その後の二人 1
ライネはリアムに言われて瞳を瞬いた。
「サンドラ様はどうしてお兄さまを好いたんだろうね」
彼の言葉は決して嫌味などではなく、本当に単純に、疑問に思った様子でライネに問いかけた。
「それは……ある種同情のような気持ちから、愛着がわいたのではないでしょうか」
「たしかになれそめを聞いた感じだとそうかなとは思うけど、早くない?」
「早い……とは」
「だから、同情から愛情になるのが。慰めの言葉が愛の言葉になるのが早いよね」
リアムはフォークでケーキのてっぺんに乗っているイチゴをさして口に運ぶ。
彼はとにもかくにもこの世で一番好きなものは甘いもの、という子供らしい感性を持っている。
しかし食べられるケーキは一日ひとつだけと自身で決めているらしく、もっぱら兄弟でお茶会を開いているこの時間は、その一日ひとつの時間なので幸せそうだった。
そして彼が聞きたがるのでライネは、丁寧にサンドラとのなれそめを話す時間なのだが、おおむね聞いたあたりでライネはふと疑問を持って問いかけた。
……たしかに、あって間もなくのうちにサンドラは僕に興味を示してくれましたし、今思うと不思議です。
その時の自分に好ましく思われるような要素があったかといわれると非常に厳しい問題である。
今こそ、普通の人間のように、背筋を伸ばしてきちんとしているがあの時のライネは陰気な幽霊の様だった。
「……その通りですね」
「だよね。お兄さまからの話だと話を聞いただけだと、なんだかサンドラ様って困ってる人がいたら問答無用で助けたくなっちゃうスーパーヒーローみたいだもん」
ニコニコしながらリアムは続けて、クリームを掬って口に運んだ。
「……」
……困っている人がいたら助けたくなってしまう……それは……まぁ事実ではあると思います。
ライネは肯定しながらも窓の外を眺めた。
彼女は今日もガセボの中にいる。しかしそのガゼボも彼女の姿もここからでは見ることが出来ない。
なんせ、そのガゼボの周りにはたくさんの木が生い茂っており、王都のような都会にもいる小鳥たちの憩いの場になっているからだ。
そこには小さな餌台といくつかの鳥小屋があり、サンドラがこの家に嫁入りした際に特別に増築した区画である。
王都の中でも比較的外れの方にタウンハウスがあったことから庭園の増築は簡単だったが、しばらくは野生の動物は寄り付かず、何か間違えたかとライネはとても焦った。
しかし、しばらくすればやってくるようになるというサンドラの言葉通りになり、彼女は暇があればあの場所で静かに過ごしている。
だからこそ姿が見えずともあのもさもさと木が生えている様子を見るだけでライネはサンドラを思い出せるのである。
「こほんっ、ライネ様、リアム様、私も話に混じっても構いませんか」
ふと視線をあげると、めずらしいことにハーヴィーが話したそうにうずうずとしている。
もちろん、構わないと頷くと、彼は使用人然ときちんと背筋を正して立ったまま「私が思うに」とサンドラがライネを想う気持ちの自分なりの解釈を言う。
「自身と同じように、婚約者を失った親近感が肝だったのではないかと考えています」
「うん?」
「ライネ様もサンドラ様もあの時、同じ心の傷を抱えていた、だからこそ同情から好意に変わるまでが早かったのでは」
ハーヴィーはいつになく生き生きとした様子だ。
そういえば出会ったばかりの頃、馬車の中でも彼はチャンスだと言って、サンドラからの好意にいち早く気が付いてライネに助言をくれた。
ライネはノーマのことも鑑みると可能性はないし、それに恐れ多くてそんなふうに見るのは失礼だと返した気がする。
「それにリュートを演奏している姿を見て、ライネ様の真面目な気質を感じ取ったのかもしれません」
「ああ、お兄さまって割とマメだもんね」
「ええ、それにサンドラ様はあの時、社交界への参加を控えていましたから、必然的にライネ様との交流がより楽しい時だったのかもしれません」
彼は次から次に、考察を述べていき、ノーマがいた時には彼もとても静かだったのだが、あの頃からたくさんのことをライネの為を想って考えてくれていたのだなと思う。
今こそこうして当たり前のように、リアムやハーヴィーそれから屋敷に務めている事務官や、侍女たちと言葉を交わすことが当たり前になっているが、そんな当たり前のことですらノーマがいた時にはできなかった。
彼ともっと交流を持っていたら、また何か変わった道筋をたどっていたのかもしれない。
そんなふうに思った。
「そうなんだ。そういわれてみると、普通の恋愛って感じだよね。でもなんか引っかかるんだよね。同情からくる施しだけで愛着を持って……とも、同じ傷を持っているからっていう親近感だけってのじゃあ、僕はしっくりこないな」
しかし、リアムは完全にハーヴィーの言葉には納得せずに首をひねる。
ライネはそういうことだったのかと思ったけれど、彼は未だに引っかかっているようで、思わずリアムに問いかけた。
「では、何かリアムの中で有力な説があるのでしょうか」
「うん……うーん、サンドラ様に聞いてみないとわからないけど、今の感じだと、僕の中では……」
彼は少し言いづらそうに視線をライネやハーヴィーに向けて、しばらく悩んだ後、ケーキの最後の一口をぱくりと口にして、投げやりに言った。
「惚れっぽいのかなって……もちろん、悪いふうに言いたいんじゃないよ。サンドラ様に感謝してる。あの人いい人だよ。でも……なんでお兄さまだったんだろうって考えたら、そうかなって」
リアムの言葉にライネは頭が真っ白になってまた卑屈な思考が顔を出す。
……その可能性も大いにありますよね。もちろんああして出会ったならだれでもよかったとは言いませんが……僕じゃなくても……。
「ごめん……また言わなくてもいいこと、言っちゃった。違うんだよ。ただ、そう! これからも目移りされないようにお兄さまがかっこよければいいんだよ!」
……目移り……。
リアムの言葉が正しいのならば、そういう可能性だって十二分にある。
だからこそ前向きにこれからも彼女を愛してと考えられればいいのだが、うまく心は切り替えられない。
しかし、せっかくライネの為を想って考えてくれたのに、ずんと落ち込んでしまったらリアムに悪い。
「はい。み、魅力的な男を目指します」
「うん! とりあえず高級なジャケットでも買ってみる?」
「それで、サンドラの心を射止められるなら……」
「今のままで十分、サンドラ様はライネ様を魅力的に感じていると思いますが……」
ハーヴィーは二人が妙な方向にやる気を出そうとしている様子をみて、それだけは間違いがないことをいう。
しかし、その声は二人には届かずに、ライネのクローゼットにギラギラと輝くジャケットが一枚増えることになったのだった。




