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歪んだ愛情

「俺の家庭さ、いわゆるシングルマザーだったんだ」



親父は俺が幼稚園児の頃に、不倫した挙句にその相手と暮らすために出てったみたいでさ。

ぶっちゃけ顔、全然覚えてないけど。


…母さんがしょっちゅう泣いてたのはよく覚えてる。

だから、俺は母さんのこと泣かせないって、幼いながらに思ったっけ。


暮らしは大変だったけど、楽しかったよ。

母さん、すごく頑張り屋でさ。

最初のうちは弱音吐かないで仕事頑張ってた。

昼はOLで、夜は…多分水商売やってたんだと思う。

いつも華やかに着飾って夜仕事に行ってたから。


俺も助けになればって、小学生の時から掃除したり、料理作ったり。


「あっくんすごーい!ママの自慢の息子ね!」


俺の名前、昭夫だから、いつもあっくんって呼んで褒めてくれて。

だから、いっぱい頑張ってたな。


高校生になってからはバイトもして生活費の足しにしたり。


それでもやっぱり家計は苦しくて。

だんだん母さんも疲れていったのは目に見えてわかった。


もともとたばこも吸うし、お酒も飲む人だったけど、その量もどんどん増えていくし。

俺がバイトから帰ると、ビールの空缶を何本も床に転がして寝てることもしょっちゅうだったっけ。


「母さん、駄目だよこんな飲んだら。体壊すよ」


俺も最初は量を減らすように言ってたんだけど、酔っぱらうと手が付けられなくなっていて。


「何よ!あっくん私の楽しみ奪うの!?あの人だってそうだった!

何かに付けて私の事否定してきて!」

「ひ、否定してるんじゃないって…。俺はただ…」

「うるさい!あっち行ってなさい!!」


そう叫ばれて口を聞いてくれなくなる。

そんな時もよくあった。



そんなある日、たばこやお酒に付き合ってって頼まれたんだ。


「ほら、これならあんたでも吸いやすいんじゃない?

お母さん、昔はこの銘柄好きだったのよ」

「でも、俺まだ16だし…」


タバコを差し出されて、慌てる。

それに、数日前にタバコの害について学校で授業を受けたばかりだった。


「…ねぇ、あっくんは私の味方でしょ?私の息子でしょ?

私の唯一の家族だもんね?いい子だから言うこと聞いてくれるよね?」

「母さん……」


…だけど、断るとしくしく泣いちゃってさ。

それにお父さんに似てきてる、なんて言われたら、断れなくなっちゃうじゃん。


だって、俺は親父みたいにならない。

母さんを傷つけない。

って幼い頃に誓ったんだから。



そこから、俺の飲酒、たばこは当たり前になっていった。



「…なるほどね、それでタバコやめられなくなっちゃったんだ」


そこまで聞いた市ノ宮が口を開いた。

特になにか感想を言うわけでもなく、非難するわけでもなく。


…逆にそれが有り難かった。


「うん、そう。

ほんと、この年にして中毒で、喫煙も飲酒も当たり前になっちゃったし。

…まぁ、母さんとの晩酌とか今じゃいい思い出になって良かったかなって前向きに考えるようにしてる」


はは…と弱々しく笑う。

でも、その口もすぐ閉じてしまう。


そして、静寂が訪れた。





「でも」

「?」

「それだけじゃこんな泣かないよね」


市ノ宮が、ふいにそう指摘してきた。

相変わらず俺を抱きしめたまま。


「…え?」

「他にもあるんじゃないの。話したいこと」

「そ、それは………」



俺は、額から汗が垂れるのを感じながら、口ごもる。


「そ、れ…は…………。……っ!」



次の瞬間、思わず手で口を抑えた。


(気持ち悪い…)



市ノ宮も俺の様子がおかしいことにすぐ気が付く。


「…ごめん、無理しなくていいよ。話したくなければここまでで…」


そう言ってくれた。

俺はゆっくり、深く呼吸をして、なんとか自分を落ち着かせる。



「いや…大丈夫…。

……お前の言う通り、それだけで終わらなかったんだ…」





それは母さんとタバコを吸い始めてから半年経った頃。


バイトが早く終わったから予定よりもすぐに家に帰れた日があったんだ。

今日は母さんも仕事はお休みだって言ってたし、一緒にご飯食べてあげたら喜んでくれるだろうって思ったから、帰り道は自転車飛ばして。


「ただいまー」


ドアを開けて靴を抜ぐ。



「……?」


そこで違和感に気がつく。

玄関にある知らない男性の靴があった。

母さんの返事もない。


「あれ、出かけてるのかな」


そう思うけど、母さんがいつも使う靴は置いてあった。


「……?」


とりあえず自分の部屋に荷物置くか。

そう決めて向かう。


すると、母親の寝室から何か声が聞こえた。



「……ぁ…ぁ…」


女性の声、というか、母さんの声?

でも、なんだ、知らない。

こんなの聞いたことない…こんな高い声。


それにベッドが軋む音。



「母さん、何、どうしたの…?」


思わず扉を開ける。

開けてしまった。




「……あ、あっくん!?」



…そこには、裸で絡む知らない男と、母さんの姿があった。



「か、かあさ…なに、やって………」


目の前の光景にショックで動けない。

眩暈を起こした。

視界がぐらついて思わず壁に寄り掛かる。


「ん?何?お子さん?」

「な、なんで…今日はバイトの日じゃなかったの…?」


青ざめる母親とは反対に、俺をちらっと見ると、男は母さんから離れてだるそうに服を着る。


そして、俺に近寄ると、


「感謝しろよ。あんたの母ちゃんのおかげでお前はお小遣いが貰えてるんだから」


にやっと悪そうな顔をすると、俺の手に3万円を押し付けて帰っていった。

その万札を俺はただ茫然と見つめる。



「ち、違うの、あ、あっくんこれはね…」


少しして、母さんが布団で体を隠しながらそう俺に弁解をする。



「違う…?何が違うんだよ…?」


俺は母さんが体を売っていたことが悲しくて仕方なかった。

今までの飲酒などのこともあって、もう冷静でいられず思わず叫ぶ。


「なんで、なんでこんなことしたんだよ!!

しかもたった3万!?

母さんの価値はそんなもんじゃないのに…!なんで…!!」



…今ならわかるよ。

それはもう母さんにとってお金を稼ぐ最終手段だったんだって。

でも、その時の俺はとにかく許せなかった。


「お願いだからもっと自分を大切にしてくれよ!!

俺の大事な人なんだから!!」


息を切らす。ぜーぜーと口で呼吸をした。


「………っ!ごめんね、ごめんねあっくん…」


母さんは辛そうに嗚咽を漏らした。

はらはらと涙が頬を伝って零れ落ちる。



「…………っ」


俺はそれ以上何も言えず、母さんのことも見れずにただその場に座り込んだ。




それからは、暗黙の了解というか、その件についてはもうお互い話題に出さなくなった。


最初はぎこちなかったけどやっぱり親子だったから、時間が経てば少しずつまた話ができるようになって。


母さんも反省したのか、今まで以上に俺といる時間を作ってくれた。

それに、身なりも前よりもきれいにしてくれて。


「あ、その服新しく買ったんだ!似合うじゃん!」

「ふふ!あっくんにそう言ってもらえると嬉しいわ」


女性らしいワンピースを着たり、おしゃれしたり。

笑顔も増えて楽しそうだった。


俺もそんな母さんを見て、安心しきってしまっていた。



(あぁ、これで平穏な毎日がやってくる)


そう信じてやまなかった。



でも。


もう既に母さんの愛情が歪んでしまっていることに、俺はまだ気が付けていなかった。


「あー…疲れたぁー」


ある日のバイト帰り、制服姿で帰ってきた俺は自分の部屋に行き、ベッドに寝っ転がった。

母さんはお風呂に入ってたから特に声をかけずに、スマホを取り出していじる。


だけど、夜9時ということもあって、だんだん瞼が重くなる。

そして、うとうとし始めた。




30分経った頃だろうか。

誰かが部屋に入ってくる気配がした。

それで目が覚める。



(ん…俺、寝ちゃってたのか…)


寝ぼけながらそう考える。

目を擦りながら体を起こそうとしたとき。


「…おわっ!」


突然、体に重さを感じた。

持ち上げた頭が枕に沈む。


(え…?)


一瞬何が起こったのかわからなかった。

でも、すぐに、


「あぁ、起きちゃった。…もっと寝ててもよかったけど、まぁいっか」


そう声がした。


「………」


ドクンと心臓が鳴る。


恐る恐る重さの正体を確認する。

電気はつけっぱなしだったからすぐにわかった。




…俺に跨って抱き着いている母さんの姿があった。

お風呂上がりで着ているバスローブが少しはだけて右の肩が出てしまっている。


「おはよう、あっくん」


垂れた髪を耳にかけながら、にっこりと微笑む。


その光景を見て、混乱した。

状況理解が追いつかない。



(え?何、なんで母さん俺に抱き着いてるの?

なんでこんなはだけた格好してそのままでいるの?)


疑問に思うことが次々と頭に浮かぶ。


勿論、母さんと抱き合うなんて小学校低学年で卒業してる。

こんなの、日常茶飯事じゃない。



「か……母さん!?何、何やってんだよ…!」

「ん…?何って、抱き着いてるだけでしょ。あっくん…」


落ち着こうとするが、早口になってしまう。

そんな俺に対して、母さんは特に離れる様子もなく、むしろさらに添い寝するようにすり寄ってきた。


「あっくん、体温高いね。すごく温かい…」


頬を撫でられる。

触れられたところに緊張が走る。

俺を見て、母さんはうっとりとした。



(と、とにかく、とにかく離れなきゃ……!)


はっとして、思わず引き離そうとする。


「きゃっ」


でも、肩を掴んで力を入れると、バスローブがさらにはだけてしまい、離してしまった。


「ご、ごめん…!」


目をそらしながら、つい謝ってしまう。



でも、そんなの気にせずに、ふふっと笑みをこぼす。


「ねぇ、あっくん」


そして、聞こえた甘ったるい声。

いつもの母さんじゃない声で俺の名前を呼ぶ。


「あっくんはお母さんのこと好き?」


そう、相変わらず微笑みながら聞いてきた。


「……え…」


俺は固まってしまって。

目の前の人が一瞬誰かわからなくなる。


だって、知らない。

こんな声、視線、仕草、表情。見たことない。

誰、この人は誰…?



「あっくん、本当に大きくなったよね。昔はあんなに小さな男の子だったのに。お母さんの後ろをくっついて歩くかわいい男の子だったのに」


俺の胸あたりを撫でる。

思わず息を飲む。


「ど、どうしたんだよ…ねぇ、母さ…」

「お父さんね、本当にかっこいい人だった。

お母さんあの人のこと大好きだった。

あっくんもお父さんに似て、背が高くなったし、体格もしっかりしてるし、かっこよくなってくれて本当に嬉しいわ」


俺の問いかけを無視して、うっとりと俺の頬を撫でる。


「あ、ありがとう、でも、そろそろ明日の準備しないと…」


ほら、小テストがあるから。そう付け足す。


…震えが止まらない。

体も、声も。いつものように話せない。




「でもね、一つだけ全然違うところがあるのよ?」

「え…?」

「お父さんは私と貴方を裏切った。あんなに一緒にいようって言ってくれたのに。あっくんの成長一緒に見守ろうって言ってくれたのに…!」



そう言って、歯をぎりっと食いしばった。


「母さん…」

「ねぇ、あっくんは私を裏切らないよね?」


ふいにそう聞かれる。

その目は悲しい目をしていて。


「そ、そりゃ、勿論だよ…。俺はいつでも母さんの味方だよ…」


他に返す言葉が思いつかなくて、素直にそう言う。

すると、母さんは本当に嬉しそうな顔をして、俺の頬に自身の頬をくっつけた。


「ちょっ」

「そうよね、やっぱりあっくんはいい子ね!!

……あのね、もう私の味方はあっくんだけなの。

あっくんがいたからここまで頑張ってこれた」

「…うん」


あぁ、やっぱり母さんなのかな。

今までの苦労を全部見てきたから、俺の存在が支えになれていたことは嬉しかった。

…今は、ちょっと甘えたい時なのかな。



でも、次の言葉を聞いて、その考えをすぐに取り消すことになる。



「覚えてる?あの日、あっくんに見られちゃった日。

私、絶対あっくんに嫌われたと思った。

だから、あっくんが私を大事な人って言ってくれたこと、叱ってくれたこと、本当に嬉しかった。

…私もあっくんのこと大好き。息子としても、一人の男性としても」

「!?」


一気に青ざめる。

なんで、なんでそうなるんだ…!?


いつから?

いつからそんな目で見られてた?


唖然としてしまい、何も言葉が出てこない。

息が、苦しい…。


そんな俺の表情なんて見えてないかのように、目の前の人は俺の髪を愛おしげに撫でる。


「うふふ、あっくんまだ女の子としたことないよね?

じゃあ、お母さんが教えてあげるね?……ねぇ」


制服のネクタイをほどいてくる。

ワイシャツのボタンを外してきた。


「!?か、母さん、ちょっと、駄目だよ…!」


母さんが何をしようとしてるのか、瞬時に理解する。

途端、慌ててベッドから這い出ようとした。

でも、乗っかられてることもあり、なかなか思うように動けない…。


「母さん、頼むから目、覚まして…!! 」


そう叫ぶ。

だけど、それを聞いた母さんは、きっ!と俺を睨みつけた。


「あっくんもあの男と同じで私を捨てるの!?私のこと嫌いになるの!?

しないよね?あなたは私の唯一の家族だもんね?私の大事なかわいい息子だもんね?…抱いてくれるよね?」

「駄目だよ!俺たち親子だよ!?母さん、もうやめてくれよ…!!」


必死に叫ぶが、もう母さんに届いてる気配はない。

ただ、独り言のように、


「あっくんは、私のかわいい息子。愛しい人…。

あの人とは違う…私の…私だけの……」



そうぶつぶつ呟くと、俺に唇を近づけてきた。











「藤森、大丈夫?顔色、ずいぶん悪いけど…」


市ノ宮の声ではっとする。

現実に戻ってきた感覚だ。


だけど、俺の額からは汗が異常に流れていた。

それを持っていたハンカチで拭いてくれる。


「だ、大丈夫………」

「本当?」


いつも淡々と話す市ノ宮もさすがに心配のようだ。

声色が少し違っていた。



「うん…あと、もうちょっとで終わるから…」

「…わかった」


深呼吸を何度かする。

俺が落ち着いたのを確認すると、市ノ宮はストレートに聞いてきた。


「…それで、寝たの?」

「……」


市ノ宮を見る。

相手も俺をまっすぐ見ていた。


しばらくして、俺はうつむいて。





「…できるわけ、ないじゃん…」


そうぽつりと呟いた。




俺、生まれて初めて母さんを拒絶した。

めいいっぱい突き放して、家から逃げ出した。


「あっくん!待って、お願い!1人にしないで…」


後ろからそう聞こえたけど、振り返ることなんてできなかった。

何も考えられなくなって、寮で暮らしている友達に数日泊まらせてもらってた。


何度も過呼吸になって苦しくて。

友達はすごく心配してくれたけど…。


…事が事なだけに、誰にも相談できなかった。




それから数日後、落ち着いた俺は家に帰った。


(母さん、きっと心配している。…でも…)


どんな顔して会えばいいかわからない。

なにを話せばいいかわからない。

前みたいな、普通の親子に戻る方法がわからない…。



途方に暮れながら、とぼとぼと家に向かって歩く。

そして、恐る恐る家の中に入った。



そしたら…。



母さん、死んでたんだ。

リビングでぐったりと倒れていて。



「…………あ、あぁ……」


あまりにもひどい光景に思わず叫んで、すぐに警察呼んで。



…死因は急性アルコール中毒。

部屋には数えきれないくらい空のビール瓶が転がっていたよ。


警察には、何かいきさつとかを知ってたら教えてほしいって言われたけど。


こんなこと、誰にも言えない。言いたくない。

思い出したくない……っ!!!


そんな気持ちでいっぱいで、結局何も言えなかった。



それから、一人暮らしするまでの間は従兄家族が面倒見てくれていた。

すごく優しくて、大学行く支援もしてくれた。


けど……。





「…俺、今でも思うんだ。

俺が、あの時拒絶したから、母さんは死んだんじゃないかって。

俺が、あの時母さんと寝ていれば、母さんは、今も、生きて……っ」



はーっはーっと息が乱れる。

やばい、また、過呼吸…っ!


胸のあたりで服を握りしめる。

このまま死んじゃうんじゃないかってくらい、息がうまくできない…っ。


苦しい、苦しい…っ!









「藤森」


その時、凛とした声が頭に響いた。

そしてぎゅうっと力強く抱きしめられた。


「ゆっくり。ゆっくり息をして」

「い、いちの…っ」

「そう、そのまま、そのまま…」


背中を一定のリズムでトントンとたたかれて、ようやく呼吸が整ってくる。

俺はぐったりしてしまい、市ノ宮に抱きしめられたまま、寄り掛かった。


そんな俺を、落ち着いた後も、撫でてくれて。



「大丈夫、藤森はなにも間違ってないから。

その時を必死に生きてただけ。藤森も、お母様も。…違う?」


静かに、そう言ってくれた。

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