42 門出
サンドラは、少し空いた時間に手紙を読んでいた。それはマルガリータのその後について、被害者であるライネに報告があったらしく、その情報共有の手紙だった。
忙しい間にもきちんとこうして前に手紙を送ってきてくれるところも彼のいいところだと思いながら内容を確認する。
バージルは無事に、罪に問われて禁固刑が言い渡されており、幽閉されている。しかし結局マルガリータは罪には問われたものの罰金で済ませる程度に落ち着いた。
もちろん安い金額ではない。アントンがカルティア公爵家に支払った金額よりも多い金額を慰謝料や罰金として収めることになりカルペラ伯爵家の経済状況はもはや火の車だ。
そんな状況で、醜聞の根源であり貰い手の無いマルガリータは、カルペラ伯爵家で養い続けることは不可能ということになり、国王陛下からの圧力もあり貴族ではない相手の元へと嫁に出すことになったのだそうだ。
そしてこれ以上の迷惑をたくさんの人に掛けないように、領地内できちんと見張り、もう二度と彼らの領地に足を運ばない限りは関わることもなくて済みそうだ。
『彼女が自分の犯した罪や、今までを振り返って、思い直す機会になれば良いなと思います』
ライネはそんなふうに締めくくっていて、サンドラは、少し呆れたような気持ちになる。
……散々な目に遭わされたというのに、改心を望んであげるなんてやっぱり優しすぎますわ。……ざまぁみろ。わたくしが思うのはそれだけですのよ。
心の中で彼にそう返しつつも、彼のことを見直した一面もあったことを思い出す。
サンドラがリアムの真意を確認しに行ったとき、彼は、サンドラに頼らずに母と決別するために行動を起こしていた。
リアムに事情を説明し、ライネに対して酷い言葉を言ったことを謝罪して和解した後、ライネ達の残った応接室へと向った。
すると話し合う声が聞こえてきて入ることは憚られた。
しかし、何かしらの情報収集に使えるだろうと考えて持ってきていた壁の向こうの会話を聞ける魔法道具をつかって扉越しに話を聞くことに成功。
一つしか持っていなかったのでリアムと交互につかった。
そこで聞いた彼のはっきりとした意見と言葉に、今までの彼と接した時間のすべてが無駄ではなかったことを知った。
ライネはいつだってサンドラに対してとても真摯に向き合って、自分の状況を乗り越えて応えてくれる。その素直さや真面目さが彼の一番の魅力と言っていいだろう。
途中でリアムが問題になりそうなときに行動に出た時には驚いたが、結局カルティア公爵家や、パーシヴィルタ辺境伯家のおじい様、おばあ様がライネの後ろ盾となり、彼は爵位を継承することになった。
ライネの父はそうして立場を追われても、ノーマときちんと離縁することによって、今までと同じような生活を保証する。
そういう契約となり、ノーマは実家へと戻された。出戻りの彼女の生活についてはサンドラやライネの知るところではないが、社交界ではライネをいじめていた継母としての噂が広まっている。
その事実を悔やんでか彼女はあれ以降、社交界にも一切顔を出さずに、まるで気配もない。
リアム曰く、プライドが高く案外打たれ弱いので、舞い戻ってくるようなことはないだろうとのことだ。
ライネを虐げていた彼女などそのまま弱って二度と回復しなければいいとサンドラは呪いのように願って置くことにする。
「お嬢様、馬車の準備が整ったようです」
するとルイーズに声をかけられてサンドラは、ぱっと顔をあげる。
そして手紙は丁寧にしまってルイーズに手渡して腰を上げた。
「では、参りましょうか」
「はい」
必要な荷物はこれで最後だ。準備が整うまでの間、暇するだろうと思っていたので残しておいたのだ。
長年住んでいたサンドラの部屋はがらりとしていて、ほかに娯楽などはない。
お気に入りのベッドも、可愛い鏡台も、昆虫の標本もすべて運び出されて移動済みだ。
あとはサンドラがこの部屋から出るだけ。いつかこんな日が来ることはわかっていたけれど、特にサンドラは寂しくなかった。
好きなものはすべて持っていけるし、思い出だってサンドラの心の中にきちんとある。
だから寂しくない。
エントランスへと向かうと、三人のお姉さまたち全員とフィランダーが見送りに出てきており、サンドラが向かうと笑みを浮かべて、お姉さまたちは口々に言った。
「何かあったら、すぐに連絡するのよ! サンドラ! わたくしの可愛い妹!」
「そうですわ、わたくしの可愛い天使! 嫌なことがあったらお姉さまにすぐに話しなさい何とかして見せるもの」
「喧嘩をしたらわたくしのところに来てもいいのよ! 美味しいお菓子をたくさん用意してあげるから!」
「ふふっ、頼りになるお姉さまたちですわ」
彼女たちはいつもと変わらない様子でサンドラに頼ってほしいとアピールする。
その暑苦しくも、嬉しい思いやりにサンドラは笑みをこぼして、湿っぽい門出にならなくてよかったと思う。
彼女たち三人とも泣いてしまったらサンドラも少し心が揺れてしまっただろうから、いつでも帰ってきていいと言ってくれるその気遣いが嬉しい。
「行ってらっしゃい、サンドラ。愛しているわ」
レイラがそう言って軽い抱擁を交わす。三人と別れの挨拶をして、サンドラは最後に父と向き合った。
すると彼は、眉間にしわを寄せてサンドラを見つめて、何かお小言でも言うのかと思えば「うっ」と小さく呻いて額を抑える。
……まさか、お父さまの方が感極まるなんて……いつもは逆なのに、可笑しいですの。
お姉さまたちの方が感情が豊かでフィランダーはいつも傍観しているのに、今日ばかりは違ったらしい。
「またすぐに会いに来ますわ。もう、情けないですわね」
「歳のせいだ、涙腺が緩くなっていかん」
歳のせいにしてそんなことを言う父をサンドラは力いっぱい抱きしめて、身を翻す。
あまりこの場でグダグダとしていても意味などない。さくっと別れてまた来ればいい。どうせすぐに会いに来られる場所に住んでいるのだから、寂しくなんてない。
「……あちらであまり迷惑をかけないようにな、サンドラ」
「わかっていますわ。それじゃあ、皆」
軽やかに扉に向かいながらサンドラは彼らに手を振った。
父はやっぱり小言を言って、今回ばかりはそれを胸に止めて、サンドラは言った。
「行ってきます」
今日、サンドラはこの屋敷を出て名実ともによその人間になる。
婿をもらったレイラ、爵位取得の為に結婚を先送りにしているユスティーナ、年下婚約者を待っているラウラ。
お姉さまたちを差し置いて一番最初に家を出る。
けれども、彼女たちはそんなことにとらわれない愛情を持っているし、サンドラも持っている、だからこそくよくよした気持ちなどこれっぽっちだって無かった。




