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【本編完結】笑い話に悪意を込めて  作者: ぽんぽこ狸


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44/48

44 社交界





 姓が変わったサンドラだったが、さほど以前の生活とは変わらない。朝起きれば散歩をして、勉強をしたり仕事をしたり、もちろん辺境伯夫人としての社交も行うが、時間的な負担は少ない。


 むしろ夜会に出た時に男性たちに囲まれることが無くなったのでより効率的に動くことができている。


 そしてその余った時間を使ってサンドラは多くのことに協力してくれた令嬢たちとともに過ごすことにしていた。


 彼女たちの多くは善良で、サンドラもともにいて心地がいいし、もし彼女たちのうちの誰かがいつかのライネやサンドラのように悪意にさらされていたら守ることが出来る。


 出来るかぎり、サンドラは周りの人間が幸福であったならいいなと思っているので適度に気を配っていた。


 そんな中、気分が向いたのでサンドラは夜会の夜が深い時間、気まぐれにお酒を口にしてみた。


 鼻から抜けるアルコールの香りに頭がくらくらするみたいで少し気分がいい。


「だから、こんなにつらいのだからもう別れてしまおうかって話をしているんですの。どんなに愛し合っても……報われないのなら……」


 一人の令嬢が寄った勢いに乗って苦しげに言葉を吐いている。話の内容は認められない身分差の愛について。


「そんなの悲しいじゃないですの! 誰しも大切な人と想い合う権利はあります! 二人で駆け落ちをしてでも添い遂げるべきですわ」


 一人の令嬢がそう返し、夜会の席には美しいワルツの音色が流れている。


 生演奏の一人一人が奏でる音色にはいったいどんな思いが込められているのだろう。


 飾られた花たちも美しく咲きほこり、手折られてしまったことは不憫だけれど美しいことに変わりはない。


 悩まし気な彼女たちも無垢で可愛らしい小鳥に見えた。


「いえ、そうはいきませんよ。だってわたくしたちには持って生まれた義務があるのよ。それを共有できない男の人なんて一緒に居てもつらいだけよ。別れるべきだわ」


 また別の意見が出て、小鳥たちは首をひねる。


 彼女たちは真偽の分からない噂話に興じるときもあるけれど、悪意があった時、それに気が付いたとき、悪いことだったと認められる技量がある。


 この社交界も人の悪意にまみれただけのものではない。


 だからいつかのあの時よりも、少しだけ好感を持ってこの場に居られる。


 サンドラはこの居場所も嫌いではない。


 ふと相談をしていた令嬢は視線をあげて、サンドラに問いかけた。


「……サンドラ様はどうお考えですか。愛の力で、彼を変えて邪悪な継母から救い出し辺境伯夫人となったサンドラ様のお話を聞きたいですわ」


 そう彼女が言うと視線が集まり、サンドラはワインをくゆらせて、笑みを浮かべる。


「たしかに色々ありましたわ。でも大層なことなどしていませんもの」

「でも、性格の悪い婚約者のことをあんなふうに笑い話にして語ることができて、仲睦まじい家庭を築いているじゃあありませんか、それはすごいことです」

「……笑い話……」


 愛の力云々、辺境伯夫人になったという点については結果としてそうなったというだけでサンドラが何か特別なことをしたというわけではない。


 ただ、その笑い話という点においては、思うところ……というか言えることはある。


「……そうねぇ、過去にそんなこともあったなと笑えるようになること、確かにそれだけはわたくしがやったことですわ」


 ソファーに手をついて、黒髪を耳にかける。


 彼女たちはサンドラの言葉に耳を傾ける、こうして注目されて話をするのはアントンに仕返しをしたとき以来だ。

 

 ただみんな何かサンドラがとんでもない極意でも言うのかとこちらを見ているけれど、当たり前のことぐらいしか言いようがない。


 笑い話にすることはすんなりとはいかなくて、スッキリ完全に決着がつくまで紆余曲折あった。


 だから一概にこうすればいいともいえないのが事実、経験をしてみても難しい。


 けれど最低限、やらなければならないこともある、向き合ってそれらに真摯で居れば、いつかはそうなるだろう。


「でも、それもわたくしだけではできなかった。変えていこうと思う心があって、そうしたいと思ってくれる当事者がいて、善良な周りの人間がいて初めて、過去にできる」

「……」

「一つ目は、自分自身、二つ目はお相手、三つ目は周囲、三つ目だけは案外どういう状況でも善意を持っている人はいますの。だから信じて、あなたも、相手を、他人を。きっとあなたが怠らなければいつかいい方向に向かいますわ」


 鼓舞するように見つめて言う。


 どういうふうにするとしても自分自身の自由だ。だからこそ望んだからには大切にして叶えて欲しい。望んでいればいつか笑える日は来るのだから大丈夫だ。


 すると彼女はほっとしたように微笑んで、胸元で手を握って、呟くように返事をした。


 大変だろう。けれども、折れそうな彼女が真に言って欲しかった言葉を言えたならよかったと思う。


 夜は更けていく、明るいシャンデリアの元で貴族たちの社会は回っていくのだった。





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