まさに悪魔
警察が帰るとようやく安堵の息を漏らす。
あの後、俺たちは事情聴取をされ、男は下で待機していた他の警察官に逮捕されたらしい。
「ふー…なんとかなってよかった。な、市ノ宮くん!」
後ろに立っている彼を見る。
「!?」
なのに、市ノ宮くんが俺のパーカーを羽織ったまま腕を組んで、じとーっと俺の事を睨んでいた。
静かに怒っているようだ。
「な、なんだよ…」
怒っている理由が全く分からず、恐る恐る聞いてみる。
すると、彼は俺から顔を逸らして。
「…別に?ただ、一人減っちゃったなって思っただけ」
「なにが?」
「セフレ」
「へ?」
予想していなかった言葉が飛び出し思わず目を丸くする。
せ、せふ…って。
「はああぁぁぁぁぁ!?」
そして叫んだ。
「お前らそんな関係だったのかよ!!」
「うるさい」
そう言われるけど、俺の頭はまた大混乱だ。
「いや!でも!男じゃん、相手!…はっ!それとも、お前実は女…」
「藤森くんは馬鹿なの?」
はっきりと静かにそう言われて言葉が消えてしまった。
「別にセフレが男でも今の時代おかしくないでしょ。
そんなことでいちいち大声出さないで」
目を閉じて髪をすきながらそう話す。
さらりと指から黒髪が流れ落ちる。
「そ、それはそうだけど…」
今までも変わったやつとは思ってたが、まさか遊び人とは思わなかった。
…いや、多分誰も思わないだろう。
だって、こんな身なりをきちんとしていて、清楚で頭がいいやつ。
結局さっきの警察だって、市ノ宮が危ない男に付きまとわれて部屋に侵入され、襲われかけた純情でか弱い男の子…という位置づけていた。
…後半に関しては完全に不正解だろ。
(見た目だけじゃ全く判断ってできねーな…)
「て、てか、なんで俺に対して怒るんだよ…」
「別に。藤森が来たから俺は助けられたのかもしれないけど、来なければ抱かれるだけでセフレも減らずに穏便に済んだかも…って思っただけ」
変わらず静かに言ってるが、ムスッとしてるのは変わらない。
その言われようにこっちもムッとする。
「で、でもあいつ、ちょっと危なそうだったじゃんか。
ここ来るまでに言い争ってるの聞こえたし」
「ふーん、聞こえてたんだ」
これに対しても大して反応せずに淡々と返される。
「別に、昨日の夜の約束ドタキャンしたら怒って追いかけてきただけ。
…宅配便が届いたっていうから玄関の扉開けたのに」
「ど、ドタキャン?」
「そ。行くのめんどくさくなっちゃって。
なのにそれだけでキレるし、ご丁寧に配達業者の帽子まで被ってここに来ちゃって。
そういうところだけ頭働くんだから困っちゃうよね」
「…………」
やべぇ。頭痛くなってきた。
えーっと、市ノ宮は男と夜の約束してたって言ったけど、つまりあれだろ。
何の約束してたか、俺だってそれくらいわかる。
わかるけどあえて口には出さねー!
「で、なんで俺の部屋知ってるわけ。あんたもストーカー?」
市ノ宮くんが散らばっているシャツのボタンを集め始める。
そして疑問に思っていたであろうことを口にした。
「んなわけあるか!大学の先生に頼まれてお前を説得しに来たんだよ!」
「先生?…ってまさかあのエロオヤジのこと?」
「え、エロオヤジ?」
またとんでもないワードが出てきて聞き返す。
3つ目のボタンを拾い上げていた。
「そう。藤森君くんと喫煙所で会う前に説教されたって言ったでしょ。
なんか全身舐めるように見られたんだよね」
「おぉ…まじか……」
「あと、手、握られた」
まぁ、確かに市ノ宮くんのことを話すときのあのうっとりとした顔を思えば信憑性は高いな。
ただ、こいつもこいつでそんなことがあった後なのに、よく淡々と俺と話せたな。
「てか、それ学部長とかに言った方がいいんじゃ…」
「証拠ないからちょっと難しいかな」
別に実害があったわけじゃないし。
そう付け加えて、深刻そうな顔もせずに4つ目のボタンを拾い上げた。
そこで一旦机に置く。
「で、説得って何」
「学校来いってさ」
「行かない」
即答される。
俺の口角がひくっと引き攣った。
「…なんで」
「別にそんなの俺の勝手でしょ。
そもそも頼んできた相手があいつの時点で嫌だし、もっと時間有意義に使いたいし」
「有意義、ねぇ…」
有意義に使った結果がさっきのあれかよ。
と言いたかったがぐっと飲み込む。
「………」
ぽりぽりと頭をかく。
それから、心配そうな声でまた話しかけた。
「…あのさぁ、お節介かもしれねぇけど、お前このままじゃ危ないぞ」
「あんたも単位が、とか言うの」
もう聞き飽きたという感じの顔をして腕を組む。
「ちげーよ。さっきの男、お前の力じゃどうしようもない感じだったじゃん。
俺が来なかったらお前、ケガしてたかもしれないんだぞ。
それに1人減ったってことは、ほかにもその…セ、セフレいるんじゃねーの?」
そう、今回は俺が殴られるだけで終わったけど、俺が来なければ下手したらこいつが殴られていた可能性だってあった。
俺はまだ力あるから戦う勇気出るけど、こいつはどうだ?
見た限りそんなに力があるようには見えない。
しかもあそこ触られて力が抜けちゃうような奴、対抗できるとは到底思えなかった。
それに、こういう関係ってまたいつトラブルが発生するか。
今後も無いとは言い切れない。
他人ながら心配になってしまった。
「まぁ、確かにセフレは他にもいるけど……」
「やっぱりいるんだ…」
正直、そんな心配をされるとは思わなかったらしい。
市ノ宮が目をぱちくりさせた。
「……」
そして少し考え込む仕草をする。
俺は構わずいつもの明るさで話をすすめる。
「だからさ!こんなことやめて一緒に学校行こ「じゃあ、あんたが代わりになってよ」
「おう!…………あ?」
今度は俺が目をぱちくりさせた。
「………」
おい、こいつ今なんて言った?
「…確かにあんたが言う通り、今後もこんなトラブル起きるかもしれないね。
でもさ、セフレ皆切らせたいんだったら、それなりの対価払ってほしいんだよね」
「お、おま、なに言って…」
思わず顔が赤くなった。
汗が全身から溢れる感覚。
た、対価払ってって…。
思考が追いつかない。
本当に、本当にこいつは何言ってるんだ?
「だからさ…」
気が付いたら距離がすごく近くなっていた。
目の前にきれいな顔があって思わずドキッとする。
「責任取ってくれない?」
口元がゆるりと弧を描いた。
「せ、責任?」
一歩下がる。
「そう、責任。…なってくれるよね?」
すると相手は一歩詰めてくる。
「………っ」
距離が変わらない…っ!
「…せ、責任って、なってくれってどういう意味…だよ?」
近すぎて落ち着かなくて。
焦りから半笑いになりながらそう聞いてみる。
「え?そんなのあんたが俺のセフレになってってことに決まってるでしょ」
呆れた顔でそう返答された。
「………へ」
さも当たり前のように言われるが、俺の頭は一瞬停止した。
か、代わりにせ、セフレになって…?
え、えぇっと。頭が混乱してきた。
つまり、それって………。
市ノ宮くんと、セックスしろってこと……………?
「…………うわあああぁぁぁぁぁぁ!!」
まとめた結果、とんでもない事実に気が付いてしまい、全力で叫んだ。
「藤森くん、うるさい」
「い、いやいやいやいや!何言ってんだよお前!!
なんで俺がセフレにならなきゃいけないんだよ!」
目を大きく開いて、ぶんぶんと頭を横に振る。
顔どころか全身熱すぎて沸騰しそうだ。
「てか、男同士でそんなことできるわけ…」
「藤森くんはさっきまで何を見てたのかな?」
はぁ…とため息をつかれる。
さ、さっきまで…。
市ノ宮くんを見る。
そうだ、さっきまでこいつはあの男とえ、エッチなことを…。
じゃあ、できるのか…?
「あぁ、あと」
そうだ。と言う感じで彼がまた提案する。
「もし相手してくれたらちゃんと学校行くけど?」
「え、学校行ってくれんの?」
突然本題でお願いしてた回答に戻り、ちょっと拍子抜けする。
「どう?藤森くんにとってもメリットでしょ。
変態教授も大喜び。藤森くんの評価爆上がりだね」
よかったね。とにこっと笑ってこっちを見る。
「そ、そっか、それなら…」
ここに来た目的達成できるな…。
こいつだってもう危険な橋渡らないで済むし…。
でも、はっと我に返ってぶんぶんと頭を振る。
「だ、だから!セフレじゃなくたって、他のことだっていいじゃん!!」
またまた俺は叫ぶ。
すると、市ノ宮はつまんなそうな顔をして、そっぽを向いてしまった。
「じゃあ大学行かないし、遊ぶのもやめない」
「え゛」
な、なんでそうなるんだ!!
「それは困る!!
お前連れてかなきゃ俺、あの先生に恨まれるし、下手したら単位もらえない!!」
「ふーん。別に俺の心配じゃないんだ」
「し、心配だよ!」
「藤森くんなんて単位落として留年しちゃえ」
「本当に心配してるって!!」
「じゃあセフレになって」
「いや、だからなんでそうなるんだって!!」
いよいよ頭を抱え始める。
ああ言えばこう言われる。
まじで、なんでこんなことなってんだ、俺…。
うぅーんと悩む俺の姿を見てしばらく無言の市ノ宮くん。
「……仕方無いなぁ」
そして10秒くらい経った後、ふぅ…っと息を吐き出すとそう言った。
「!わかってくれた!?じゃあ…」
諦めたように言ったそのセリフに、ぱあっと俺の顔が明るくなる。
「セフレじゃなくて他のことで…」
そう言おうとしたとき、
唇に柔らかいものが当たった。
(……へ?)
はじめ、何が起こったのかわからなかった。
彼の顔が目の前にある。
目の前、というか、長いまつげしか見えない。
(え、え?)
気が付いたら市ノ宮くんが俺の首に腕を回して少し下を向かされていた。
そして角度を変えて、あむっと、唇を啄まれた。
(ちょ、え、ええ!?)
い、市ノ宮くんが、俺にキスしてる………!?
その事実に気が付いた途端、一気に全身の熱が上がるのを感じた。
さっきの比じゃないくらい熱い。溶けそう!!
そして、その状態で一気に体重をかけられるものだから背中が壁にぶつかる。
そのままずるずると床に座り込んでしまった。
「…ん、んん…っ」
しかもなかなか離れない。
(ちょ、ちょっと待って、息の仕方わかんない…!)
「………ぷはっ!けほっけほ!!」
ようやく唇が離れた。
俺は手を口元に当てて思わず咳き込む。
大きく息を吸って呼吸を安定させた。
大して相手はものすごく余裕な表情で。
俺の前でしゃがみこみ、片手を頬に当てて観察していた。
「あれ、顔真っ赤だよ藤森くん」
「…!おまっ!何だよいきなり……!」
信じられない!という顔で相手を見返す。
いくら遊び人だからって、こんな突然!
それに、俺、俺………
「もしかしてファーストキスだった?」
「!!!」
そう聞かれ、汗がだらだら出る。
「図星?」
「…う、うっせーよ、バーカ!!」
あまりにも平然としているこいつの顔を見れず、顔を横に向ける。
そんな俺を楽しそうに見つめる市ノ宮くん。
「ねぇ、藤森くん」
「な、何!」
しばらくして、市ノ宮くんが俺の名前を呼んだ。
俺は恥ずかしすぎてやけくそで返事する。
「こっち見てよ」
「や、やだよ!」
こいつの顔を見る勇気がなくて、ギュッと目を瞑った。
だけど拒否しても、細い指が俺の頬に触れて、ゆっくりと前を向かされる。
「ね、俺のこと見て?」
恐る恐る目を開く。
微笑んだその顔はとてもきれいで。
それに、さっきまでとは違う、甘くて柔らかい声。
「ちょっ………」
強制的に目が合う。
きれいな瞳。長いまつ毛。艶がきれいな日本人らしい黒い髪。
そして、体格に全く合っていないぶかぶかの俺のパーカーから覗く色白の肌。
「……っ」
きれい。あまりにもきれいすぎる。
男なのに、胸が膨らんでるとかでもないのに、反則だろ、こいつ…!
「藤森くん」
「だ、だから何…」
また名前を呼ばれる。
顔、逸らさないと…。
そう思うのに両手で固定されて動かない。目が離せない…っ。
そして、もう一度キスされる。
ゆっくり離れてはもう一度くっついて。
「…ん……」
俺はどうしたらいいかわからずされるがままだった。
体が強張って足が少し動く。
「俺、藤森くんとしてみたいな」
「え…」
何回か触れた後、市ノ宮くんが、こてん。と俺の肩に頭を乗せてきた。
そのまま寄り添うように、俺にくっついて足を崩す。
「し、したい…?」
髪からふわっといい香りがする。
くらっとする…。
「藤森くんだって感じてるんでしょ。だって、ほら」
さっきまで頬に触れていた手が俺の肩を、胸を、腰を通って、中心部をゆっくりと擦った。
ズボンの上だけど、十分に感触は伝わって。
「うっ…!ちょ、馬鹿!そんなとこ触んなって…!」
「ふふ、体は正直だね」
「市ノ宮くん…!」
慌てて振り払おうとするが、力が入らない。
市ノ宮くんは猫のように俺にすり寄ると、
「ねぇ、藤森くん。
明日から一緒に学校行ってあげるから……だから…だめ?」
耳元で、そう囁かれる。
吐息がかかってぞくっとした。
ズボンから離れた手は、今度は俺の手の甲へ重ね合わせた。
そして、優しくなでられる。
それがじれったくて。そして、温かくて…。
頭がぼーっとする。
もう、彼の体温を感じてとろけそうだった。
「………わ、わかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ…」
そして、俺はついにそう言ってしまった。
「…………ふ」
その言葉を聞いた途端、短く笑うように息を出す市ノ宮くん。
そして、さっきまでの甘えた雰囲気はどこへやら。
あっさりと立ち上がり、俺から離れて背を向けた。
「お、おい…」
あまりにもさっきまでと違う態度に戸惑いながらも、俺も立ち上がる。
そして、声をかけようとしたら、
「これで契約成立だね」
顔をくるっとこちらに向けて、にこっと笑ってそう言った。
「え?ちょ、お、おま…」
頭が混乱する。
え、契約成立?ま、まさか………。
気づいた時にはもう遅かった。
目の前の男は伸びをすると、
「同い年の人にこういうことするの初めてだったけど、結構効くものだね。
あぁ、というより…」
今度は腕を組んで体もこちらに向け、
「童貞だからかな?」
少し首を傾げながら、軽くバカにするようにそう言った。
「て、てめぇぇぇ……っ」
完全に色仕掛けに引っ掛かり、恥ずかしすぎて睨みつけることしかできない。
「あ、これも図星?藤森くんって本当にわかりやすい」
「あ、悪魔!お前は真っ黒な悪魔だ!!」
指を指してそう叫ぶ。
「何?俺はただ甘えてみただけだけど。
別に言え、とか強制してないよね」
「う゛っ」
でも、秒で言い返されてさらに言葉に詰まる。
しれっとした態度がさらに腹立つ…!
「…お、俺言ってない!お前とやるとか言ってないし!契約不成立!」
何とか抵抗しようと、無理やりなかったことにしようとする。
が。
「残念だけど、今までの会話全部録音してるから」
「へ?」
市ノ宮くんのポケットからスマホを取り出す。
そして、録音アプリを見せてきた。
「げっ」
「聞く?」
相変わらず楽しそうな表情。
俺はしばらく固まった後、
「い、いいです…」
両手で顔を覆って、そう小さく返事した。
「そう?じゃあ、これからよろしくね、藤森くん?」
市ノ宮くんは、にこっとしながらそう言って、ベッドのシーツを替え始めた。
でも俺はその場から動けず。
「………」
そんな俺を見て、相手ははぁ…とため息をつくと。
「ねぇ。俺疲れたから、もうシャワー浴びて寝るし、さっさと出てって」
冷めた言い方でそう告げると、ショックから立ち直れない俺の背中を押して、外へ追い出した。
そして扉を閉め……る直前でまた開く。
「今日はありがとうね。かっこよかったよ。じゃ」
それだけ言うと、今度こそ、ばたんっと音を立てて閉まって。
ガチャリと施錠する音も聞こえた。
「………俺、やっぱりあんな奴ほっとけばよかったのかなぁ…」
すっかり暗くなった空を見上げながら、誰も聞いてない独り言を呟いた。
あと、後日気づいたけどパーカー完全にパクられた。
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