4 お姉さまたち
サンドラは家に帰って翌日の朝、三人いる姉を全員叩き起こして朝食を取りながら鋭い視線を向けた。
「それで、お姉さまたちが教えてしまった、わたくしの過去の失敗談。それを使ってアントンはわたくしを笑いものにしていますのよ。それも悪意を持って、どうしてくれますの?」
今までは誰にも悪意がないことだと信じていたので責めなかったが、元凶と言えば彼女たちだ。
おしゃべりが好きで、サンドラのことを何でもかんでも話してしまう。
それが三人もいるのだから、片っ端から口をふさいでも意味がなく、どこからともなくサンドラの幼い日の思い出は漏れ出ていくのである。
「……ふわぁ……サンドラ、わたくしまだ眠たいわ」
サンドラの真剣さは伝わっていない様子で、三番目の姉であるラウラはあくびをしながらサンドイッチをもそもそと食べる。
ほかの姉たちも似たようなものだ。
彼女たちは基本的に夜型で、こんな時間には眠っているかぼんやりしている。
しかしこんなことでは困るのだ。サンドラは日が昇った時からきびきびと行動したい。
それが正しい生活というものだろう。
……それに。
「お姉さまたちのせいでわたくしは恥ずかしい思いをしているというのに、お姉さまたちはわたくしの味方をしてくださらないの?」
そう問いかけて、サンドラはぐっと目を細めて、彼女たちも悪意なのかと敵対的な視線を向けた。
昨日のことでサンドラは非常に気が立っていた。
その様子に一番上の姉のレイラが気が付いて、すぐに隣にいた二番目の姉ユスティーナにラウラをしゃっきりさせるように指示をした。
ユスティーナはラウラを大きくゆすって、その間にレイラが言った。
「いえいえ、そんなこと無いわ。サンドラ、わたくし、サンドラが可愛くて仕方ないんだもの」
「その通りですわ。サンドラはわたくしたちの可愛い妹!」
「わたくしまだ……眠たいですわ」
「起きなさい! ラウラ、サンドラが怒ってるわ。これはわたくしたちがサンドラを揶揄って泣かせた時以来の有事よ!」
ユスティーナが声を大にして言うと、ラウラは、ぼんやりとした目をこすって、サンドラを見る。
サンドラはギラギラとした瞳を向けていて、これはまずいと頭がしゃっきり冴えた。
「嘘ですわ。眠くないわ。サンドラはわたくしの可愛い天使ですもの」
ラウラはあくびを即座にかみつぶし、拳を握ってそう宣言する。
その様子を見てからサンドラはしばらく睨んでそれからひと息ついて、お姉さまたちに、少し不服な声で言った。
「なら、お姉さまたち、わたくしのお願いを聞いてくださる?」
ぽつりと聞くと、彼女たちは、三者三様に反応する。
「もちろん! お金のことならこのレイラに任せなさい! サンドラ」
「実務のことならわたくしですわ、なんでも言ってサンドラ」
「知恵が必要ならばどんなことでも答えるわ、サンドラ」
彼女たちは、まったくかぶりのない自分たちの得意なことを主張してきたが、そうではない。
サンドラが使いたいのは彼女たち全員についている、そのおしゃべりなお口だ。
「ありがとうお姉さまたち。では一つ、噂を流してくださいませんこと?」
アントンとマルガリータの浮気について姉たちに噂をながしてもらうと、案の定、彼らの密会を見たという実体験が混じった話になった。
その話は妙にリアリティのある噂なのか真実なのか微妙といった具合の話に変化し、次のパーティーの時に周りにいる貴族令息、令嬢たちが向ける視線は疑念を孕んでいた。
しかしそれを知ってか知らずかアントンは、意気揚々といつもの言葉を言った。
「そういえば、こいつはさぁ」
切り出した彼に、サンドラはすかさず言った。
「また、わたくしの失敗談を話題にするつもりなら、よしてくださる? その話はもう何度も嫌いだと言っているのに、どうして話題にするのかしら?」
待ち構えていたように厳しく言われてアントンも、周りにいた彼らもいつもとは違う様子に、おや? っと表情を変える。
しかし彼は、少しぎこちなく笑って続けた。
「恥ずかしがるなって、お前の可愛い話を皆に共有したいだけなんだ」
「恥ずかしがっているわけではありません。不愉快だと言っているんです」
「不愉快っておいおい、随分ご機嫌斜めだな?」
「言いましたからね。アントン」
「な、なんだよ」
「それでも話をするならお好きにどうぞ。わたくしはもう、何も言いませんわ」
アントンに対して返答をしながら周りにいる貴族たちに、視線を向けていく。この表情も言葉も嘘ではないことに気が付くだろう。
今までも一度だってサンドラはこの話を喜んだことなどない、そう覚えておいて欲しい。
そしてここで話をしないなら、まだサンドラは何もしない。
けれども彼は、サンドラのつんとした態度に腹を立てたのか意気揚々とサンドラの話をし始める。
しかし、サンドラの様子にか、それとも噂のことがあったからか、周りの貴族たちは微妙な反応を返す。
さすがに本人が嫌がっている話を面白おかしく聞けるほど神経が図太くないらしい。
話をしている彼だけが浮いているような状態だった。
そして失敗談が終わると、盛り上がるわけでもなく次の話題を誰も提供せずに、あたりには生演奏のワルツだけが響いている。
そこで、誰かが沈黙に耐えかねて話し出す前に、サンドラは口を開いた。