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5 悪意





「じゃあ、わたくしからも可笑しな話を一つ、させてくださいませ」


 いつもは自分から話題を振ることがないサンドラの言葉に、必然的に誰も口を挟まずに視線を向ける。


 朗らかなパーティーの雰囲気とは違って、この場だけは妙な緊張感が走っていた。


「とある、男の話ですわ。親の決めた婚約がある貴族の彼は、婚約者を不満に思っていたんですの」


 彼らは合いの手を入れることなく話に耳を傾ける。


 しかし、サンドラはアントンと同じように笑みを浮かべて、さもそれが面白可笑しいことかのように少しテンションを高く続ける。


「やれ、目つきがきつい所が嫌いだの。やれ、プライドが高い所が腹立たしいだの。陰では悪口放題。ついには良い仲の別の令嬢と浮気を始めたわ」

「……浮気……ですか」

「ええ、そう。もちろん、親の決めた婚約だものそういうことだってあるでしょう。わたくしだってそれほど心の狭い女ではありませんわ」

「まぁ、そうだよな」

「仕方ないことですわ」


 彼らは、段々とサンドラの話に反応を示す。


 おおむねここまでの話は納得感があることで多くの場合、たくさんの貴族が当たる問題だ。


 そして浮気ぐらいは許すことが多い。


 しかし、問題の本質はそこではない。


「でもその男、親の決めた婚約は金銭的に得があるから良い関係のフリをするにしても、婚約者の女に腹が立って、陰湿で滑稽なことをし始めたんですの。どんなことだと思います?」

「……婚約者に出す食事をまずくしたり?」

「それは、陰湿ですね。でも違いますわ」

「では、陰でドレスを汚してほくそ笑んでいたとか」

「それも、陰湿ですが、不正解ですのよ」

「なら、何をしていたんですの?」


 彼らの出した答えにサンドラは、それはそれですごく嫌だなと思ったが、それは置いておいて、やっと来た質問に満を持して答えた。


「それが何と、婚約者の失敗談をみんなの前で執拗に披露することでしたわ」

「……えっと……それって……」

「まさか……」


 彼らの視線はアントンに向き、彼は動揺して隣で小さく身じろぎした。


「笑い話のフリをして、心の中では悪意を込めて……しかし婚約者にはバレないように褒めたりしながら、せこせこ貶す。なんとも滑稽で可笑しな話でしょう? わたくしはもうその男の小ささが可笑しくて、可笑しくて」

「でも、ひどいですわ。そこまでされたらわたくし許せない」

「……それも、そうね」

「たしかに、随分小さい男だ」


 この話が誰のことかわかっていない察しの悪い令嬢が、話の中の女に同情するようなことを言うと、それに続いて同意が集まる。

 

 そして話の中の男に対するヘイトも集まる。


 すると、貴族令嬢、令息たちの中から、最後にぽつりと声が上がった。


「それで、面白いお話は終わりですか? そうするとあまりにも婚約者が可哀想ですね」


 たしかにこれでは、ただのひどい話で面白いことなど何もない。


 まだこの話には続きがある。


「終わりではありませんわ。まだ続きがありますの」


 サンドラは優しげな笑みを浮かべて、聞いてきた彼に視線を向ける。


「その男は、浮気をしていると言ったでしょう。その浮気相手も、男に倣って親に決められた婚約者を悪く言ってストレスを発散することにしたの。婚約者の容姿をなじったり、悲しんでいるフリをして悪い噂を流したり」


 そこまで言うと、事前に流されていた、マルガリータとアントンの噂が頭の中でつながったらしく、彼らはハッとした顔をする。


「二人して婚約者を貶しているものだから、きっとすぐに世間にその浮気な関係がばれますわ。そして貶していた人物から施しを受ける、しょうもない男と女、そんなふうに思われる」

「自業自得ですわね」

「ええ、そうよ。それが嫌なら筋を通して、婚約破棄をすればいい。むしろそうするべきですわ。だってそうでなければあまりに滑稽で、間抜けで可笑しいでしょう? その男は」


 サンドラが言うと「っ、このっ!」っと隣からアントンが堪えられなかったような声を出して手をあげようとする。


 しかし、激情に駆られていたとしても周りの目を気にする余裕はあったらしく、拳を握って、ぶるぶると震えながら何か言葉を考えている様子だった。


「あら、何を怒っているのかしら。誰とも知れない男の話よ? それとも、もしかしてこれはあなたの話?」

「なっ、そ、そんなわけないだろう。俺は、そんなもの知るわけ」

「そうでしょうね。こんなに無様で滑稽な失敗談、大勢の前で話されたら当人は恥ずかしくてたまら無いはずですもの。きっと赤の他人の話ですわ、だから皆さま、遠慮なく笑ってくださいませ。しょうもない男のくだらない笑い話を」


 アントンに向けてサンドラは言う。


 この状況で、彼はこの話を否定することができない。否定することは自分の話だということも同然で、意地でもこんな話を認めたくないだろう。


 しかし顔を真っ赤にして怒っている彼は、当事者そのものですと言っているようなものだ。否定せずとも隠せてなどいないのに堪えるその様子、その間抜けさがさらに可笑しくてサンドラはくすくすと笑った。


 するとつられたように、一人、また一人と、嘲笑するような空気が生まれる。


「っ、浮気ぐらいなんだ! 誰だってそのぐらいしてるだろう!」

「ふふっ、そうは言っても、ねぇ?」

「そうだな、くくっ、誰のこととは言っていないし」


 自分のこととは言わず、しかし馬鹿にされないようにアントンは言葉を紡ぐ。


 しかしそんな言葉は、届かない。


「俺は、ただサンドラも喜んでいると思って、こいつの話をだなっ」

「あら、数十分前の記憶もないみたい、ふふふっ」

「呆れてしまうな……ははっ」


 いつの間にか普段いる貴族令嬢、令息ではなく、それ以外の同世代の貴族たちも話を聞いていたようで、口々に彼を笑う。


「っ、っ~、どいつもこいつも! もういい! 俺は先に帰らせてもらう」


 これ以上自分に出来ることがないと気が付いたアントンは、勢いよく立ち上がって、彼らを自分から見切ったような言葉を放って急ぎ足で去っていく。


 焦っているせいか彼はソファーの角に当たって少しふらつき「見世物じゃないぞ!」と捨て台詞を吐いて、バタバタと去っていく。


 その様子を見てサンドラは、満足げに笑みを浮かべて、いつ耐え切れなくなって婚約破棄を申し込んでくるかと楽しみにしたのだった。






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