34 きがかり
サンドラはライネからされた弟の話を聞いて、ああしようか、こうしようかと策を考えたが、少しばかり腑に落ちない。
それは彼の話しぶりに引っかかるものを感じたからということもあるのだが、サンドラからすれば弟のことなど鑑みる必要がない程だと思うのだ。
そのくらいライネの腹違いの弟リアムは、ライネが母親の悪意にさらされることによって得をしている。
いうなれば、アントンの浮気相手として秘密の逢瀬を重ねて楽しんでいたマルガリータのようなものなのだ。
その時のサンドラをライネに置き換えて、継母はアントン、リアムをマルガリータに変えればわかりやすいだろうか。
マルガリータがサンドラと仲良くすることなどありえないように、リアムとライネだって仲良くする必要もなければ出来るとも思わない。
しかしライネはリアムのことを嬉しそうに語った。
「……あの子は、本当は優しい子だと思っています。もちろん、僕とはあまりかかわりを持つことは許されていませんが母上が我を失った時、いつも止めるために動いてくれます」
……それは単純に母の体が心配だからではないかしら。
ライネの言葉に頭の中で反論をする。
「母上とは違って僕のことを同じ家の人間として認めてくれていると思うのです」
彼の表情は穏やかで、疑っているというふうではなく、あくまで確認をしたいと思っているだけに思えた。
屋敷の中で自分だけが虐げられている状況の中で、その中でも”比較的”酷い差別をせずに接してくれる弟、それは果たして、好意からくるものなのだろうか。
ひどいことをしない、言わないというだけで、悪意がないと言うわけでもない。
「……」
むしろ、悪意があるけれど悪者になりたくないから、巨悪の根源である母の後ろに隠れて自分は行動を起こさないだけではないのか。
とすら考えた。
しかし、ライネが彼に希望を見出しているというのに、それを実際に会ったことのないサンドラが問答無用で否定するというのも彼の為にならない行為だろう。
それに、リアムの気持ちをはっきりさせるために今後の予定を立てたのだから否が応でもそのうち真実を知ることになる。
適当にうんうんと頷いていればいい、自分の心を宥めつつ、サンドラは花壇の方へと視線をやって、今日も朝日に照らされて美しく輝く季節の花々を見つめた。
……。
「……でも、リアムは屋敷でのライネと違って、たくさんの使用人に囲まれて贅沢な生活を送り母の愛を一心に受けているのでしょう?」
美しいなと思ったし、気持ちを抑えられそうな気がしたがサンドラはどうしても抑えられずに口にした。
すると彼は、その通りだと深く頷く。
しかし今の発言でサンドラが暗に彼にも悪意があってライネを尊重しているわけではないだろうと言いたいことを内心知りつつも、リアムを思う表情に変わりはない。
「はい。彼は貴族として何不自由なく生活をしているはずです」
「では……母を一番に想うのは必然ではなくて?」
「……そうかもしれません。サンドラのお気持ちもわかります。でも自分は一応、家族で、信じていますから」
言い切るライネにサンドラはやっぱり腑に落ちない気持ちになった。
「そこまで言うのなら、わたくしが継母を引き留めますから、ライネが直接彼と今後の話をして来ればよろしいのではなくて?」
「……ちょ、直接向き合うのはリアムとしても本音を言いづらいと思いますし、サンドラにお願いしたいです」
「……」
その言葉が矛盾していることに気が付いていない訳ではないだろうとサンドラは思う。
信じているというのなら、彼が言いづらいことを考えている可能性など頭の中で考える必要もない。
だからサンドラにそれを願う必要もない。
言葉単体ごとに聞けば、彼の願いはさほどおかしいものではないけれども、やはり全体的に見れば彼が言っている言葉は矛盾していて、リアムにも悪意があるのかと考えていなければ出てこない言葉ばかりだろう。
「……」
「……だめ、でしょうか」
サンドラがその矛盾を切り崩し彼の考えているすべてをつまびらかにする必要はあるかと鋭い視線を向けていると、ライネは窺うように問いかけてくる。
…………ああ、困り果てて媚びるとき、この人こんな顔をしていたんですのね。
下がり切った眉に媚びるような視線、整った顔立ちが歪んで反応を待つように怯えた声を出されると、サンドラは問答無用できゅんとした。
今までは前髪で隠れて俯くと表情をみることが出来ずにいたが、願うようにこちらを見る様子はなんとも愛おしい。
それにサンドラはきっちりと方をつけるために行動できる人間だが、何もかもすべてをはっきりさせなければ気が済まないというほどでもない。
向き合って見ても、知ろうとしてもわからないこともあるし、分かり合えないこともある。それらはあえてはっきりさせなくても問題にならないこともあるだろう。
少しの不満と不安が残るかもしれないけれど、そんな些細なことを許容できない程度だと思われるのも心外である。
「……かまいませんわ。ダメではありませんのよ」
言いながら彼に手を伸ばして頬を撫でる。そんなに不安そうな顔をしないで欲しいと思う。
安心させるようにサンドラは微笑んだ。
ライネがそうしたいと望むのならばそうしよう。なんせ、サンドラの可愛い恋人が願っているのだから、笑って望みを叶えるぐらいの器を見せつけたいのである。
サンドラが笑うと、彼は救われた様な顔をして、自身の頬を撫でるその手を取って、手の甲に小さく口づけるしぐさをした。
「ありがとうございます。……あと、もう一つお願いが……」
「なんでも言いなさい!」
サンドラはとても機嫌がよくなって彼に威張るように返した。
「サンドラのご家族に挨拶させていただきたいです」
「……」
けれどもその後の言葉にすぐに、苦々しい表情になったのだった。




