その後の二人 2
サンドラは、ライネが着ているみょうちきりんなジャケットを見て、毒があるぞとアピールするように派手な色を纏っている昆虫みたいだと思った。
……簡単に手を出したら怪我をするぜという意味?
首をかしげてナッツを口に入れる。それからワインを傾けた。
あれ以来、サンドラは葡萄酒に凝っている。土地によってさまざまな味わいを持つ葡萄酒はボトルを一つ開けるごとに違った顔を見せて、その違いを楽しむことがツウっぽくて良い。
なんだかとても大人な女性になった気分だった。
だからこうして夜更かしすると決めた日には、一本開けて適当に飲む。
今日は月に一度あるかないかのそんなたまの夜更かしの日なのだが、ライネは変なジャケットを羽織っていた。
そういえばよく思い出してみると、実家に帰ったお土産に、とお姉さまたちからもらったお菓子をリアムの元へと届けたら、彼はこんなことを言っていた。
『お兄さまの新しいジャケット、僕も一緒に見立てたんだよ!』
彼はニコニコしながらそう言って来て、いつそれを見られる時が来るかと思っていたら今日のことで、しかしながらあまりにも派手であり、普段の服とはまるで系統が違う。
……僕も……ということはライネとリアムの二人で選んだということですわね。
それでこれということは……。
「ライネ」
「は、はいっ」
「あなた、いつもの服は誰の見立てなの?」
「ハーヴィーが見立ててくださっています」
「そう……そうねぇ」
彼の普段着は、彼に似合うような上品でかっちりしたフォーマルな服装が多い。
無駄にぎらつかずに上品に高級感を出しているのでライネにぴったりだ。
だからこそ当人たちで、選んだものがその系統から大きく外れているという可能性は大いにある。
端的に言うと奇抜なセンスをしているということだ。
しかし、生き物として考えると、纏う色というのはその生き物の生態を表しているといっても過言ではない。
毒のある生き物はその色で自分を捕食しない方が身のためだと警告するし、ライネもそういう警告を発することによって身を守ろうとしているのかもしれない。
それに社交界で着た場合にはたしかに身を守ることが出来そうではある。
……ああでも、実際には派手で毒がある色に見えるけれども、毒がある生物を真似して虎の威を借る狐のごとく身を守る生き物もいるらしいですわ。
彼が派手な格好をしている場合、中身が伴わないのでそういう生体の方が近いのだ。
……もしくは、鳥のオスのように女性に魅力的に思われたいからという可能性もあるのかしら。
鳥のオスは派手な方がモテる場合がある。
それは派手な色でも生き残れる生存能力をアピールするためだったり、派手な色ほど健康状態がいいことが多いだとかそういう理由がある。
なににせよ、こうして二人で夜を過ごすときにこれを着込んだということは、サンドラに何かを想ってもらうためにわざわざ派手になったらしい。
そう思うと、どういう意図があったとしてもいじらしくて可愛らしい。
なればこそ、サンドラはその意図を正しく知って正しく反応を示したい。
にっこり笑って聞いてみた。
「……それで、何を目的にあなたはそれを着ているのかしら」
「よ、より、魅力的に思ってもらうためでしょうか。サンドラに……」
間接照明が彼の顔を照らしていて少し頬が赤い。
……鳥類の方が正解でしたわね。
彼のことなどこれ以上に無いほどにサンドラは魅力的だと思ってるのだが、どうやらその上を目指すつもりらしい。
「たしかに、生存能力は高そうですけれど……ふふっ」
「似合いませんか」
「似合っているとはいいがたいですわ」
「や、やっぱりですか。選んだときはすごくよく見えたんですが、実際着てみると、服に着られているみたいで、いつものハーヴィーが選んでくれている服が恋しいです」
彼はサンドラの言葉に、ジャケットの襟をつかんで、いそいそと脱ぎだす。
もちろん彼がこれをばっちり似合っていると思って、これからもそうするのだというのなら、南国の鳥みたいで面白いなとサンドラは思った。
けれども彼はいつもの可愛いだけの小鳥に戻るらしい。
すっかり脱いでしまえばいつもの彼で、丁寧にたたんでソファーの上に置いたそれを見てサンドラははたと思い立った。
「リアムにも申し訳ないです。せっかく僕の為に気を使ってくれたというのに……このままではだめかもしれません」
落ち込んだように言う彼をしり目にサンドラは立ち上がって、自分の鏡台の方へと向かい、先日貰った面白い品を手に取って彼のそばに戻る。
たしかに、今回の彼の衣装は似合っているとは言えないし、派手さで魅力的に見せたかった思惑も、サンドラの好みの派手さではないので失敗に終わったと言っていい。
けれども、そういうふうに彼が魅力的に思われたいと思ったことについて、サンドラはうれしい。
だからこそ願いを叶えてやろうと思ったのだ。
袋の中からコロンとしている小さな貝殻の入れ物を取り出して、革紐で縛ってある布を外す。
「何かダメかは知りませんけれど、魅力的になりたかったのでしょう?」
「……はい」
「なら、丁度いいものがありますわ。本当は夜会につけていって皆を驚かせようと思っていましたけれど、雄が着飾る方が一般的ですもの」
「え……と、オス?」
「ええ」
そこにはメイクに使うアイシャドウとして作られた特別製のクリームが入っており、指に塗り付けてライネに見せるように自分の頬に線を引くように塗る。
「それに、いつだか言ったでしょう? 野鳥の観察をしていた時、紫にも緑にも見えるようなキラキラした色をしていたら面白いって、そうしたら派手で素敵だなと思いますのよ」
「……あの時の鳥の色に、似ていますね」
サンドラの頬を見てライネは驚いた様子で言う。
サンドラはそんな彼に近づくためにお構いなしにソファーの座面に膝を乗せて、彼の顔をガシリとつかんで上を向かせた。
「綺麗でしょう、同じ原理で発色しているラメが入っていますの。夜会でよくともに過ごす友人がわたくしの話を聞いて作ってくださったのよ」
ライネの痣の件に関して聞かれた時に、友人にもライネに言ったように口にしたのだ。するとそれは面白いと彼女は思い立ち、商品化に向けて動いている。
というわけでその開発に一役買ったサンドラに一番に試供品をくれたのだ。
さりげなくメイクに取り入れて、注目の的になろうと考えていたけれど今日のライネにはピッタリだろう。
「だからこうして……ふふっ、可愛い、キラキラですわ」
「……そうですか?」
「ええ、とっても素敵」
ライネの額の痣を縁取るように小指でラメを伸ばしていく。全面に塗ったっていいけれど、それでは少し派手すぎるかもしれないからこのぐらいにしておこう。
こうするだけで、ライネは十分魅力的だ。美しい羽根を持つ小鳥みたいで可愛らしい。
サンドラは少し酔った頭でぺろりと舌なめずりをして、ライネの腿の上に手を置いて深く唇を重ねる。
「っ、ン……っ、は……んん」
手を彼の後頭部に回してぐっと引き寄せて、驚いて肩をすくめるその様子を心地よく感じる。
どうしていつもそんなに驚いて緊張するのだろう。
それに今日に関しては、明らかに誘っていたではないか。
「っ……あの、酔っているみたいですし、今日は……」
「誘ったのは……あなたでしょう? 派手な格好をして誘惑しようとしたのではなくて?」
「へ?」
「好きよ。ライネ」
サンドラは目を細めて、また彼の口を封じるみたいにキスをした。
その様子にライネは必死になってどういうことかと考える。
しかしよくわからずに考えているうちに、頭がパンクしそうだった。
ただとにかく思ったのは、無理に派手な格好をしたり、とんちきなことは下手にサンドラの前ではしないようにしようと思ったのだった。




