んなもん俺に相談するな!
後書きに登場人物紹介あり。
「ねー藤森っち。杉田君にプレゼントするの、どっちがいいと思うー?」
そう言うと女子生徒がピンク色と水色のくまのぬいぐるみを俺の目の前に並べた。
ふわふわの毛につぶらな瞳。
手はほっぺにくっついていて、2体とも俺を見つめてくる。
彼女の隣には友達が3人。
「えー!これあのお店の新作じゃん!」
「かわいい!私が欲しい!」
なんてキャーキャー俺抜きで盛り上がってる。
「え?どっちがいいかって…そんなもん…」
――――――――――――――――――――――――――――――――――……
遡ること30分前。
「あー…疲れた…」
喫煙スペースで俺はタバコを吸ってた。
さっき会議も終わって一息つきに来たのに、そんな時間は、たった3分で終わる。
「あー藤森っちいたー!」
突然扉を開けて俺を呼ぶ声が。
声が聞こえたほうを見ると、俺が担任しているクラスの女子生徒達の姿があった。
扉を開けるなり
「けむーい!」とか「たばこくさーい!」
とかキャイキャイはしゃいでる。
声をかけられたことに、うわー…と内心思う俺。
数人いる中で俺に用がありそうな子に訊ねる。
「えっとー…何だ?」
「実はー藤森っちに相談乗ってほしくて!」
相談と聞いて更にうわぁぁー…と思った。
「相談、ねぇ…」
1つ断言できることはどうせろくな相談じゃない。
この子は先週も友達と喧嘩したと俺に泣きわめいてたが、次の日にはけろっとしてた。
どうせ今回もそんなんじゃねーの?
…けど、この子たちはもう2年生の後半だ。
もしかしたら、1%の確率で進路相談の可能性もあるか…?
「何、そんな大事な相談?」
「うん!そりゃもう、私の人生に関わる大事なことー!」
む。
人生に関わることならやっぱり進路相談かもしれない。
俺は1%に賭けてみることにした。
「わかったよ。じゃあ聞いてやる」
「さすがうちの担任!ここじゃ匂い移るし、教室まで来てー!」
やったぁー!と喜ぶと、中まで入ってきて俺の腕を引っ張りはじめた。
「早くー!」
めっちゃぐいぐい引っ張られる。
「わかった、わかったからちょっと待て!
タバコ持ってんだから危ないだろ!」
煙と灰がかからないように慌てて持ってる手を反対側へ伸ばす。
「じゃあ早く消すー!」
「タバコは害だって、前授業で言ってたじゃん!」
「矛盾だー!」
………………。
それ言われるとまじで何も言い返せない。
「はいはい、消したから!あと、袖引っ張るな!セーター伸びるだろ!!」
そんなこんなで教室に連行され、ただいま絶賛くまちゃんに見つめられ中。
(あぁ…やっぱり99%のほうにかけておけばよかった…)
額に手を当てる。
そして心の中で物凄く後悔した。
「…どっちでもいいんじゃね?」
恋愛相談だとわかり、一気にやる気を無くした俺は面倒くさそうに適当に答える。
だって好きな子からもらったものはなんでも嬉しいもんだから、たかが色でどうこう悩む意味がわからん。
…ちょっと思春期の男の子が持つには可愛すぎる気もするが。
「えー!なにその適当な回答!もしそれで私嫌われたら藤森っちのせいにするからね!」
当然、彼女にとって、俺の回答が気に入らなかったらしい。
周りの子もそうだそうだー!と同調して完全に俺が悪者扱いだ。
「おーおー勝手にしてろ。
つーかさ、その藤森っちていうのやめろ。俺、これでも先生だぞ」
しかも学年主任というまとめ役も引き受けてるはずなのに、なぜだろうか、いっつもこうだ。
春まではちゃんと先生つけてくれるのに、いつの間にかこうなってんだよなぁ。
…舐められてんのか、俺。
「いいじゃん!皆言ってるし、藤森っちノリが良いから友達みたいな感覚になっちゃうんだよね~」
ねーっと他の友達とわいわいしてる。
なーにが、友達みたいな感覚だ!
こっちはもう30超えてんだぞ!
「…たく」
話しやすいからなのかわからないが、俺のところにはクラス、学年問わず生徒がよく相談に来る。
いや、それ自体はありがたいことだとは思っている。
先生方の中には、生徒が全然質問に来てくれなくて拗ねてる人もいるからな。
…問題は内容なのだ。
進路がどうとかそういう話ならいい。
むしろ将来に関わることだから大歓迎なのだが、そんなのは2割くらいで、残りは恋愛話とか、あの子ウザイとか、友達と喧嘩したとかそんな話ばっかり。
慕われてるって言ったらそうなのかもしれないが…。
正直こんなおっさんに恋愛相談して何か解決するのだろうか。
それとも俺もお目目きらきらさせて「告っちゃいなよ~♡」とか言っといたらいいのだろうか。
(……うぇ、想像したら吐き気が…………)
軽く頭を振って吹き飛ばす。
おかげで生徒たちの関係性が自然とわかってしまって気を使うこともちらほら。
てか、なんでもう放課後なのに、女の子達の可愛らしい恋愛相談に乗らないといけないんだ。
俺の問題も片付いてないのに…。
そう、あれから海堂との間に進展は無く。
電話に出ない。LINEも返さない。家に行ってもいない。
もしかしたら居留守を使ってるのかもしれない。
そんな状態だから結局別れる別れない問題は未だに宙ぶらりん状態なのだ。
何気なしに窓の外を見る。
街路樹は赤や黄に彩られていて、空は青から赤紫のグラデーションを描いていた。
この時期になったら、いつも2人で山に行って、海堂が紅葉描くのを横で眺めてたな…。
なんて。
…そんなことを思い出してしまった。
(…まじで、何考えてんだよ、あいつ……)
何かあったら逃げるのはあいつの悪い癖だ。
まあ、いつもなら1-2日経ったらめそめそしながら謝りに俺ん家に来るんだが。
今回はそんな簡単じゃない。
もうすぐ2週間経とうとしているのに、見事に音沙汰無しなのだ。
……やっぱり自然消滅狙ってるのか…………?
「でーどっちが杉田君好きだと思うー?」
生徒の声で、はっと我に返る。
あぁー…そうだ。
まだ俺はくまちゃんに見つめられているんだった…。
「というより告白したら私付き合えるかな!?」
「知らねーよ。杉田って5組のやつだろ?
あいつちゃんとしてるから俺とは進路相談しかしたことないの!」
「えー!それ、私がちゃんとしてないみたいな言い方ー!」
「そうは言ってねーよ」
「じゃあ藤森っち杉田君に私のことどう思ってるか聞いてきてよ!」
なんでそうなる。
「んなもん自分で聞けよ。俺は生徒の恋愛に手は出さない主義なんで」
最終的にそうすぱっと言い切る。
すると、返ってくるのは女子のブーイング。
「藤森っちひどーい!」
「恋のキューピットになったっていいじゃん!」
「それでもうちらの担任かー!」
あぁ、すごく、すごくめんどくせぇ…。
女子の文句を適当に聞き流す。
その時、突然教室の扉がガラッと開いた。
「お疲れ様です。藤森先生……って何やってるんですか…」
「あれ、春日部ちゃんじゃん。お疲れ!」
入ってきたのは俺の後輩の春日部ちゃんだった。
春日部ちゃんはまだ24歳の先生で、泣きほくろが特徴のすごくちゃんとしてるいい子だ。
…ただ、ちょっとあか抜けないというか、ネクタイをきちんと締め、超絶真面目に授業をするものだから、生徒から俺に話しかけづらいって耳打ちされたことがある。
…頑張ってはいるんだけどな。
春日部ちゃんは女子生徒とくまのぬいぐるみに囲まれている俺を見て「うわぁ…」と小声で漏らした。
いや、聞こえてないけど顔にすべて書いてある。
そんな彼の登場にぴたりと女子が鎮まる。
俺は待ってましたというように勢いよく立ち上がり、
「何々?俺に何か用?」
救世主が現れたとばかり、すぐそばまで行って、まるで小動物を愛でるかのようにわしゃわしゃと頭を撫でた。
どんどんボサボサになっていく髪の毛。
「や、やめてください!!訴えますよ!!何度言ったらわかるんですか!!」
結構がちなトーンで怒られる。
俺はえーっと言って離れる。
「別にいいじゃん、これくらい」と言っても「嫌です!」とはっきり断られてしまった。
…残念。
そんなやり取りを見ていた女子はひそひそと
「身長差やばい!春日部先生ちっちゃい!かわいい~」
「春日部先生怒った顔もかわいいー♡私もいじりたーい」
って言ってるのが聞こえた。
…それ、本人の耳に入ったら1週間欠勤するぞ?
「で、何しに来たわけ?」
逃げる口実が早くほしくてニコニコして聞く。
ボサボサになった髪を整えつつ、げっそりした春日部ちゃんが答える。
「校長先生が話があるとのことです」
「……げ。まじか」
期待していた答え以上のものが返ってきてしまい、ため息をついた。
校長。
何を隠そう俺はこの人が苦手だ。
というか、敵わない。そして怒ると怖い。
でも、行かなかったらそれはそれで失礼なので、
「行くかぁ…」
と呟いて頭をかいた。
「えー藤森っち行っちゃうのー?話まだおわってないんだけどぉ」
「せめてどっちの色がいいかだけでも言ってってー!」
女子のブーイングがまた俺を襲う。
そんな彼女たちに俺は最高の笑顔で、
「わりーな!俺、校長先生には逆らえないんだわ!じゃ!」
そう言って教室を出ようとした。
が、出る直前、そうだ!と思いつく。
一緒に教室を出ようとしている春日部ちゃんの両肩を掴むと、生徒たちの方に向かせた。
「あ、続きは春日部先生聞いてくれるってさ!良かったな!」
「え゛っ俺ですか!?」
あまりに突然の無茶振りと完全に巻き添えを食らって信じられない!という顔で俺を見てくる春日部ちゃん。
対して女子生徒たちはきらきらした顔で春日部ちゃんに駆け寄って手を引っ張ってきた。
「えー本当ですかー!?春日部先生普段授業の話しかしてくれないからめっちゃ嬉し-!」
「先生って彼女いるのー?」
「先生あとで一緒に写真撮ろー!」
「ねぇねぇ、私も春日部ちゃんって呼んでもいいー?」
質問攻めにしつつ、きゃいきゃいまた勝手に盛り上がる女子たち。
「藤森先生!?ちょ、待って…藤森先生ぇ------!!」
慌てる春日部ちゃんを身代わりにしてその場を去った。
後日、
『春日部先生が親身になって相談乗ってくれたおかげで無事杉田君と付き合えました♡』
と報告が来た代わりに、しばらく春日部ちゃんが口を聞いてくれなかった。
春日部啓太(24歳)
藤森の高校に勤務するまだまだひよっこの先生。
小柄で性格も真面目で臆病のため、よく先生にも生徒にもいじられて裏で泣いてる。
藤森のことは頼りになる先生だと思ってるが、同時に過剰なスキンシップや適当な性格にストレスをためてることも事実。
ちなみに今作では今後出ません。残念。




