8 協力
しばらくともに過ごしてみると彼は驚くほど穏やかな人種で、サンドラは何と無しに聞いた。
「……ライネ」
「はい、あ、先ほどとは違う鳥がきました。尾が長い鳥ですね」
「あら、珍しいですわ。……それは置いておいて、あなた水の魔法を持っているのではなくて?」
問いかけて紅茶を一口飲む。すると彼はとても平然と「はい」と答える。
そうだと思ったのだ。サンドラは火の魔法を持っているし大体貴族は持っている魔法の属性によって人柄がわかったりする。
……そういうことなら、ライネが何も仕返しをしないのも当然と言えば当然ですわね。水の魔法は癒しの魔法、持っている貴族は優しい人がおおいもの。
それに加えてその外見の問題もあったのだろう。
マルガリータの流した噂を聞く前の段階でも、彼と仲のいい友人の話など聞いたことがなかった。
人と違うその姿に、両親は多くの人に関わらせずすべてを決めることにしていたという説が濃厚だ。
……ただ、もう成人していますわよね。親に干渉されて言いなりになる時期ではありませんわ。
これからは、新しい婚約者を探すためにもライネは自分の悪いイメージを払拭して、きちんと自分のことをアピールしなければなりません。
せっかく、マルガリータのような女性と別れることができたんですもの。お互いに笑い話にするために、友人としても協力することはやぶさかではありませんのよ。
そう結論付けた。
しかし、サンドラがじっと見ていたからだろう。ライネはその視線に気が付いて、顔を隠すように反射的に俯いた。
……それにしても、大の大人がこんなふうにしていたら、周りの人間も、何か後ろめたいことがあるかと考えるかもしれませんわ。
「もしかして、痣のことが気になっていますか?」
彼はおずおずと問いかけてくる。たしかに痣も見ていたが考えごとをしていただけだ。しかし、話してくれるのならば聞いてみたい。
「……気にはなりますわ。噂の真偽も、実のところ、黒魔法由来の呪いではないのでしょう? 見たいと言ったら不躾かしら」
「いいえ……サンドラ様の望みなら、問題ありません。……というか、ついはしゃいでしまいました。自分はただ謝罪の意を伝えに来ただけだというのに」
デリケートな部分なので少し気を使って問いかけると、彼は少し気落ちした様子でさらに猫背が酷くなってサンドラよりも小さくなった。
それからさらりと前髪をよけて、額が露出する。やはりサンドラの見立て通り、恐ろしい黒魔法の呪いなどではなく普通の生まれついての痣のように見える。
その部分が青紫なだけだ。先ほどの青い鳥のように、緑にも紫にも見えるような煌めく色合いだったら面白いし、忌避などされなかっただろうと考えた。
「……」
「魔法の相性があるとは言え、カルティア公爵家の炎の魔法を使う騎士たちには助けられていますから」
彼らの領地は王都から遠く国境ということもあって多くの魔物が出る。しかし、パーシヴィルタ辺境伯家の血筋は戦闘力の低い水の魔法が多い。
という事で、近隣領地であるカルティア公爵家はその分家からおおく輩出されている炎の魔法を使う騎士を派遣し、彼らを助けている。
「だからこそ、ご迷惑をかけたからには許しをいただくまでは屋敷に戻ることは許さないと母に言われてしまいました」
視線を伏せてそう言う彼は目元だけでも優しい印象を受ける、伏せられたまつ毛が影を落とす。
鼻筋が通っていて男前というよりも、綺麗な顔立ちと言った方がしっくりくる。
痣があってもなくてもサンドラとは違ってきつくない良い顔立ちだ。
「……剛毅なことをいうお母さまですわ」
いくら家系全体にかかわることだとしても、跡取り息子にそんなことをいう母も珍しいのでそう返した。すると少し困ったように笑みを浮かべて彼は言った。
「母も、心配していたのだと思います。なのでこうしてサンドラ様に許していただけて助かりました。それなのに温情を向けられたことを忘れて対等なような気分になって……」
彼の言葉はなんだか変な方向へと向いて、サンドラは少し首をかしげる。
「申し訳ありません。そろそろ失礼しようかと思います。今後とも、良い関係を結んでくださると嬉しいです」
笑みを浮かべて勝手に締めに入ったライネに、サンドラは目をぱちぱちとさせて、改めて言った。
「だから許す許さないの話だけではありませんわ。ライネ」
「……」
「笑い話にしたいんですの。こうして話をして、あなたという人を知って、さらにこのまましておくつもりはなくなりましたわ」
「……どういうことでしょうか」
「あなたが不幸なままでは、あの浮気女……もといマルガリータの思うツボ、それにわたくし暇なんですの。見ての通り。ライネ」
「はい」
「だからまた来てください。今度は楽器を持って。そしてゆくゆくはあんな出来事はくだらなかったと言えるようになるために友人として協力しましょう?」
サンドラは強気に笑みを浮かべて手を差し出す。
「……友人……ですか」
彼は友人という言葉に反応して、恐る恐る聞いてきた。
「ご迷惑ではありませんか。自分がサンドラ様のような見目の美しい方と親しくなるなど……」
「わたくしが誘っているのに、拒絶するのかしら?」
面倒な心配事をする彼に、サンドラは少し苛立ち瞳をぎらつかせて小首をかしげて聞いてみた。
するとライネは途端に青くなって頭を振って「滅相もないです」と小動物のように答えて手を取った。
初めからそういえばいいのだ、もちろん嫌なら嫌と言えばいい。
素直なとこは素直な癖に、卑屈な部分は面倒くさくて思い通りにならない。
それが少し苛立たしくも、アントンに対するのは何か違う感情を持っていた。
「なら、わたくしたちは友人よ。お互い悪意に屈することなく蹴散らしてやりましょう」
お互い婚約者から向けられた悪意、同じ状況にいたからこそ、お互いを鼓舞するためにそういった。
しかしライネはとてもそうできなさそうな情けない返事をしてきて、サンドラはこの人は本当に大丈夫かと思ったのだった。