約束
「…………え」
あまりにも突然の発言に、俺は動けなかった。
今から、しようって……。
「何が?ゲーム?」
へらっと笑って頭をかく。
市ノ宮は、は?という顔をした。
「あ、あれ、違う?遊びたいのかと思ったんだけど…」
すぐに相手の表情を見て、見当違いの返しをしたのだと気が付いた。
「あのさぁ…忘れたわけじゃないよね。俺との契約」
「契約………あ!」
そこで思い出す。
あの、こいつと結んだ悪魔の契約を。
顔が熱くなるのを感じた。
「だ、だって!あれからお前、1ヶ月以上何も言ってこないから、てっきりもうどうでもいいのかと思って…」
そう、勝手にすぐに対価を払うものかと思ったけど、次の日会っても何も言ってこないし、1ヵ月普通に学生生活を送っていたからぶっちゃけ完全に忘れてた…。
「はぁ?その期間、俺セフレと手を切ってたんだけど?」
でも、あきらかに不機嫌な顔をされる。
「え?」
「藤森が、心配だからセフレと離れろっていうから、この1ヶ月穏便に済ますために時間かけて全員と関係終了させたのに…」
それが約束でしょ?
そう付け加えてため息をつかれた。
「わりぃ…そうだったのか。でも、それ聞けてちょっと安心した。
ありがとな」
正直約束を守ってくれると思わずつい微笑んでお礼を言った。
そんな俺を、市ノ宮は少し目を開いて見つめた後、
「別に」
そう視線を下げながら呟いた。
「で、でもさ…さすがに今日は急すぎねぇか…?」
さすがに心の準備ができてない。
そんな、学校帰りに、
「この後飲み会しよう!」
という突然予定が入るのとはわけが違うのだ。
要は、だって、つまり…
市ノ宮と、エッチするってことだし……………。
頭でそう呟やき、一気に現実味を帯びる。
ぶわぁっと顔が赤くなった。
でも、そんな俺にお構いなく。
「駄目、今日」
自分の意見を通してくる。
「せ、せめて明日…!」
「今日。だからさっさと入れて」
扉開けて。
と言わんばかりに指を指してくる。
お、俺の意見は無視かよ…。
「て、てか俺ん家なの?お前の家じゃ…」
「人の家をラブホにしないで」
ぴしゃりと言われる。
そ、それは俺だって同じでは!?
仕方なしに、鍵を開けて中に入れる。
市ノ宮はきちんと靴を揃えて部屋に上がった。
「あ、あんまじろじろ見るなよ。ちょっと散らかってるし…」
「ふーん」
そう釘を刺しても、興味津々なのかきょろきょろしている。
とりあえず、気まずいし恥ずかしいので、洗濯した後床に放り投げてた服をそっと拾い上げて畳んでおいた。
…こいつの部屋、めちゃめちゃきれいだったし。
「結構色々置いてあるね。…これ、姫路城?」
「ん?あぁ、そうそう。よくわかったな」
市ノ宮がテレビラックに置いている城の模型を見てそう言い当てる。
「別名白鷺城って言われるくらい白いからね。これはわかりやすいよ」
まじまじと見ている。
「俺、日本のお城好きでさ。たまにキット買ってきて組み立ててるんだよ。
だから将来日本史の先生になれたらなーなんて思ってて。
はは、ちょっと理由薄いかな?」
ベッドに腰掛けながら笑う。
「ふーん、別にいいんじゃない」
心の底からそう思ってるのかよくわからない返答をもらってしまった。
まぁ、肯定的にとらえるか。
相手はまだ興味がなくならないのか、俺の部屋を眺めている。
そんなに見て楽しいだろうか。
男の一人暮らしの部屋なんて。
「…この写真」
市ノ宮がまた何か見つけた。
「ん-?」
なんだろうと思って視線を向けると、一枚の写真が机に置いてあった。
それを何気なく市ノ宮が持ち上げる。
「ここに写ってるの、藤森だよね」
「え?あぁ…それ、結構前の写真。入学式のときだったかな」
「制服見るに…高校生?一緒に写ってるのは」
俺の隣に写っている女性について尋ねる。
「…母さん」
「ふーん…若いね。お姉さんかなって思った」
「ははっ!それ聞いたらめっちゃ喜ぶぜ!
…18で俺を生んだんだってさ。いわゆるおめでた婚だったらしいけど!」
「…そう」
市ノ宮が持っていた写真を机に置く。
「飾らないの?せっかくいい写真なのに」
また他の場所を見始めながらそう言う。
「………」
それを聞いて、うつむいた。
「…正直迷ってるんだ」
「?」
「いや、飾ろうと思って置いておいたんだけど…。
なんていうか、母さんは、俺の唯一の家族だったけど…………」
そこで口籠ってしまった。
「…藤森?」
「…………っ」
額に手を当てる。
少し眩暈を起こしてクラっとした。
(やば、当時のことを思い出しちゃって…)
その時、市ノ宮がこっちに移動してきた。
狭い部屋をゆっくりと進んで。
「藤森」
俺の隣に座ってそっと抱きしめられた。
頭を抱えるように、相手の肩に乗せられて優しく撫でられる。
「い、市ノ宮…?」
あまりにも突然の出来事に、動けずにいた。
瞬きの回数が多くなる。
「え、何、なんだよ、いきなり……」
「…………」
そんな俺をしばらく撫でてから、
「辛いこと、あったんだね」
「………!」
そう言われた。
「……ぁ」
思わず目を見開く。
「たばこ勧めてきた、母親だっけ」
「そ、そうだけど、べ、別にそれは…大した問題じゃ…」
母さんの話が出てきて、どくんと心臓が鳴る音が聞こえた。
鼓動が速くなる。
「大した問題じゃないんだ」
「ま、まぁ、だって、その……」
「ふーん、じゃあ
なんで泣いてるの?」
「……………え…」
俺は気が付いたら涙が出ていた。
「あ、あれ、な、なんで…」
手を頬に当てる。
しっとりと濡れていた。
…言われるまで気が付かなかった。
なんで、こんなに流れてるんだよ…!
「あ、はは…!ちょ、なんでかな!待ってろ、今止めるし…」
「藤森」
慌てて市ノ宮の肩から頭を持ち上げて目を擦る。
でも、一向に止まる気配はなかった。
「あー止まんね…。こういう時、どうしたらいいのかなぁ。はは…」
「ねぇ、藤森」
何度か名前を呼ばれる。
「ん?なんだよ………」
笑いながら隣にいる人の顔を見る。
「……!」
市ノ宮の唇が俺の唇に触れてきた。
あの時と、同じ感触。
「……………ん」
5秒くらい、そのままの体勢で時が流れた。
「ふふ、止まったね」
ちゅっと、音を立てて離れると、いたずらっぽく、でも優しく微笑んだ。
「う、うっせーよ、ばーか…っ」
恥ずかしくて、思わずそう返す。
「藤森、口悪ーい」
また市ノ宮に頭を抱えられる。
背中をさすってくれて、すごく落ち着いた。
「ねぇ、藤森」
「な、なんだよ…」
また名前を呼ばれる。
「よかったら話してくれない?」
「…え」
「無理にとは言わないけど、それで気持ちが楽になるなら」
それを聞いてまた涙腺が緩みそうになる。
「でも………………引かないかな…。
今まで誰にも話したことないし………」
「まだ聞いてないからなんとも言えないけど…でも、否定はしないから安心して」
「………本当?」
「本当」
そう言われ、なんとなくほっとした。
「………うん」
そして俺は、少しずつ話し始めた。
自分の過去のことを。
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