7 美しさ 短編版を読んだからはこちらからどうぞ。
ガゼボは庭園の屋敷から一番離れた位置にあり、天気の悪い日なんかは流石にここまでやってくるのもおっくうになる。
それに雨の日は鳥は餌を取りに来ない、なのでサンドラがここに来るのはもっぱら天気の良い日ばかりだ。
今日もさわやかなそよ風が吹いていて心地の良い日差しが二人を照らしている。
「随分と離れた場所にあるのですね」
ライネは不思議そうな顔をしつつもついてきて、ガゼボの中のテーブルセットに腰かける。
先ほどまでいた場所なので、軽くお茶をすることができる程度の準備は整っており、すぐに侍女が彼をもてなした。
侍女に小さくお礼を言うライネに、サンドラは自慢げに屋敷とは反対側の森の方へを指した。
「野鳥の餌台を設置してあるんですの。ここは観察用に立ててもらった場所ですのよ」
「鳥がお好きなのですか」
「ええ。鳥も好きですわ。猫も兎も、草花もあの子たちはただ物静かで無駄な行動はしないでしょう? 見ていると心が落ち着きますの」
問われてサンドラはあまり人に話したことがなかった理由を口にした。
彼が気に入ったとか、何故だかひどく好感を持ったとかそういうことではない。
そんなにロマンチックな話ではなく、単に、こうして彼は謝りに来た立場でそれを利用して引き込んだからには、滅多なことを言わないだろうと踏んだからだ。
自分の大切な趣味は否定されたくないが、あまり喜ばれるようなものでもない、けれども一人ぼっちで楽しむには少し寂しいそんな矛盾した気持ちから出た行動だった。
もちろん、あからさまに興味がないという態度を取られれば、早く本題に入ることもやぶさかではない。
けれども、ここで話をするからには少しぐらいは可愛い小鳥を共に眺めてくれてもいいではないか……とも思う。
彼の様子をうかがうが長い前髪で目元が見えないせいで、何を考えているかよくわからない。
しばらくすると彼の口は小さく弧を描いた。
「特別で素敵な趣味をお持ちなんですね。うらやましいです。自分はとてもつまらない人間ですので、尊敬します」
「……」
さらりと揺れる銀髪の隙間から綺麗な琥珀色の瞳がのぞいて、初めて目があった気がする。
そして嫌味ではなく、悪意もなく純粋な好意を持ってその言葉を言ってくれたことをなんとなく悟った。
しかし、自分をそんなふうに言うなんてよっぽど無趣味なのだろうか。
あまりに何も興味を持てないようなら一度、診てもらった方がいい。
「ライネには趣味がないんですの?」
「そういうわけではありませんが……特技になるようなものでも、珍しいものでもありません」
つい指摘すると彼は、言いづらそうにそう口にした。
それにますます、サンドラは意味が分からない。趣味に良いも悪いも無いだろう。自分やりたいからやるそれが大切なのだ。価値など端からない。
一般的に女性が趣味とするべきとされている物に関しては、仕事として接しているし。
「意味が分かりませんわ。好きなものは人それぞれでしょう。あなたが好んでやっているのならそれに良いも悪いもありません。何をするんですの?」
「……が、楽器と読書を」
「あら、では今度聞かせてくださいませ」
「披露できるような技術は無く、うまくもありませんので……」
「うまくなくてもいいんですの。わたくしの趣味も尊重してくれたのだから同じようにしたいのです」
「わかりました。今度、機会があれば」
「ええ、約束です。なら今はわたくしの趣味の時間ですわね?」
「はい」
「あっ……ほらやってきましたわ。そっと、そっと見るのですよ。逃げてしまいますから」
「わ、わかりました。そっと、ですね……」
横目で確認すると、小さな青い鳥が餌台に止まって入っている木の実をつついている。
小鳥はちょこまか動いて警戒心が強く、意識を向けると飛び去ってしまうことが多い。
それにお姉さまたちも、ほかの貴族のお友達も、動物を見ると触りたい、飼いたいと言い出す。
その原因は貴族の前に出される動物は人慣れしている愛嬌を振りまく生き物ばかりだからだ。それ以外の野生動物を知らない。
だからこそ、彼らに配慮が出来ない。
知り合いをここに呼んでみても、サンドラの制止を聞かずに「おいで~」と声をかけたり、お菓子などを使っておびき寄せようとする。
なのでとりあえずサンドラの忠告を聞いてくれた彼に素直に好感を持った。
……それから、多分……素直というか、純真ですの?
そう思ったのは、サンドラの忠告を真に受けすぎて、目を細めて首をすくめどうにか小鳥を逃がさないようにスローモーションで動いていたからだ。
「……っ、ふ……ふふっ」
「あ、見えました。サンドラ様。青いですね」
つい、サンドラは笑ってしまって、咄嗟に口元を抑える。
それほどまでに、そっと見なくとも大丈夫だ。
見えるけれども、ひどく警戒されるような距離ではない。
……それに、青いって……ほかにもっと感想があるでしょう?
彼の言葉にもサンドラは普段ならおかしく思わないのに面白くなる。
ただ、出会って間もない彼を、サンドラの忠告を真面目に聞いてくれたという理由で笑うのはいけないこと。
そう思ってなんとか堪えていると、彼はまたそっとサンドラの方を見てこっそりと声を潜めていった。
「青は青でも、緑にも紫にも見える美しい羽をしていませんか? 綺麗な鳥ですね」
まるで初めてその鳥を見たかのように言う彼の目は、穏やかに細められている。どこにでもいて、あたりまえに見かけることのある鳥なのに、とても嬉しそうだ。
たいして珍しいものが見られるわけではないのだなと退屈な顔をするでもなく、寄ってこないのなら可愛くもないと言うのでもない、その反応は初めてされた。
彼があまりにも、大人の貴族らしい穿った見方も、プライドも、取り繕った仕草もなく言うものだから、打算もなしに彼に同意した。
「そうでしょう? 当たり前に見る鳥でも、知ろうとして見れば美しさを見出せますの」
勢いに任せて前のめりになって、なんだか自然と笑っていた。彼は驚きつつも小さく頷いたのだった。