電子書籍化記念ショートストーリー「独占欲」
ライネはとにもかくにも真面目な人だ。
もちろん、サンドラだって、そんなことは知っていたけれどこうしてライネのそばで生活をしてみるとそう強く思った。
それを思い知った理由はいくつかある。
ライネは若くして爵位を継承して、領地経営面では今までの家臣たちがきちんと勤めてくれていて問題はない。けれど懸念点もありそれは若いゆえの侮りとやっかみだと考えていた。
しかし、蓋を開けてみれば、ライネは意外と誰とでも友好的な関係を結ぶことができる人だった。
人の顔と名前、好きなもの嫌いなものをよく覚えて、とにかく嫌味を言われても文句を言われても真摯に接する。
はじめは妬みを持っていた人だって、何度か接するうちに、どんどんと打ち解けてライネは社交界でもきちんと居場所を作り周囲に溶け込んでいる。
たまにネガティブなところがあるけれど、それだって人を不快にさせるレベルのものではない。
むしろ歳を取った貴族たちからは、若くして力を手に入れても謙虚だ、見習うべき若者だという評価を得ることが多い。
それらは大体彼の、真面目さというものがあるからなせるものであり、サンドラは改めてそれを実感していたというわけだった。
しかし多くの人がライネを認めてくれるのは嬉しいけれど、同時にサンドラは自分だけしか知らなかった秘密の場所が、観光地みたいに知れ渡ったみたいな気持ちだった。
つまりは、簡単に言えばそれは独占欲のようなものだった。
ライネの良さを多くの人が認めるのは嬉しいけれど、サンドラだけが知っている部分がすくなくなってしまった。
それが、どうにももやもやして、不機嫌に目を細めて紅茶を飲む。
ライネは、急ぎ返信が必要な手紙を書いていて、休日だというのにソファではなく机に向かっていた。
もちろん、柔軟な対応は大切なことだし、サンドラだってそのぐらいで気分を害したりはしない。
けれども、ライネを他人に取られることに敏感になっている今のサンドラには少々不服だった。
手紙を書き終えて戻ってきたライネは「失礼しました。せっかくの休日なのに」とサンドラに優しげにいって向かいのソファに戻ろうとする。
しかし、サンドラは不機嫌な声で彼に言った。
「ねぇ、ライネ」
「は、はい」
「あなたの席は今日はここにしましょう」
そう言って、隣をぽんぽんと叩いた。
ライネはサンドラがそう言うと、その言葉よりも、声音に反応して、少し不安そうにした。
それから手紙を優先したことがそれほどサンドラを怒らせたのかと困り果てて、そろりと隣にやってきて座った。
「……」
「……」
サンドラはライネを隣に座らせたが、なにを言うわけでもなく、ただ静かに紅茶を飲んだ。
サンドラ自身、正直なところなにをどうしたら自分の欲求が満たされるのかよくわかっていない。
けれども、もやもやしている。
だから不機嫌に紅茶を飲むだけだった。
「手紙を優先してしまって、申し訳ありません。次からは、このようなことはないようにします」
そんな様子のサンドラに、ライネは機嫌を取るように言ったが、サンドラはぐっと目を細めてさらに眉間に皺を寄せる。
「……いいえ、そういうことではありませんわ。領主としての重要なお仕事ですもの、自分を優先されなかったことを理由に機嫌が悪くなっているというわけではありませんの」
「……では、僕はそれ以外になにかしてしまったでしょうか」
ライネは不安そうに問いかける。
それにサンドラは紅茶を置いてすぐに言った。
「あ、あなたは悪くないことですのよ。わたくしの方こそ、謝らなくてはならないわね。……勝手に不機嫌になってあなたに気を遣わせるだけのつもりは……ありませんでしたの」
ソファの座面に手をついて、ライネを見上げてサンドラは少し困った顔をした。
「ただここ最近、あなたのわたくしだけが知っていた部分……真面目で人がいい所とか、仕事ができるところとか、素敵なところが多くの人に知られて評価され出して…………変な気持ちですわ」
「変な気持ち……ですか」
「ええ、そう。端的に言うと……ただの独占欲ですわ。だからなんとなくそばに来てほしいと言っただけですの」
そうしてサンドラは素直にライネに自分の感情を伝えた。
隣に来るように言ったのは、不機嫌をわかってもらって威圧感を与えるためなんかではない。
ただ単に、そうしたら良くなるかと思ってそうしただけだ。
実際は、ならなかったわけだが、それだけだ。
そしてサンドラは困っている。どうしたらこの気持ちが晴れるのかよくわからない。
だからライネに頼るような気持ちだった。
ライネは言われて、瞳をパチパチと瞬かせる。
それから、サンドラと同じように困った顔をした。
「それは……たしかに困りましたね。サンドラが不快に思っているなら、僕は変えたいと思いますし」
「……」
「でも、以前のように顔を隠して誰ともまともに関係を築かないように戻したら、辺境伯として不適格と判断されるかもしれませんし、それでは今のサンドラとの生活が脅かされるかもしれません」
ライネは考えつつも言葉にしていく。
「自分としても、サンドラとの生活のために自分をより良く見せる努力をしているつもりです。それが、虚勢で、ハリボテで本来の僕はただの卑屈な人間だとしても、サンドラのそばを勝ち取るために、そうしています」
「……」
「僕は、あなたとの今がなにより大切なものですから、頑張っていた……つもりなんですが、それがあなたを不快にさせる理由になっているのならば、考え直す必要がありますよね」
ライネはそうして結局、困り果てた。
しかしサンドラは、ライネの考えを聞いているうちに、簡単に心が晴れていた。
答えは単純、サンドラのためにこうしている、という彼の考えが聞けたからだった。
ライネが多くの人によって認められることに対する喜びよりも、サンドラと共にいるために手を尽くすことの方が勝っていて、重要視している。そう言ってくれた。
それが意図せずとても簡単にサンドラの心を満たしたのだ。
「……」
「どうしましょうか、あなたが悲しんでいるのなら本末転倒ですし……」
「……」
考え込むライネの顔を見て、サンドラは先ほどとは打って変わって、満たされた気持ちで笑みを浮かべて目を細めていた。
「なにか、サンドラに策があればお聞きした……いん、ですが」
ライネは顔を上げるとサンドラの表情の変化に気が付いて、語尾が変なイントネーションになっていた。
そして首をかしげる。
「……サンドラ?」
「ふふっ、ねぇ、ライネ」
「はい」
「わたくしのためにあなたは頑張ってくれているんですの」
「……押し付けがましい言葉になってしまっていましたか?」
「いいえ、それがとても嬉しくて、独占なんてしなくてもあなたはわたくし一筋だとわかったからもういいんですの」
ころりと機嫌を変えて、サンドラはいつもより上機嫌だった。
そんな様子に、ライネは唖然としていた。
しかし、なにがなにやらわからないけれどサンドラがいいならそれでいいと思った。
なんせ、社交界の多くの人に認められて立場を手に入れる高揚感よりも、ずっと大切な人である。その人が喜んでくれるならそれ以上のことなどない。
「あなたはとても素敵な人ですわ。たくさんの人に知らしめたいぐらい」
サンドラはニコリと笑みを浮かべて、ライネの頬に触れた。
ライネに好かれているという圧倒的な自信と、素敵な人だと自慢したい気持ちの方がずっと大きくなっていく。
これからはライネが称賛されている場に出くわしたら、サンドラの方もライネがどんなにサンドラのことを大切にしてくれるいい人かを、自慢しようと思ったのだった。
お世話になっております、ぽんぽこ狸です。
本日「笑い話に悪意を込めて」が電子書籍化しました!
タイトルは「浮気されたおかげで幸せになりました~元婚約者のことなど笑い話にしてやります~」となっております。
電子書籍版はより読みやすいように改稿を重ね、書き下ろしも追加させていただきました。
表紙もとても美麗にかいていただきとても素敵に仕上がりました。
こうして電子書籍化できたのは、読者の皆様の応援あってこそだと思います。
改めて、いつもありがとうございます。これからも、読者様の期待に応えられるよう、日々努力して行きたいと思っています。
購入については下記のリンクから、販売サイトに飛べますのでどうぞ。
https://www.cmoa.jp/title/1101492763/
以上です。ぽんぽこ狸でした。




