市ノ宮和樹
「あーーー…タバコ吸いてぇ…」
最後の講義が終わり、帰宅に向けて構内を歩く。
疲労で肩が凝ったからお風呂入りたい。
あとお腹も空いた。
でもそれ以上にとにかく吸いたい。
吸いたくて仕方ない。
今はまだ18歳だが、残念なことにもうニコチン中毒になっている俺は、学校で吸えずにちょっといらいらしていた。
…もちろん友達の前では吸ってない。
さすがに人の健康に害を出したくないし、俺の印象が悪くなるのも勘弁だし。
「てか、講義長すぎなんだよ。
教職とったら7限目が存在するなんて聞いてないし。
………いや、最初の説明にあった気もするけど」
おかげで外はもう真っ暗。
友達は当然皆さっさと帰ってるし、生徒もちらほらしか見えない。
「…そういや、やっぱり今日もあいつ見なかったな…」
ふと、思い出して何げなくぼそっと呟く。
あいつって誰のことか。
そんなの市ノ宮和樹くんに決まってる。
オリエンテーションに誰よりも遅く来て、誰よりも早く自己紹介を終わらせた男。
あれから、学科の人間の間ではそんなあっさりした彼の噂で持ち切りだった。
なぜか。そりゃ、あれから誰も姿を見てないからだ。
「藤森!あんた全員と友達になるって言ってたんだからなんか知らないの?」
「だから知らないって言ってんじゃん」
「なんでもいいから!血液型とか!好きなタイプとか!どこ住んでるとか!」
「だから知らねーっつーの!自分で探せよ!!」
これまでいったい何人の女友達とそんな会話をしたことか。
そんなこと言われたって知らないものは知るわけねーし。
あんな宣言した俺だって、さすがに見てない人間と友達になるなんて無理な話だ。
てかどんだけ女子の心かっさらってんだよ。あんな一瞬で。
「これだけ現れないってことは市ノ宮くんは実は妖精だったりしてー!
なーんて…」
そんなあほな考えをしていた矢先。
「あれ?…あれ!?」
ふと通りかかった喫煙所。
そこにいたのは、壁に寄りかかってタバコを吸う市ノ宮くんの姿だった。
「…は???…へ???」
あまりにも予想してなかった光景に思わず立ち止まる。
いや、だってさ、なんでタバコ吸ってんだよ。
「え?あいつ、もしかして浪人生だったのか?」
それなら納得いくけどでも、俺より年上に見えない気もするし…。
俺の頭には?が量産されていく。
「………?」
いつの間にかじーっと見てたんだろう。
相手も俺の視線に気が付いたのか、こちらを見て怪訝そうに首を傾げた。
「やべ、このまま帰ったら不審者みたいに映るな…」
仕方なく喫煙所に入る。
市ノ宮君以外に人はいない。
というか、逆になんでこんな時間にこいつはここにいるんだ?
「お、お前さ、えーっと」
何を話そうか迷いながら声をかける。
「あんた、藤森っていうんでしょ」
「え?」
だけど、突然名前を当てられてびっくりした。
あれ、自己紹介の時こいつ部屋にいたっけ?
「あれ、不思議に思った?
なんで俺の名前知ってるのかって顔してるけど」
「ま、まぁ…そりゃな。お前遅刻してきてたわけだし」
「遅刻、ねぇ。
正直出る気なかったんだけど学部長自ら車出して俺の家来ちゃってさ」
「え?」
「仕方なく会場向かったら車降りた途端に聞こえたんだよね。
会場の窓全開だったし、あんたの声、バカでかかったし。
皆とお友達になります!…だっけ」
少し馬鹿にしたような声で言われ、むっとする。
「べ、別にいいじゃねーか!俺がどんな目標を掲げよう…と…」
反論してみるも、最後には言い切る前に消えてしまった。
目の前に、タバコを差し出されていたからだ。
「…吸うんでしょ」
「なんでそう思うんだよ」
「吸いたそうな顔してるから」
突然吸うんでしょ?なんて淡々と言われ、どきっとする。
お、俺そんなに吸いたそうな顔してるか…?
だけど、場所が場所なだけに、素直にYesとは言えない。
「いや、でもここ学校だし…さすがに見られたらまずいというか…」
「先生、この時間ここ来ることないけど?」
「は?」
「先生、この時間はもうここに来ないって言ってるの」
さも当たり前のようにそう言うと、ふぅ…と煙を吐き出した。
「ほ、本当?」
「嘘だったら針千本飲ませてもいいよ」
にやっと意地悪そうに笑う。
「………」
変な奴。
なんで知ってんだよ、こいつ来てねーのに。
しかも顔は超絶自信満々だ。
確かに、この時間、先生も帰るために仕事を片付けるのに必死だろうけど…。
「吸うの?吸わないの?」
もう一度たばこを見る。
今、俺は持ってきてない。
そして目の前に見せられると、吸いたいとばかりに喉がごくんとなった。
「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて…」
まぁ…もし先生来たら灰皿が乗ってる台にしゃがんで隠れればいいか。
そう思いながらそっと一本いただいて火をつけてもらった。
「…ん?なんか変わった香りがするな、これ」
一口吸ってそう感想を言う。
嫌じゃないけど、なんか女性が好みそうな香り。
少なくとも今まで吸ってきたたばことは全然違う。
「いい香りでしょ。俺の一番のお気に入り」
ふふっと微笑みながら俺を流し目で見る。
まぁ、確かにこいつに似合いそうだな。
…いや、こいつのことよく知らねーけど。
「なあ、ちょっと気になったんだけど、お前実は20歳?」
ふと気になったことを聞いてみた。
だけど相手は、ん?と少し首を傾げて俺に質問し返す。
「そういうあんたは?」
「いや、18だけど…」
聞いといてあれだけど、法律的にはまだ吸っちゃいけない年齢だから控えめに答えた。
それを聞いて、またふふっと笑う。
「じゃあ同い年。何、浪人生か留年したと思った?」
「まぁ…だってめっちゃ堂々と吸ってたから…」
ははは…と俺も乾いた笑いで返す。
「藤森君はいつから吸ってんの?」
「いやー…まあ、17になる前には。
……母親がめっちゃ吸う人でさ、付き合えっていうから一緒に吸ったのが始まり」
「ふーん…おもしろい親だね」
おもしろいと言われ、ちょっぴりむっとするも、正直言い返せない。
普通未成年の我が子をタバコに付き合わせる親なんていねーよなぁ。
(…でも。そう言えば、吸うきっかけはそんな感じだったな…。)
「…藤森くん?」
「…え?」
はっとして横を見ると、市ノ宮くんが俺の顔をのぞき込んでいた。
じぃっと俺の瞳を見つめてくる。
やべ、俺、ちょっと母さんのこと思い出して感傷に浸ってたかな…。
「そ、そういうお前はいつからだよ」
慌てて話を逸らす。
こいつだって未成年で吸ってるんだから、そのまま質問を返してみた。
「うーん…中1にはもう吸ってんじゃないかな」
「え、え!?不良じゃねーか!!」
俺以上に衝撃的な回答が返ってきて、思わずタバコを落としそうになった。
こんなきれいで真面目そうな顔をして、まさかの俺よりたばこ歴先輩だったとは…。
その事実に思わず突っ込んでしまうが、こいつは顔色一つ変えずに吸っている。
質問や返答はもう来ない。
それ以上の興味はもうねーってか。
少しの間沈黙が流れる。
たばこの煙だけが揺らいで消える。
相手は何も発しない。
俺はちょっと落ち着かなくて、もう一つ、気になっていたことを聞いてみた。
「あー…そういえば、お前あのオリエンテーションの後どこにいたわけ?
次の日から誰も姿見てないって話題になってたんだけど」
そう、学科の奴皆が、勿論俺も気になっていたこと。
せっかくこうやって会ったのだから、聞けるものなら聞いてみたい。
すると、市ノ宮君はそんなこと気になるんだ。という調子で、
「ああ、だって学校来てなかったし」
そう答えた。
「は?来てなかった?1日も?」
「1日も」
「は、はぁ………」
いや、そりゃ通りで誰も見ないわけだけどさ。
まだ入学してから1か月も経ってないのに学校来ないってなんだそれ。
こいつふざけてんのか?
率直な感想はこれだった。
「じゃあなんで今日は来てんだよ」
「生活指導の先生に呼び出されたから」
「そうなんだ…」
「授業終わってからじゃないと話せないからってこんな遅い時間に来いって言われたけど。
単位取れなくなるだの、大学生活は一生の宝だの、頼むから来てくれだって。
そんなお説教されたよ。お節介だよね、本当」
「さ、さいですか…」
話を聞けば聞くほどわけわかんねぇ奴だと思った。
こんなやつが世の中にはいるんだな。
「…まぁ、いいや。
俺そろそろ帰るわ。腹減ったし。タバコサンキュ」
タバコを灰皿に押し付ける。
そしてリュックを背負い直すとそう言って、喫煙所から出ようとした。
「そう、じゃあ俺も帰ろうかな」
すると後ろからそう声がしたのと同時にタバコを消す音がした。
「まじ?じゃあ、学校出るまで一緒に歩くか?」
そう言いながら、振り向いて市ノ宮くんの方を見る。
が、
「ちょ、ちょ!?お前何やってんの!?」
市ノ宮くんが鞄から何か取り出したと思ったら今着ているカットソーをばっと脱ぎ始めた。
白い肌が目の前に現れ、俺は思わず両手で視界を塞ぐ。
そんな様子を見たこいつは、
「何?服着替えるだけだけど?」
「え?ふ、服着替える!?」
「自分のはともかく、他のタバコの匂いついたまま帰るの嫌だからね。
…それなのにそんなお顔真っ赤にして、おっかしー」
バカにするようにそう言われて、俺もムキになる。
「ち、ちが…!だ、誰だって突然脱ぎ始めたらびっくりするじゃん!ばーか!」
手を顔から外して、そう叫ぶ。
今は恥ずかしすぎて顔が熱い。
でも、確かに男の体なのに、あまりにもきれいでやっぱり見ちゃいけないものを見てる気分になる。
人がいないからよかったものの、好奇の目で見られたらどーすんだよ。
なんてことが頭に浮かびながら、結局目のやり場になんだか困ってしまう。
「…ふふ。藤森君は男の子の体気になっちゃうの?目、そらしたままだし」
「!?…んなわけあるか!配慮してやってんの!」
追い打ちをかけられて、さらに焦る。
本当、やましいこと何にもしてないのに!!
「そう、人の着替えなんてまじまじと見る趣味無いし!
見られてたら着替えづらいだろうし!」
そう、早口で言い返す。
「…冗談だからムキにならない。ほら、着替え終わったから行こう。
うぶな藤森くん?」
ぽんと肩を叩かれたと思ったら目の前を歩く市ノ宮くんが。
そして、振り返って俺を見ながらふっと笑った。
「…………っ!」
また顔が熱くなる。
か、完全にからかって楽しんでやがる、こいつ!
結局、学校出るまで…のはずが、帰り道がずっと同じ方向で俺の家の前まで一緒に来てしまった。
「ふーん、ここが藤森くん家?」
俺のアパートを見て、市ノ宮くんがそう聞いてきた。
「そ。ちなみにあの2階の角部屋な」
鍵を探しながらそう答える。
すると、
「…ぼろ」
ぽつりとそう呟く声が耳に入ってきた。
「う、うっせーな!」
うわぁ…みたいな顔されて建物を眺めるこいつに、恥ずかしさのあまり赤くなって言い返す。
「見た目だけだよ!確かに見た目はあれだけど!
大家さんいい人だし、中はそれなりにちゃんとして…ってあれ」
横を見るとそこに市ノ宮くんの姿はなく。
少し離れたところを見たら、彼はいた。
って、歩き出してるし…。
もう興味ねーのかよ。
なんというか、マイペースすぎやしませんかね、こいつ。
「あ、あのー市ノ宮くん?」
今いる場所から声をかける。
すると、相手は立ち止まって、
「今日は楽しかったよ、藤森くん。
また会うことがあればよろしくね」
見返り美人のように少しだけこちらを見て微笑む。
暗かったけど、街灯に照らされたその顔は18歳の割には大人びていて、不思議な魅力があった。
そしてそのまま帰っていった。
次の日から、また市ノ宮の奴を学校で見かけなくなった。
昨日の出来事はまるで夢だったかのように。
でも、あの甘い香りは覚えてるし、自己紹介の時に感じたオーラはやっぱりあって。
やっぱりあいつは他の奴とはなんか違う。
そう思えてならなかった。
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