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9 責任の所在




 母に言われたこと。その言葉が頭にこびりついて離れない。


『あなたはよくできる頭のいい子、私によく似てうまくやると思っていたのに……恥ずかしい。とんだ期待はずれだったわ』


 幻滅したような眼でマルガリータを見下ろして母はそう吐き捨てた。


 その言葉に全身の血が沸騰したような心地だった。母でなく友人だったら頬をはたいていたと思う。


 それでもマルガリータは、計画的にではなかったけれど、この国で容姿、魔法、財産、王族の次に完璧な上級貴族令嬢のサンドラから婚約者を奪い取ってやったのだ。


 アントンの家はカルティア公爵家からの持参金を当てにしているような経済状況だが腐っても侯爵家、格上の跡取り息子に嫁いだ玉のこし。


 友人たちからも一目置かれて、これからの社交界も楽しくなる予定だった。

 

 ……そのはずだったのに。


『親身に話を聞いて、心配して、どうにか二人が別れられるように手を回していた私の気持ちがわかりますか?』


 つい先日まで親友だった彼女の顔が頭にこびりついていて離れない。


『たしかに、ライネ様は意図もわからないし、口を開きません。多くの人間があなたの言ったことをしそうだと思わせるだけの状況がそろっていました』


 怒りと憎しみがにじみ出ているような強い瞳、マルガリータは何も言えずに、お詫びのお菓子をただ持ったまま、玄関ポーチに突っ立っていた。


 手紙の返信が無くなったので怒っているのだろうと思い、気軽な気持ちで謝罪に来たのに、エントランスにも入れてもらえず、なすすべがない。


『それでも、やって良いことと悪いことがあるでしょう? 私を思い通りに利用して自分は賢い人間にでもなったと思い込んでいたのですか?』


 そんな怒った様子の彼女に、マルガリータは傷ついていないフリをして薄ら笑みを浮かべた。


『他人を馬鹿にするのもいい加減にしてください。もう二度と関わらないで、さようなら』


 ぱたりと屋敷の扉は閉じられ、腹が立って持ってきたお菓子をその場にたたきつけて帰宅した。


 それからずっとふと思い出しては腹が立って仕方がない。


 けれども、体裁の為にと親がライネに婚約破棄を申し込んだせいで、このままタウンハウスに引きこもっていることもできない。


 まずはアントンにきちんと婚約を結んでもらわなければ大損だ。


 重たい体を引きずって彼の元へとやってきた。


「ああ、来たか。聞いてくれマルガリータ、父も使用人も何も俺のことをわかってくれない。俺がどれだけあの女に苦しめられていたのか!」


 彼の部屋へと入ると、赤ら顔の彼がでてきてすぐそばに寄ってきた。


 そしてマルガリータの肩を抱く彼からは酒の匂いがして、ぞっとする。


 こんな日の高いうちからこんなになるまで飲むなんて、まるでこれではマルガリータが流した噂の中のライネの様である。


 怠惰で、内弁慶で、覚えたばかりの酒を煽り暴力をふるう、そんなふうにライネのことを広めていた。


 本当はただの無害で、男らしさのかけらもない残念で醜い男だ。


 しかし、そんな残念な男でも他国との国境にあるパーシヴィルタ辺境伯家の跡取り。


 輸入品に掛けた関税が主な収入源であり、安定的でどこよりも優雅な生活がおくれる。そのはずだった。そうなるはずだった。


「それなのに、あの女に対する謝罪の言葉を考えつくまで俺は屋敷から出るなと言う! ああ、忌々しい、そもそも謝るとしたらサンドラが俺に謝るべきだ! 俺がどんなに恥をかいたか!」

「……」

「聞いてるのか! マルガリータ、こんなに俺が思い悩んでいるのに、んっ、ほかのことを考えて悪いやつめ!」

「んっ、ま、やめっ」


 怒鳴り声のような大きな声に体がびくりと反応する。


 唇を重ねられて、アルコールの香りでこちらまで酔ってしまいそうだ。


「はぁっ、これで分かったか? わかったらベッドで俺を慰めてくれ、俺の女なんだからそれが役目だろ?」


 問いかけられて、マルガリータはひどく腑に落ちない気持ちになる。


 そもそもこの人がもっとうまくやっていればサンドラの怒りを買って、マルガリータたちの関係が公になることは無かった。


 彼のせいでこうなっているといっても過言ではない。


 その手を軽く払って、マルガリータはこれからの関係を考えて口にした。


「傷ついてるのはわかるけど、正直言って、謝った方がいいんじゃない? っていうか、私たち結婚するんだから、これらのことを考えてこんな外聞の悪いは生活やめてよ」

「は?」

「だからぁ、私だって傷ついてるし、でもあなたがやったことで━━━━ぐっ」


 マルガリータが説教するように言うと、彼は目の色を変えてマルガリータの細い首をひっつかんでぐぐぐっ、と力を込めた。


「ぐっ、うぅっ」

「女のくせに、女のくせに、生意気言いやがって! お前だけは可愛いがってやろうと思っていたのに!! 俺を馬鹿にしやがってぇ!!」


 唾を飛ばして顔を真っ赤にして怒る彼は正気を失っているように見える。


 叫び声も上げられずに、マルガリータは必死になって彼の腕をひっかいて、死に物狂いで逃げ出した。


 あんなに愛おしかったアントンはもうどこにもいない。強引で男らしくて、そんなところが素敵だと思っていたのに、プライドのへし折れた彼は凶暴で女を見下した化け物になってしまったらしい。


 これはもう外に出さない方がいいと思う。


 そして同時になぜこんなふうになったのかと考えて、それもこれもライネのせいだと思う。


 あの男が、きちんとした醜くない、男らしい人だったらよかったのだ。


 だからすべて、マルガリータがこんなに惨めな思いをしているのも、母や友人から見捨てられたのも彼のせいだ。


 そう思うことでしか平常心を保てなかった。




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