昔話をひとつ
「初めまして!藤森昭夫って言います!
大学生活での目標は学科の人全員、かくなる上は学部の人全員と友達になることです!よろしく!」
大学に入学して、3日後に行われたオリエンテーション。
1人ずつ壇上に上がって自己紹介をする。
当時の俺はすごくやる気に満ち溢れていて、順番が回ってくるとそう元気よく言った。
すでに仲良くなった連中が
「いいぞー!」
とか
「規模でかすぎーww」
とかなんとかはやし立ててくる。
女子は女子で俺を見ながらくすくす隣の子と何かを話していた。
拍手を浴びながら自分が座っていた席へ戻る。
帰ったら、友達に「声でかすぎw」とか言われながらちょっかいを出された。
大学から始めた一人暮らし。
新しく住む町。新しい友達。新しい生活。何もかも新鮮な毎日。
もしかしたら彼女もできるかも!なんて大学1年生によくある淡い期待も持ってたりして。
俺はそんなごく普通の大学生だった。
(なんか、今まであんま実感なかったけど、俺本当に大学生になったんだなぁ)
皆の自己紹介を聞いてるとじわじわと実感が湧いてくる。
それと同時に、絶対楽しい学校生活にするぞ!と改めて心に誓った。
(大丈夫、もう1年経ったんだ。…もう大丈夫)
「…………」
ふと、高校生の時のことを思い出す。
高校生の時は本当に辛いことばかりだった。
今思い出しても胸が苦しくなる。
でも…今まで沈んでた気持ちもきっと上に向かってく。
そう信じてた。
(母さん、天国から見てろよ。
俺、ぜってー母さんの分まで幸せになってやるから)
ぱちぱちぱちぱち…
拍手が頭に響く。それではっとする。
…やべ、ちょっと眠りかけてたみたいだ。
壇上を見ると、最後の一人が自己紹介を終えたらしく、階段を下りる反対側で、生活指導の先生が壇上に上がるところだった。
どうやら次は、生活の注意事項などの説明らしい。
(にしても長かったなぁ…。自己紹介タイム)
俺の学科だけでも100人以上いるのだ。
それを全員自己紹介するものだから、そりゃ時間かかる。
…これ言っちゃ悪いけど、最後の人の自己紹介、半分以上の人は聞いてないんじゃないか…?
まぁ、俺だって最後のほうだから、聞いてくれてるか微妙なところだけど…。
「えー…まずは皆さん、入学おめでとうございます。
当大学で生活するにあたっての注意事項を……」
担当の先生が演台の前に立って、話を始める。
内容はいわゆるバイトはいつからしてOKだとか、単位がどうだとか、そういう基本的な話。
でも…うーん、これもなかなかに眠気が襲ってきそうな内容だ。
なんだろうか、こういう話ってなんか単調なんだよなぁ…。
俺だったらもっと、抑揚つけて、こう、面白おかしく…はな…す…
うとうとして、また夢の世界へ出かけようとする。
瞼がだんだんと下がっていって…。
「あーちょっと待ってください。
あと一人、自己紹介が済んでいない子がいました」
その時だった。
そう会場に声が響いた。
俺を含め眠気に襲われていた人たち全員が、はっとして入り口の方を見る。
そこにはおじいちゃん先生が立っていた。
「何?突然」
「あのおじいちゃん学部長だっけ?」
「済んでないって…何言ってんだ?」
皆がざわめく。
俺も横にいた奴と何のことかと話し始める。
「えー静かにしてください」
威厳のある声でそう言うと、ぴたりとざわめきが消えた。
そして「ほら、入って」と先生が後ろを向いて言うと、背後から、
「はぁ…」
とため息をついた男子学生が現れた。
その姿に思わず目を見開く。
綺麗な艶のある黒髪。色白の肌。切れ長で黒の中に光が宿る瞳。整った顔。
そして、細身の服を着こなすスタイルの良さ。
背もそれなりに高く見える。
その姿を捕らえたと同時に、せっかく生まれた静寂がいとも簡単に掻き消えた。
女子を中心にひそひそ声が上がる。
確実に「かっこいい」だのなんだの言ってるんだろう。
でも、正直男の俺でも思った。
そこら辺の奴なんて相手にならない容姿をしている。
逆に男からは「何、あいつ」みたいな目を向けられる。
(ここまで男女で正反対の意見を出させるなんて、只者じゃないな、こいつ)
頬杖をつきながら、そうのんきに心の中でつぶやく。
それに何より。
なんか、他の奴らとは雰囲気が明らかに違った。
オーラってやつなのかな、なんだかうまく言えないけど…。
男は静かに壇上への階段を上る。
スポットライトに照らされると、さらに髪の艶と肌の白さが際立って。
女子から黄色い声がのぼった。
「おい、藤森。あいつどんな自己紹介すると思う?」
突然前に座っていた友達が体をひねって俺に質問してきた。
「え?」
「なんか変なこと言ったらやじ飛ばしてからかってやろうぜ」
「はぁ?お前なぁ…。やめとけって」
呆れたようにそう言う。
「だって見ろよ、遅刻してるのにあのすました顔。なんかむかつくじゃん」
「わかる!趣味でも好きな食べ物でも何か言ったら笑ってやろうぜ」
隣に座ってるやつまでもが会話に乱入してきて、俺はため息をついた。
「いや、確かにすごい余裕だとは思うけどさ…」
そういうのはどうかと思う…って言ったところで、もうこいつら聞かねぇだろうな。
(あーあ。あいつかわいそ)
心の中で同情しておいた。
そして演台の前に彼が立つ。
学科の皆はなんて発するのかわくわくと楽しみにしていた。
誰も寝ている奴なんていなかった。
あたりが再び静寂に包まれる。
そして、男が口を開いた。
「……市ノ宮和樹です」
それだけ言ってさっさと降りた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
あまりにもあっさりとした自己紹介。
その場にいた誰もが固まり、会場は静まり返ったままだった。
誰も拍手しない。いや、拍手できなかった。
からかおうと企んでいた悪友もまさかの自己紹介に開いた口が塞がらない。
それは先生方も、俺だってもちろん同じだ。
あんな、2秒もしない、名前だけ言って終了する奴なんて初めて見た。
そんなことはどうでもいいというすました顔で、一番後ろの、前後左右誰も座っていない席へためらわずに移動する市ノ宮くん。
「…………………」
「……?」
その時。
一瞬、本当に一瞬だった。
俺の横を通り過ぎるときに、ちらりと俺を見て、目が合った。
……そんな気がした。
読んでいただきありがとうございます!
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが楽しみ!」
少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
ブックマークもお願いします!
あなたの応援が、作者の更新の原動力になります!
よろしくお願いします!