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14/49

きっとお酒のせい

「はぁ、はぁ…着いたぁ!」


息を切らしながらようやく居酒屋に到着。

時計を見る。時刻は20時15分。

…約束の時間過ぎちまった。


店員に名前を伝えると、奥の方の個室に案内された。

これから市ノ宮と飲み会だ。

なんでデートでもないのにわざわざ個室で予約したのかっていうと、市ノ宮は他の人の気配を感じると気が散るんだそうで。

昔から市ノ宮は一匹狼みたいなところはあったけど、どうでもいい人に話を聞かれるのが嫌なんだろうよ。


扉を思いっきり開ける。


「よお!市ノ宮!久しぶり!」


息を弾ませながら元気に声をかける。

すでにタバコを吸っている市ノ宮の姿があった。


仕事終わった後に来てくれたみたいで、スーツを着ている。

庶民の俺から見てもわかるくらい、こんな居酒屋には不釣り合いな良いスーツ。

体系に沿っているからきっとオーダーメイドなんだろう。


(エリートは身だしなみも十分気を使わないといけないから大変だねぇ)


心でそんなことをのんきに考える。


と、市ノ宮の視線が俺を捕らえた。

ゆっくりと瞬きをする姿は品が良く見える。



黒髪に色白の肌。切れ長の瞳にすらっとしたスタイルはずっと変わりなく。

市ノ宮はいわゆる女子が好きそうなタイプの奴だった。


…がんがんタバコを吸うところを除けば。

灰皿を見るともう何本吸ってんだってくらい吸い殻が入っている。

俺が言えることじゃねーけど、こいつ、絶対肺がんで死ぬ。


「わりぃ。遅刻しちゃった」


謝りながら反対側の席に座る。

そんな俺をじっと見つめるエリート君。


すでに何品か頼んでくれていたみたいで料理は運ばれていたが、全く口につけては無いみたいだ。


「藤森…」


市ノ宮が口を開いた。










「遅い」


第一声がそれかよ!





「あ、あのー市ノ宮くん?

普通、久しぶりー!とか、元気にしてたー?とかから入らないかなぁ?

それに遅れたと言っても15分位で…」

「……遅刻は遅刻」


たばこを挟んでいる手で頬杖を突き、ため息をつく。

目は若干怒ってるっぽい。いや、拗ねてるのかな?

どっちしにろ機嫌を損ねているのには間違いない。


「悪かったって。

上司にミスが倍増してるって注意されて帰してもらえなかったんだよ」


そう言い訳しながら玉井先生の顔を思い返す。

相変わらず楽しそうにミスを指摘してくるが、逆にそれが怖い。


「俺、言ったよね」

「え?」

「遅刻したら奢らせるって言ったよね」

「え?」

「せっかく時間に間に合うように上司に頭下げて仕事切り上げてきたのに…」

「…」


市ノ宮はいつの間にか俺から視線をはずしてむすっとしている。

その姿はまるであれだ。

お前は彼氏を困らせるのが好きな彼女か!


「…あ゛ー!わかったよ、奢る奢る!いくらでも奢るから!だからふてくされるなよ。な?」

「………」


ちょっと困ったように笑いながら手を合わせて謝る。


「……」

「……」


そんな俺をちらっと見る。


「別に。あれ、冗談だから。

ところで藤森って軟骨好きだったよね。

冷めないうちに食べたら?」

「冗談かよ!」


俺のつっこみを無視して市ノ宮をから取り皿を渡される。


じゃあなんだったんだよ、さっきのふてくされモードは。

相変わらず意味不明な奴!



市ノ宮は意外にも俺の好物を覚えていてくれてた。

軟骨のからあげ、シーザーサラダ、お茶漬け、長いものチーズ焼き…。

並んだご馳走を見てよだれが垂れそうになる。


「ほら、藤森。乾杯しよ?」


カクテルを持った市ノ宮が微笑んだ。




それからは、しばらく他愛のない話をしていた。

仕事のこと、向こうでの生活、最近どうだとか本当にどうでもいいような話をたくさん。


俺もビールを飲んでほろ酔い状態になっていた。

やべー、こんなに笑って話したの久しぶりかも。楽しいなぁ!


…なーんて思っていたのもつかの間。

あの話題は突然降ってきた。


「そういえば、例の人とはどうなったの」

「でさー…………え?」


………………………。


沈黙が流れる。

市ノ宮はまた新しいタバコにそっと火をつけた。


「は、は?例の人って誰だよ?それよりさ、最近学校の近くに…」

「前好きな人ができたとか言って電話かけてきたよね。あの後どうなったの」


さっきまでおいしく感じたビールから味が消える。

結露ができたグラスみたいに、俺の額から汗が流れた。


「そ、それは……べ、別にどーなっててもいいじゃん?こんな話しても楽しくねーし!な?」


無理に笑顔を作って冷静さを装ってみる。

でも声が震えていたのは自分でもわかった。

せっかく、話題にならないように避けて喋ってたのに…!


すると相手は目を閉じながら息をふぅっと静かに吐き出した。

そして腕を組んで、


「ねえ、こっちが早朝の時に乙女みたいに電話かけてきたの誰だっけ」

「うっ」

「その時、聞いてあげたの誰だっけ」

「そ、それは……」

「俺、聞く権利あると思うけど?どう思う藤森くん?」

「………………」


静かに目を開けた。

どんどん言いくるめられて、何も言葉が出てこない。


しばらく固まって時間が流れた。







「…。…………。……………。

……あーはいはい!盛大に振られましたよ!…ったく、これで満足かよ」


降参してやけくそで吐き出す。

そして残っているビールを一気に飲み干した。


それを聞いた市ノ宮はおもしろいことを聞いたとばかりに、にやっと口角を上げた。


「何、告白したの?」

「ま…まあ…あいつが泣くことあって…それで、つい…成り行きで……」


その時の光景がフラッシュバックされる。

海堂がどしゃぶりのなか俺の家に来てくれたのが嬉しかったこと。

彼女との間に亀裂が入って胸が高鳴ったこと。

勢いに任せて想いを伝えたこと。

そして。



嫌われたこと。


胸がずきんと痛んだ。今でも海堂のあの怖がっている顔が浮かんでくる。


「…は、ははっ!ほら!なんも面白くねえ!あ!てかお前たばこばっかで全然飲んでねーじゃん!

ほら、カクテルなんてかわいいもんだけじゃなくて、今夜は飲んでもっと楽しい話を……」


とりきりの笑顔を作って大声で笑う。

そしてビール瓶を持って市ノ宮のコップに持っていこうと……











ぱた。




手の甲に雫が落ちた。


ぱたぱたと何度も零れ落ちる。


…気が付いたら泣いていた。


「あ、あれ…?」

「藤森?」


市ノ宮が珍しく目を見開いた。

俺は動揺する。


「あっと、はは、なんかゴミでも入ったかなぁ?10秒待ってろ。今止めるし……」


手の甲でグイっと目を擦る。

でも、一向に止まる気配のない涙。


止まらない、止まらない……っ。






「…………まじで好きだったんだよ」


ぽつりと呟いた。


「今まで誰も本気で好きになったことなんて無かったのに、海堂の笑顔見たら、表裏無くていい奴だなーって思ったんだ。

こいつといたら絶対幸せになれるって、本気で思ったんだよぉ…」


手で口を覆う。

どんなに塞いだって嗚咽が漏れる。

涙が手をつたって、テーブルに水たまりをつくっていった。



想うだけなら簡単だ。好きになるだけなら誰にでもできる。

だけど叶わなかった。


相手は普通に異性が好きな人間で。

俺とは全く真逆の人間で。

想いが届く確率がずっと低いことなんてわかりきっていたことなのに。


「こんな泣き顔見せるためにお前に会ったわけじゃねーのにな…。

あーもう!これどうやって止めりゃいいんだよ…!」


下を向いて市ノ宮に顔を見せないようにする。

こんなみっともない姿、これ以上見せたくない。


せっかく久しぶりに会ったのに…耐えられない…。




しばらく俺の嗚咽だけが響き渡る。

市ノ宮は黙ったまま。

タバコを吸う音さえ聞こえない。




ふと、市ノ宮がタバコを消す音が聞こえた。


立ち上がって足音が近づいてくる。


そう思っていたら、






「…………!」


頬に柔らかいものが当たった。

目だけ横を見る。

そこには瞳を閉じて俺の頬に口づけする市ノ宮の姿があった。

ふわりと、今までタバコを吸っていたとは思えない不思議な甘い香りがした。


「い、市ノ宮…?…ぅっ」


そのまま舌で涙を舐めとられる。

ぬめりと肌の上を動く感覚に思わず小さく声を出してしまった。



「ちょっ市ノ宮!」


驚いて顔を上げた俺に、市ノ宮は耳元で囁いた。







「ねぇ、今夜やります?」

「………………へ?」


目を丸くして市ノ宮を見る。

市ノ宮の口元はうっすらと弧を描いていた。


「お…お前、何言って…っ」

「だって落ち込んでるから慰めようと思って」


そう言って俺に跨る。

そして、じっと俺の瞳をのぞき込んできた。

瞬きすらしないその黒い瞳に吸い込まれそうになる。

目が、離せない…。


「……ま、待てよ!そういうのはもう卒業と同時にやめるって話に…」


慌てて顔を逸らそうとする。

これ以上見つめていたら、相手のペースに乗せられる。

そう直感的に思った。


でもそれを市ノ宮は許してくれなかった。

きれいな手が俺の両頬を撫でてもう一度視線を合わせられる。


「…………っ、い、市ノ…」


市ノ宮が俺を壁に押し付けるように体重をかけてきた。


「でも断る理由もないんじゃない?」

「そ、それは………」


それ以上言葉が続かなかった。

こいつが言ったことを否定できない。


市ノ宮がこつんとおでこをくっつけてきた。


「…………っ」


やばい、どんどん頭が働かなくなる。

溶かされる。体が疼く。鼓動がうるさい。


そうだ、ビールをたくさん飲んだから。

きっと、お酒のせいだ。全部、全部そうに決まってる…。


だけど、触れてくる唇が、手が。


市ノ宮の体温が、熱い………。




涙で赤くなった目をそっと閉じてしまった。

そして、その時を待っていたかのように唇が触れ合う。


「………ん…」


本当に軽く優しく触れただけ。

でもその時間がずっと長く感じた。


柔らかい。落ち着く。

それに、なんだか、すごく懐かしい…感じ…。


ちゅっと小さく音がして唇が離れる。

そのまま市ノ宮は俺をぎゅっと抱きしめ、頭を撫でてくれた。


「それに、このままじゃ辛いのは藤森でしょ」

「そう、だ、けど……」


おとなしく撫でられる。

抵抗なんてする気になれなかった。


そう、そうだよ市ノ宮…。

もう、何も思い出したくなかった。

全部、忘れたかった…。


それ以上何も言わない俺の耳元でふふっと静かに笑った後、


「安心して」








「藤森の事は誰よりも知っているから」




そう言って、市ノ宮は優しく微笑んだ。












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