その後の二人 3
サンドラはいつもの様子でベッドの淵に腰かけていた。
カーテンはあけられていて眩しい朝日が差し込んでいる。
あんなに夜更かしをしたというのに、彼女はいつも日が昇るころには起きて、きっちりと服を着こんでライネのことを寝坊助だと笑う。
今日もおなじだけれど、彼女の頬には昨日の夜に自分で塗ったアイシャドウがかすれて残っており、昨日の情事を思い出させてライネは乙女のように顔を赤くして手で隠す。
「……そういえば聞き損ねたのだけど、どうして急に魅力的になりたいなんて思ったんですの?」
サンドラは首をひねってライネに問いかける。起き上がってライネはそう言われてみればなんでだったかと思考を巡らせた。
「結局、誘惑していたわけではないのでしょう?」
それは事実だ。
……たしか……。
「サンドラと僕のなれそめを聞いたリアムが、思いを抱いたのが早くないかといったからです」
「それがどうして、あんなジャケットを着ることになったのかしら」
「……それで、サンドラは案外惚れっぽいのかもしれないと疑念が浮かんだからです。だってそうでなければ僕のような男にあなたのような女性が靡くなど不思議で」
怒られるかもしれなかったけれどライネは正直に口にした。下手に隠して見破られては情けない。
「だから、少しでも長くあなたの心を射止めて置けるように、魅力的になろうとリアムと計画したのですが、空振りでした」
「そういうことでしたの」
「はい」
「……」
説明をし終えると、サンドラは少し考えて、ライネに目線を向ける。
けれどもやっぱり熟考して、その間にベッドから降りようかと考えたが、それと同じぐらいのタイミングで彼女は思い立ったように言った。
「……そうねぇ、意地になった部分もあったのよ。あなたが、思ったよりもずっと卑屈で、あなたのことを低く見積もっているから、いじになって好意的なことを言ったのかも」
……では、僕に情を向けてくれたのは僕が卑屈だったからということでしょうか?
「それで意地になって、あなたの継母よりも優先してくれて然るべき相手になろうとして、そうしたらいつの間にか言っていたわ。お嫁に貰って欲しいって」
……母上のおかげ、ともいうのでしょうか?
彼女の言葉では、ライネの持つどの部分を強化すればサンドラはずっと自分を見ていてくれるのかわからずに難しい顔をした。
「たしかに、わたくしは惚れやすいのかしら。簡単な女と言われたら腹が立つけれど、すぐにあなたに落ちたのだから事実は変わりませんわね」
最終的に、惚れやすいということを認めたサンドラに、ライネはそれではやはりリアムが言っていた通りなのかと思う。
もっと自分を磨いて、彼女にとって魅力的で居続けなければならないのかもしれない。
そう考えて、あまりの自信の無さに俯いてしまったライネに、ぎしりとベッドをきしませて、サンドラがそばに寄った。
「でももう、きっと今のわたくしは、難攻不落ですわ。誰にも落とせない」
「……どういう意味でしょうか」
小さな彼女の手が背中に回って抱き寄せられる。きちんとドレスを着ている彼女を引き寄せて、同じベッドの中に引き戻してしまいたいような不安な気持ちだった。
「だって、わたくしの好みは酷く狭くなったから。まず、素直で、純真でしょう?」
優しい声が耳元で響く、鈴がなるみたいに可愛い声。
「それから優しいことでしょう。あとは強いこと、それからわたくしを想ってくれること」
彼女の好みに、ライネはとてもじゃないがきっちり当てはまっていない。それが苦しくて体を少し離してサンドラを見た。
「それから愛らしいことと……あと、額に痣があることと、髪がきれいにサラサラなのと、瞳が琥珀色なこと、もっともっとあるけれど、つまりはあなたということ」
優しく細められた彼女の瞳は朝日を吸い込んでキラキラ輝く。
彼女の姉上たちが言うように、その姿はまさしく天使みたいで、思わず息をのんだ。
「あなた以外に惚れたりできませんわ。ライネ。いらない心配などしなくていいのよ。わたくしの最愛の人なのだから」
「……はい。……っ」
手にすることが申し訳ないぐらいのライネには有り余る人。
それなのに、最近は手を伸ばすことをやめられない、手放すには惜しすぎる。嫌がられていないか細心の注意を払いつつ、ゆっくりと唇を重ねる。
心臓が破裂しそうで、涙が出そうで、嬉しいのに苦しい。
そっと離れるとサンドラは、小さく微笑んだのだった。




