41 ノーマ
もっと早くに正気を失って、事件になるかと思っていたが彼女はぎょろぎょろと視線を動かして考えている。
ライネや、リアムに対して好き放題に暴れていたのは、自分よりもずっと力のない相手だという慢心があったからかもしれない。
「…………」
暴れて言うことを聞かせられる相手にはそうして、そうでない相手を連れて来れば話が出来るだなんて知らなかった。なんだか不思議な気分だ。
「……じゃ、じゃあいいのね?」
なにかを思いついたらしいノーマは、余裕を見せるかのように笑みを浮かべて言う。
「わたくしはこうして不幸になって、リアムを連れて貧相な生活をするしかない。あの子はわたくしについてくるから……あなたは腹違いでもずっと共に育った兄弟を放逐してどこぞで野垂れ死ねって思うのね?」
……。
脅しとばかりにリアムのことを引き合いに出してくる。本来であれば、ここでノーマについていくような弟がどうなろうと関係ないと考える人間の方が多いだろう。
しかし、ライネの彼に対しての態度や、様子を見ていれば兄弟としての情を持っていることを知っている。
だからこそ人質のように彼が不幸になる未来を掲げて譲歩案を引き出そうとしている。
彼女にとってだってそれは好ましくないことのはずで、リアムは大切な息子だろう。
そんなふうに引き合いに出してしまえるその醜悪さがこれまた彼女らしいと思う。
ただ、ライネだってそんなことをよしとしているつもりはない。
「リアムについては━━━━」
けれども言いかけたところで、応接室の扉が開いて平然とした様子のリアムが入ってくる。
その後ろにいるサンドラは珍しく焦ったような顔をしていて、その手にはコップのような魔法道具が握られていた。
「僕、お母さまにはついていかない」
「……」
「思い通りにならないと殴る人だから、お母さまが望むとおりに可愛い息子のつもりでいたけど、離れられるなら離れたいよ」
彼は適当に歩いてノーマの元へといき宣言した。
彼の言葉にライネは少しホッとする。
そういうふうに思っていることは言葉を交わさなくてもわかっていた。だからこそサンドラを少し遠ざけるための口実にしたのだ。
しかしわかってはいても心配になることはあるもので、ここで確認出来て良かった。
そう思ったがライネにとっては当たり前のことでも、ノーマにとっては違ったらしい。
彼女は眼球が零れ落ちそうなほど大きく目を見開いて、リアムのことを凝視している。
「怖いから離れたい。そう思われるような態度を取ってたのはお母さまじゃん。言いなりになんてならないよ」
「っ、……は、はぁ?」
「なんで傷ついたみたいな顔してるの? 分かんないよ。平気で人に暴力ふるうくせに、自分は僕の言葉だけで傷つくとか何様なの」
手も付けられないほどに暴れ出すと思っていたノーマは、目を見開いたまま、混乱した様子で涙をこぼす。
リアムの言葉は辛辣だけれど、ノーマに同情するつもりはライネには無かった。
「こ、こんな……こんなことって……わたくしは、母として、息子たちを……愛して……」
「自業自得なのに……今度は悲劇のヒロインぶってるよ。……お母さま、見苦しいよ。とりあえずこの人こういう人だから、話はすすめてください。お兄さま、そういうこと、だから僕のことは気にしないで」
「はい。リアム」
「よかった、話、まとまりそうだね、サンドラ様」
「……ええ」
リアムは自分の問題を解決するだけして、また応接室の外へと出ていこうとする。
それに続くサンドラはチラリとライネを見て、少し笑みを浮かべた。
…………彼女に知られないように、手を尽くしたつもりですが……バレてしまいましたか、視線が生暖かい気がします。
見栄を張って、彼女に安心してほしかったのに、途中でバレるほど恥ずかしいことはない。
できればリアムにはサンドラをもう少し引き留めていて欲しかったのだが、意図を伝えていないのだからそういうことだって起こるだろう。
仕方がない。
ライネは切り替えて、リアムの言葉通り、意気消沈しているノーマを気にせずに父と話を進めたのだった。




