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【本編完結】笑い話に悪意を込めて  作者: ぽんぽこ狸


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27 手を引かれて




 視界を遮るように登場したのは、見覚えがあるようなないような貴族男性であり思わず目を見開いて足を止める。


「こうしてお声掛けできる機会をずっと窺っていたんだ、あちらで少しお話を……」

「ちょっと待ってくれ、カルティア公爵令嬢、ぜひ俺と一曲、それにしても今日の君は一段と美しい」


 声をかけてきた男性の話を聞いているとその言葉を遮るようにまた別の男性が割り込み、自分をアピールする。


 その二人の様子を見てか、ほかにサンドラを狙っていた男性も参戦してくる。


「その前に一杯、如何ですか? 到着したばかりで疲れているでしょう?」


 ずいっとグラスに入った飲み物が差し出されて、サンドラの表情は段々と渋くなっていく。


 せっかくライネを見つけて少しの間なら大丈夫だろうと姉や父と別れて、彼の元へと向おうと思っていたのに、あっという間に囲まれてもうライネの後姿も仲のいい令嬢たちも見えない。


 彼らだって隙を窺っていただけで、何も会話に割り込んできたり、非礼を働いているわけではない。


 正当にサンドラを想い慕ってくれているだけだ。まぁ、その思いも金銭がらみの打算まみれではあるのだが、アプローチをかけること自体は悪い事じゃない。


 なので責めるつもりはないのだが……。


「……申し訳ありません。わたくしこれから用事がございますの」

「おいおいそれは酒じゃないだろうな? うら若い令嬢にそんなものを渡して、何を企んでいる」

「なっ、失礼な! 彼女を思いやってこうして持ってきたというのに」

「サンドラ嬢、実はあなた様のことをずっと━━━━」

「突然やってきて、なんだ君は!」


 サンドラの言葉を聞いている者もいたようだが、見知らぬ男が見知らぬ男の誘い方に文句をつけて、サンドラの言い分はかき消される。


 その間にまた別の男がやってきて、軽い口論に発展する。


 野次馬も集まってくると、サンドラの周りは人で囲まれ、彼らは悪くないと自分を落ち着かせつつも、大きなため息が出そうになった。


 そこにまた「すみません。僕もその方に用事があるのですが」とよく通る声がして、サンドラはああもう! と怒鳴りたくなる。


 ……あら? でも今の声……。


「なんだ、サンドラ様に最初に声をかけたのはこの俺だ、っぞ?!」

「あらかじめ約束をしていますので」

「え? あ……」

「失礼します。すみません。通してください」


 一番端の方から声をかけた彼は、人ごみなどものともせずにスイスイとサンドラの方へとやってくる。


「っ、や、約束があったとは……」

「っ……」


 そそくさと避ける人物もいれば、驚いて固まりそのまま反応を示さない人物もいる。


 集まっていた野次馬もざわめいて「あらまぁ……」「あれは、え?」と混乱した様子だ。


 一番手前にいた最初に声を掛けてきた男性が「そうか、約束が……ならば仕方ないか」とあきらめて振り返る。


 すると彼も声をあげて驚き、ぱっととっさにどいた。


 それから呟く。


「随分……雰囲気が変わったな……」


 彼のつぶやきを聞いて、サンドラも目の前にやってきたライネを見上げた。


 彼も夜会らしいフォーマルな装いに上級貴族らしい宝石などの装飾をつけていて、ほかの男性にまったく見劣りしない。


 しかし誰もが驚いているのはそこではなく、主に彼の顔についての部分だ。


 顔というか髪型。


 …………さっぱりしましたわね。


 サンドラはそんな、とてもあっさりとした感想が思い浮かんだ。


 カーテンのように目元までかかっていた髪は、目の上で切られ、分け目がついていてきちんと顔が見える、後ろ髪も綺麗に整えられていてさっぱりした印象だ。


 そして彼はまっすぐにサンドラを見つめている。


 彼のきれいな琥珀色の瞳は、光源である炎の魔法のシャンデリアの光を吸い込んで煌めく、目が細められるととろけるはちみつみたいだ。


 俯かずに、さえぎるものが何もない状態の彼の顔をきちんと見たのは初めてで、もちろん額に広がる痣も誰もが認識できる。


 けれども彼は怖気づく様子もない、ただ少し羞恥心があるように頬を染めてサンドラに言った。


「申し訳ありません。突然のことで驚かれるとは思いますが、僕と踊っていただけたらと……思っています」


 言葉遣いは特に変わっていない、けれどもこうして目元をさらし、しゃんと背筋を伸ばし丁寧に手を差し出されるとサンドラは息をのむぐらい、彼は魅力的だ。


 普段のあの様子からはまったく想像もできないからこそ、驚いて気が動転してしまいそうだった。

 

 驚きのあまり変な声をあげてしまいそうだったが、なんとか堪えてその手を取る。


 手袋越しに伝わるライネの感触はしっかりとしていて、幻覚でもなんでもない。


 彼を助ける心づもりでやってきたのに、手を引かれて、歩き出す。


 自然と野次馬たちは避けていき、サンドラは横目で彼を見上げた。


 整った顔つきは横顔でも変わらず、同じく横目でこちらを見たライネと目が合って、サンドラは咄嗟に逸らしたのだった。





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