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【本編完結】笑い話に悪意を込めて  作者: ぽんぽこ狸


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45/48

45 強さ




 帰りの馬車の中、ライネは甲斐甲斐しくサンドラを介抱していた。


 お水を手渡したり、気持ちが悪くない確認したりとそわそわしている。


 そんな甲斐甲斐しい様子の彼にサンドラは、そんなにしなくてもいいのにと思いながらごとごと揺れる馬車の背もたれに身を預けていた。


 ……相変わらず優しいですわね。


 ゆったりとまどろみながらそう考える。


 小さな魔力式のランタンの明かりが揺れていて、彼の銀髪はキラキラと輝いている。


「なにか、とろんとしていますね。珍しく夜会に長居するとおっしゃったので、そういうつもりなのだとは思いましたが、実際にこうなっていると少し心配です」


 そういう彼は一滴も口にしていないらしく、普段とは違って彼の方がしゃっきりしている。


 その違いにも少し非日常感があって少し気分が高揚して、感慨深い気持ちになった。


 ……出会った時はあんなに自信なさげで、卑屈で、仕方のない人だと思いましたのに、今はわたくしの立派な旦那様ですもの。


 人って変わるものなのね。


 物思いにふけって、彼の言葉に笑みを返す。


「サンドラ、大丈夫ですか。顔も赤いです」


 ……でも、素直で純真なところは変わっていない、わたくしの可愛い人。


 ライネは心配そうにしているのに、愛おしい気持ちがあふれてきて、酔って熱いからだからふうと、息を吐きだす。


 ふと手が延ばされてサンドラの頬に触れる。


 彼から触ってくるなんて珍しい。こう言った愛情表現はサンドラの専売特許だというのに。


 ……けれどこれは、いい変化なのかしら。


 サンドラはいつもライネのことを大切だ、好きだと言ってたくさん触れる。けれども彼はそれを受け入れるばかりで自分からは触れてこない。


 それは、根本的に残っている彼の卑屈な部分からくるものではないかと想像しているのだ。


 心の中では自分は醜い存在でそんなふうに求めるように触れることは許されていないとまだどこかで思っていそうである。


 ノーマにきちんと決別を告げた時にも、話をしていたのは自分がいかに苦しい目に遭って、それに対する正当な処罰だと主張するのではなく、あくまでサンドラを主軸にして、サンドラが望む自分をという旨のことを言っていた。


 彼が幸せになるための原動力はサンドラがそうする方が喜ぶからだと定義図けている様な気がする。


 だからこそ、こうして自分から触れて、あくまで対等で当たり前にそばにいて普通のことだと彼が認識を改め始めているのだったらいいなと考えた。


 彼の頬に触れている手に自分の手を添えて、その手のひらから伝わる彼の存在を確認した。


「……サンドラ?」


 ライネは行動の意味が理解できなかったのか問いかけてくる。


 彼の心配そうな目を見つめていると、ふいに視界にキラキラとした水滴が移って、頭の中のくらくらする感覚が弱まった。


 光を反射して煌めくそれは、しゅわしゅわと泡立つように消えていく。


 魔力の光をはらんでいて美しい光景だった。


「魔法を使った?」

 

 初めて受けたその癒しに、サンドラは瞳を瞬いて問いかける。するとライネは小さく頷いて、補足するように言う。


「自分以外を癒したことは無かったのですが……うまく出来ていますか」

「ええ、とても。すごくうまいのね」

「そう言っていただけて良かったです。長年、使って慣れていた甲斐がありました」


 彼の言葉に、ノーマや、マルガリータそれ以外にもサンドラの知らないところで彼はどれだけ傷つけられたのだろうと思う。


 多くの痛みを経験して、苦しんで、それでも彼はサンドラをうまく癒すことができて、そうしていた甲斐があったと言ってしまう。


 ……そう言えるのって、簡単なことじゃないわ。


 じっと耐えて、自分で自分を癒して、誰の不幸を望まずに生きてきた。


 身近な人の善意を信じて、悪意にさらされてもまっすぐに、そんなふうに生きられる人間は多くない。


 ……水の魔法を持つ人間は、気弱で優しげなところがある。でも、それと同時に強いのね。だから優しい、人を癒せる。彼は、弱い人ではないのですわ。


 出会った時のサンドラでは気付かなかった一つの側面だ。なにもサンドラのようにわかりやすく行動できるだけが人の持つ強さじゃない。


 長年、光ることのなかったその彼の側面は、これからはきっと多くの者を照らすことができるだろう。

 

 サンドラが傷ついても悪意にさらされても、彼がいればきっと大丈夫だ。


 傷ついた小鳥も彼がいれば、とても早く飛び立てる。


 ……そういうことが出来る人をわたくしは心のどこかで望んでいたのかしら。


 だからこうして、些細なきっかけで出会うことができたのかしら。


 ただの偶然かもしれない、でもそういう出会ったことが心の底から良かったと思える出会いこそが、運命なんてものなのかもしれませんわ。


「……あの時、アントンがマルガリータと浮気をしていてよかった」

「はい……?」

「あの時、彼の悪意を知ってよかった。あの時、仕返しに燃えてよかった。……だって全部あなたに会うために必要だったのだもの。今思うと嬉しいわ」


 彼はキョトンとして、サンドラは彼の手を両手で握って、おっとりわらう。


 少ししてから、ライネはとても簡単そうにサンドラに返す。


「僕も、全部よかったです。全部……本当にすべて、よかった。あなたにこんなふうに言ってもらえて、こうして愛していただけているのですから」

「そう言える、あなたの強さも、弱さも、優しさも、醜いと言われているところも、綺麗な部分も愛おしいわ」


 彼の言葉がうれしくてサンドラは勢いのまま本音を言う。


 けれども、少し気恥しくなって、少しおどけた。


「なんて、少しまだ酔いが残っているのかも」

「そうですか? 僕はサンドラの愛の言葉がいつでも嬉しいです。心に響いてぽかぽかします」

「……直球ね」

「はい。たくさん伝えていきたいです。どんなにあなたに救われたのか」


 そろそろこんな甘ったるい雰囲気をやめて、明日のことでも話をしようと思って切り替えたのに、ライネはサンドラの様子など気にも留めずに次々に甘ったるい言葉を吐く。


「愛しています。そうすることが許されて、触れ合えて……明日死んでも文句などないほどに幸福です」


 甘ったるいのに、少しネガティブでサンドラは少し笑った。


 彼らしい甘い言葉と、優しい時間に身をゆだねて、二人は同じ屋敷に戻りこれからも幸福な時を紡いでいくのだった。







本編はこれにて完結になります。 最後まで読んでいただきありがとうございました。


下の☆☆☆☆☆で評価、またはブクマなどをしてくださると、とても励みになります!


今後はちょっとしたその後のショートストーリをアップ……するかもしれないといった感じです。


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