30 破滅
周りの貴族たちのジャッジがどう下ったかマルガリータは見ずともわかる。
冷たい視線が突き刺さっているような気がする。
頭の中には、どうして、何故という言葉が次から次に湧いては消えていく。
それでも、一つ言えることは、彼はどこまで言っても流した噂とはかけ離れていて、どうあっても彼が噂は嘘だと言う時点でマルガリータの嘘はバレるしかない事実だったのだ。
ライネがああして得体のしれない存在でいる限り、マルガリータは限りなく黒に近いグレーのままでいられた。ライネの真実を誰も知らなければぎりぎり彼を疑う人間がいた。
けれども今のマルガリータは真っ黒だ。ただ、唯一の僥倖は彼がそれを許そうと言っているところだ。
…………ムカツク。ムカツク、なんで私があなたみたいなのに忘れられなきゃならないの……。
何様のつもりなわけ、それで勝ったつもりなわけ……??
そうは思うがマルガリータは今何を言っても苦しい、他人の恋愛事情を垣間見てヒソヒソ言っている野次馬たちにはマルガリータの正当性は一切通じないのだろう。
ここはどんなに不服だろうとライネがそう言っている以上は墓穴を掘らない方がいい。
分かっていても腹立たしくてライネの手を払いのけそうになった。
しかしぐっとこらえる。
そのはずが、パンッとライネの手は払われて、隣にいたバージルはマルガリータの気持ちなどまったく察することなく、ライネを威嚇するように言った。
「はぁ? そもそもお前が、マルガリータに対してやったことを謝れってんだ! 申し訳ありませんでしたって!! そう思ってたから報復にも応じてたんだろぉよ!!」
「っ馬鹿」
バージルの大きな声に、マルガリータは小さくつぶやくように思わず口にする。
しかしその声は届かずに、彼は一人で暴走してライネの胸ぐらを掴む。
「報復ではなく、あれは逆恨みの憂さ晴らしではありませんか。やめて欲しいとは伝えました」
「そんなの言い訳になるか! 今更許すだなんだ言いやがって、お前は大人しく! 俺らのサンドバックになってればいいんだよ!」
バージルはかっこつけるように笑みを浮かべながら、ライネに向って拳を振り上げた。
「きゃぁ!」
「騎士! 騎士を呼べ!」
周囲から声が上がって、マルガリータはバージルを選んだことが一番の失敗だったとやっと思い知る。
ライネを痛い目に合わせるために、孤立している彼を誘惑してまでこうして今の状況を手に入れたというのに、孤立しているのにはそれなりの理由もあるしマルガリータには完璧に制御できるだけの知能もない。
……ああもうっ、どうしてくれんのよ! どうしてくれんの! これじゃあ……。
すぐに暴れるバージルは王城の騎士に捕らえられてライネは、うまくかわしたらしく、静かにその様子を見ていた。
マルガリータはどうにか自分だけでも助かろうときょろきょろと視線を動かし、後退していく。
しかし背中側から声が上がる。
「騎士様、この人も共犯ですわ! ライネ様への暴行を指示していました!」
「はぁ? っ、誰よ!! もう、ああー!! なによもう!! 突然、なんなのよこんなのっありえない」
告発の声にさらにマルガリータの周りの貴族たちは退いていき、鋭い眼光の騎士がこちらにやってくる。
逃げる当てもなくマルガリータはもう自分を見もしていないライネに向かって叫んだ。
「あなたのせいで私がどれだけ惨めな目に遭ったかわかる!? ちょっと聞いてんの! この、答えなさいよ!! ライネ!!」
「……」
彼はちらと少しだけマルガリータの方へと視線を向ける。
しかし、合流したサンドラにすぐに視線を戻して、マルガリータに興味のかけらも示さない。
あんなにマルガリータに尽くしていた奴隷のような、マルガリータ以外の何もない醜い男だったのに。
どれほど叫んでも届くことはなく彼は、発言通りの行動を突き通す。
騎士に無理やり腕を掴まれて、マルガリータはその痛みに顔をしかめながら惨めにも貶し続けた男の名前を縋るように呼び続けたのだった。




