れることができる。
そう、俺は。
やっぱり、今晩も依存していく。
この海の底から浮き上がれずにいる。
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