26 転機
一度、落ち着くとサンドラは論理的に思考を纏めることができるようになった。
最終的な着地点を明確にしないまま行動を起こすことは予期せぬ事態を及ぼす。
それにライネの気持ちを考えずに行動を起こして彼に策があった場合、もしくはなにかを守ろうとしていた場合などサンドラの行動が不利益になる可能性がある。
もちろん彼を傷つけていることについては早急にやめさせる必要があるとは思う、そこについては次回の夜会までに対策を打ち、それから彼の意見も聞きつつ行うことが最善策だろうと父とも話し合いをした。
そんな最中に、一通の手紙がサンドラの元へと届いて、サンドラは驚いた。
それは被害者であるライネからの連絡であり、サンドラはそのいつと変わらない手紙の内容に瞳を瞬く。
……もっと落ち込んで、苦しんでいると思っていましたのに。普通ですわ。
手紙のあいさつ文や丁寧に書かれた文字を指でなぞる。
以前からの手紙とまったくそん色が無い。
その様子を見ると、サンドラの中にあった一つの可能性が思い浮かんで、あの日からサンドラの体をじわじわとあぶっている憎しみの炎が強くなる。
サンドラがあんなことを知ったのはつい先日のことで、知ったからこそこうして行動をしているが、彼に取ってはそうではない。
以前から続いていて当たり前に起こっていたことで、そんな状態でサンドラと交流をもち、こうしてサンドラが知った。
その状況を裏付けるように彼はいつもと変わらない手紙を送ることができるし、何も特別なことなどなかったのだと思わせる。
……けれどその事実がさらに、悔しい……。もっと早くに気が付いていたら。
そう後悔するけれども意味などない。手紙に目を走らせると、どうやらとある確認のためだけの手紙である様子だ。
『ところで、ぜひ、夜会の場でお目にかかりたいと考えています、次の王族主催の夜会への参加は検討していますでしょうか。お教えいただきたく存じます』
そんな文言が記載されており、サンドラは小さく首を傾げた。
丁度彼にサンドラも用事があったし、その場で会って引き留めることが出来たなら、マルガリータたちによる乱暴も起こらない可能性が大きい。
しかし不思議なのはなんのためにという点だ。
……気分が変わって、わたくしに協力を仰ぐ気になったのかしら? でも、だとしたらタイミングが良すぎますわね。
いったいどういう意図なのかしら。
わからないまま、サンドラはじれったくなって彼に直接会いに行きさらってしまいたいような気持になった。
サンドラが一国の女王だったら問答無用で全員を処刑して彼を手に入れて、ずっとずっと幸せに暮らすのにそんなことを夢想した。
手紙への返事を書いて夜会の当日になっても何の変化も無く、いつも通り王城の大ホールに大人たちが集まり夜会が開催される。
賭け事をしている男性陣もいれば、音楽を楽しみながらゆったりとした曲に合わせて踊るカップルもいる。
女性たちの装いも、昼のパーティーとは変わってくる。自然光で映える華やかな色ではなく落ち着いた色合いのドレスに、上品に輝く宝石、洗練された装いは、夜会の雰囲気によく似あう。
サンドラもお姉さまたちに倣って手袋をはめて深紅のドレスに、瞳と同じ色の宝石で装飾を施している。
実はライネがサンドラに会いたいなどというものだから、少し奮発して制作した夜会用のドレスなのだが、褒めてくれるだろうか。
今の状況のライネは大変で、それどころではないとわかっていつつも、姉たちの後ろをついて行って視線を巡らせる。
いつもの令嬢たちがいるのは比較的入口に近いスペースで、入場したサンドラに気が付いて彼女たちは視線を向ける。
しかしそのうちの数人は何やら戸惑った様子だ。なんせそこにいるのは彼女たちだけではなく、サンドラの方に背を向けるような形で、ライネが彼女たちと交流を持っている。
会いたいと言っていた彼の方から行動を起こしてくれたのかと考え、サンドラは少しドレスの裾をつまみ上げてお姉さまたちに言った。
「友人を見つけたのでこれにて失礼しますわ。お姉さま」
「あら、もう行ってしまうの? 今日のサンドラが美しいと可愛いがどういう割合かこれからお酒を飲みながら語らうつもりでしたのにっ」
サンドラが言うとレイラが一番に反応して、とても残念そうに言う。
その様子に、サンドラは苦笑して返す。
「もうっ、そんなことを言っていないできちんと仕事をしてくださいませ。お姉さま、お父さまも、行ってまいりますわ」
「ああ、あまり感情を乱すなよ」
「わかっていますわ」
そう言葉を交わして、サンドラは身を翻す。
もしまた、感情が抑えられなくなったら今度こそ、持ち前の火の魔法でマルガリータを消し炭にしてしまう。けれどもきちんと気を付けるし、サンドラは大丈夫だ。
父がああして止めてくれたこと、今はとても感謝している。止めてくれたおかげでサンドラは進むべき道を見失わなかった。だから、これからも見失わないように細心の注意を払おうと思う。
そう考えて笑みを浮かべて急いで歩きだした。
しかし待ってましたとばかりに「サンドラ様」と声をかけられたのだった。




