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向き合わないと何も見えない

後書きに登場人物紹介あり。

校長室の前で立ち止まる。


「あぁー…来ちゃったなぁ…」


そう呟き、ぽりぽりと頭をかいた後、ノックする。


すぐに「どうぞー」と返事があったので、中に入った。


西日が差し込む部屋。

まず目に飛び込んでくるのは立派な校長先生の机…ではなく、植物の皆様。


サボテンくらいはわかるが、つるが垂れているものや根元が三つ編みになっているやつ、板に張り付いてる変な形のやつなど、とにかくいろんな植物が飾られていた。


…校長室ってなんだっけ。



「やあ、藤森くん。元気にしてる?」


その時、穏やかな声で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

その方向を見ると、白衣を着た男性、玉井先生が窓辺の植物に水を上げていた。


「いつも通りっすよ?玉井校長も相変わらず植物好きですねー」


若干苦笑しながらそう答える。


そう、化学大好きで俺のミスをことごとく指摘してきた玉井先生は校長になっているのだ。

ここの教師になってからずっと面倒を見てくれた人。

だからこそ、この人のすごさは知っているし、怖さも十分わかっている。

そして人一倍俺のことを気にかけてくれていた。


じゃあ、この人がなぜ苦手か。

いつもニコニコしていて逆に表情が読めない。

あと口答えしても論破されるのだ。

そういうところは市ノ宮に似てるかもしれない。


(こーんなのほほんとした見た目なのに、人ってわかんねーよなぁ)


心の中でそう呟く。


だからって校長が白衣着るなよ。

と思うが、そんなこと言った日には消されるかもしれない。半分冗談だけど。


「そう!今日ね、このサボテンが蕾付けたんだよ!ほら、ほら!」


水をあげていた1つのサボテンを持ちあげて嬉しそうに蕾を見せつけてくる。

が、


「押し付けんなよ!めっちゃ痛いんですけど!」


棘が腕に刺さって慌てて遠のいた。

セーターどころかシャツも貫通したんじゃねーの、これ…。


その反応を見て相手はしょんぼりとする。



「まぁ、いいや。とりあえず座ってよ。

あ、お茶飲む?緑茶しかないけど」

「あ、別にお構いなく。

…で、話って何ですか?

わざわざ春日部先生に呼ばせに行くくらいの内容って。

…あ、もしかしてなんか苦情来ちゃってます?」


恐る恐る伺ってみる。

俺は生徒の親御さんとも協力コミュニケーションをとるようにしてるが、苦情はやっぱりたまにある。

…来るとやっぱり胃がきりきりするから、できるだけ避けたいんだけど…。


でもそうじゃなかったらしく、優しく微笑まれる。


「違うよー。春日部君にはただ廊下ですれ違ったからお願いしただけだし、苦情とかそんな大層なことで呼び出したんじゃないから安心してね」

「は?はぁ…」



お構いなくとは伝えたものの、校長が急須に緑茶を入れ始めた。

俺はソファーに座りながらその様子を眺める。


ゆっくり戻ってきて相手が反対側に座り、俺の前に湯呑を置いてくれる。

そして緑茶を入れながら、相手が口を開いた。


「なんか、藤森くん最近元気ないなーって思ってね」

「えっ」


突然の話題にどきっとする。


「さ、さあ、気のせいじゃないですか?俺、超いつも通りだと思うんですけど!」

「えー、ほんとー?」

「ほんとっすよ!もー玉井先生やだなぁ」


にっこにこの笑顔でそう返す。

冷や汗をかきながらははははと棒読みの笑いが口から出てきた。


「………」

「………はは…」


しばらくじっと顔を見られる。

俺は悪いことしたわけでも無いのに気まずくてつい目を泳がせてしまった。




「ははははははははははっ!!」


と、突然相手は笑い出した。

あまりに楽しそうに笑うからびくっとする。


「いやー、藤森くんってやっぱり嘘苦手だよねー!」

「は?いや、嘘なんて…」

「作成してくれた資料、またミスだらけだったよ」


すっと差し出される、昨日俺が作った資料。

それは訂正のペンで真っ赤になっていた。


「うげ、なにこれ…」

「藤森くん、10年前から何も変わってないね。

もう、添削するの楽しすぎて未だに私が引き受けちゃうもんね!」

「そ、そっすか……」


なんとか笑顔は作るが、口角がピクピクと引きつった。


校長のくせに暇だな…。

なんてつい呆れてしまったのは内緒の話だ。


 

「で!話って何ですか!からかうだけなら俺戻りますよ!」


未だにこんな赤ペン先生されて恥ずかしくなり、早口でそうまくし立てる。

すると、真面目な口調で質問された。


「…そういえば、いつも一緒にいるお兄さんとは仲良くしてる?」

「!…いつも一緒に?…だ、誰の事ですか…?」


冷汗が出る。

いつも一緒にいるって、もしかして海堂の事か…?

でも、玉井先生はもちろん、周りには海堂のことは紹介したことないし、同性と付き合ってるなんてなおさら言ったことなんてないのに…。


そんな訝しげな表情をする俺に対して、相変わらずのんびりした様子の校長先生。


「あぁ、ごめんごめん!

よく仕事帰りに待ち合わせてるお兄さんがいるなって思ってて!

仲いいんだなーっていつもそこの窓から見てたんだよ。

でも、最近見かけないからもしかしてそのことでそんなに悩んでるのかと思ったんだけど…」


そんな怖い顔しないで。と付け加えられる。


あぁ、関係がばれたわけではなかった。とほっとした。

いや、俺は別にばれてもいいけど、やっぱり人によってはまだ理解が得られないこともあるし、海堂に迷惑が掛かることだけは避けたいから。


それに、この人は本当に心配してくれてるんだ。

10年前の時と同じように。



「あー…まあ、そうっすね、実はなんか突然避けられまして。

理由も話してくれないし、俺、わけわかんなくて…もう、このまま、わからないまま、終わっちゃうのかなーって、悩んで、ますね…」


首の後ろをさすりながら、気が付いたら気持ちが言葉になっていた。

正直、別れ話をされたあの日以来、誰にも相談できていなかったんだ。

市ノ宮だって立派に社長してすごく忙しいだろうし、誰かに答えを求めるのもなんか違うなって今は思っている。


…だから。

2人の問題だから、俺がなんとかしなきゃって、そう思っていたんだ…。



吐き出して、うつむく。

はぁ…とため息をついてしまった。



玉井先生がお茶をすする音だけが耳に入る。



「…私もね、奥さんとの事なんだけど、一度仲違いしたことがあったんだよ」

「え?」


突然、静かに玉井先生が話し始めた。

この人が愛妻家なのは皆が知る事実だが、仲違いしたことがあった…?


静かに語りだす。



「ある日、妻が突然子供を連れて家を出て行ってね。

実家にも帰ってないし、電話にも出ない。

外は土砂降りだし、夜の8時だし、冬だったからとても寒くてね。

必死だったよ。家族総出で探して」

「それで…見つかったんですか?」


思わず唾を飲み込む。


「うん、1時間くらい探し回ったところで少し離れた公園にいたよ。

でも見つけたとき、彼女は子供を抱きしめて自分の手首を切ろうとしてるところだった。

もう何が起こってるんだ?っていう気持ちでいっぱいだったよ。

すぐにナイフと取り上げて、泣き叫ぶ妻をなだめて家に連れて帰って。

そしたら、私が不倫していると知り合いから聞いたんだって。

もともと内向的な性格の人でね、誰にも相談できずに悩みすぎて精神的に追い詰められちゃったみたい」


それからすぐに

「あ、もちろん私は不倫なんて一度もしたことないよ。妻一筋だし!」

と付け加える。


「…結局ね、その知り合いの人が嫉妬した結果ついた嘘だったんだよ。

その人はご主人と上手くいってないらしくて。

対して私たちは本当、自他ともに認める仲良し夫婦でさ。

それからは、もっとお互いのこともっと信じよう、何かあったらちゃんと確認し合おうって決めたんだ。」

「玉井先生にも、そんなことがあったんすね…」


思ったよりも重いエピソードに何と言ったらいいかわからなくなる。

そんな俺に対して、もう今となっては思い出話だよーと穏やかな表情で言ってくれた。



「だから、お兄さんもきっと何か理由があるんじゃないかな。

一度とにかく納得するまでとことん話し合う。

そうしたら、きっと最悪の未来は避けられるかもしれないね」


その顔は嫌に真面目だった。

経験者は語る。まさにそんな感じ。

でもすぐにそんな表情は消えて、ゆっくりと微笑んでくれた。



そんな彼を見ていてじんわりと目頭が熱くなった。


…あぁ、やっぱりこの人は大した人だ。

俺のことしっかり見ててくれて、こうやって必要な時に手を差し伸べてくれる。


(…俺にも、今も両親がいればこんな感じだったんだろうか。

こうやって俺のことちゃんと見てくれて、穏やかに包み込んでくれて…)


「あれ?泣かせちゃったかな?ごめんね」

「いえっ、これはあれです。花粉が目に入っただけです!」

「今は咲いてる子いないけどね~」


ティッシュで目元を拭く俺を見てのほほんと笑う先生。

俺は目を赤くして、緑茶をぐいっと飲み干すと立ち上がった。


「…わかりましたよ。アドバイスありがとうございます」


深くお辞儀をする。


「藤森くんは私の大事な後輩だからね。

彼氏くんと仲直りしたら一緒にお茶飲みにおいで~」

「はは、そうっすね。連れてきますわ…。って、あれ」


そこまで話して嫌な汗を流した。


い、今、この人なんて言った!?



「どうしたの?」

「た、玉井先生…」

「んー?」


相変わらずのんびりした口調で2杯目の緑茶を自身の湯呑にそそぐ。

そんな彼に対して、俺は顔を真っ赤にして、



「あ、あああいつは、べ、別に彼氏とかじゃないんで!!いや、まじで!本当に!うん!!」


そう叫んで慌てて部屋から出ていった。







「…あはは、やっぱり藤森くんは嘘が下手だな~。そこが慕われる理由の一つなんだろうけどねー」







―――――――――――――――――――――――――――――――……






学校を出て夜道を歩く。

今日は金曜日。ちょうど明日は休日だ。


「一度納得するまでとことん話し合う…か」


確かにそうだ。

結局話し合えていないんだ。あいつと会えず、声も聞けず。

だから真実は何もわからないまま。


でも、やっぱりそれじゃだめだって玉井先生の話を聞いて思った。


…海堂は何かを抱え込んでしまっているのだろうか。

もしそうだとしたら、自然消滅なんて絶対だめだ…。


(大事なんだ。本当に、誰よりもずっとあいつのことが)



だから。


「逃げるんなら捕まえてやる。覚悟しとけよ、海堂」



絶対に、最悪の未来は避けてみせる。



玉井先生


藤森が勤務する高校の校長先生。

藤森にとっての恩師&父親みたいな存在。

化学の先生だったからか、なぜかずっと白衣を着ている。

普段は非常に温厚で仏のような人だが、怒らせたら世界の終わりを見る…らしい?

サボテンをはじめとした植物が大好きで、職場でも家でも育てている。

愛妻家として有名。

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