24 逆恨み
彼女たちが言っていたことは今日も行われているらしく従者が置かれていて、使用中を示す控室の隣に入室する。
ここは夜会で何らかのトラブルがあった時や、込み入った話をするときなんかに利用することができるように解放されている小部屋で、不倫や浮気などで密会を開く時にも利用されている場合もある。
もちろんそれは本来の使用用途ではないのだが、舞踏会でのバルコニーのように人目を避けて会える場所があればそういう利用の仕方をする人間というのは必ず出てくる。
仕方なく放置しているという状況である。
中に入るとそこにも数名の令嬢がおり、彼女たちは場所取りの為に働いてくれた下級貴族だろう。
サンドラが入室すると彼女たちは淑女礼をして、サンドラは小さく笑みを浮かべた。
「サンドラ様、こちらの壁に魔法道具を当ててくださいませ。丁度良いタイミングかもしれません」
「……ええ」
どういう状況かとサンドラなりに考えつつも、魔力を込めて魔法道具を起動した。
耳を当てると、小さかった音が鮮明に耳まで届き、隣にいるのはライネとマルガリータだけではないとわかった。
『アッハハハハハ!!! アハハハハッ!! キャハハハハッ!!』
女の甲高い笑い声、きっとマルガリータだ。魔法道具を使わなくても聞こえそうな音量だった。
『っ、はぁっ……痛いのですが……』
『黙れよ!! ほら、ほら、早く治さないとまたお前の顔がさらに醜くなるぞ!』
次に聞こえたのはライネの声で、小さな息づかいまで魔法道具のおかげで聞こえてきて、サンドラは思わず彼の名前を呼びそうになった。
「共にいるのはディーキン伯爵家子息のバージル様です。今はマルガリータ様とよい関係の様ですが、マルガリータ様のお言葉を真に受けている様子でして……」
隣で同じ魔法道具を使いあちらの音を確認していた令嬢は、すぐにそう補足を入れる。
……バージル……ああ、あの乱暴者の彼ですのね。
彼は婚約者が見つからないほどの問題児であり、社交界にもあまり顔を出さない。昔から同世代との間に頻繁にトラブルを巻き起こし、普通の令嬢は彼とはかかわりを持たない。
そんな彼と関係を持って、マルガリータはなぜこんなことをしているのか。
理由は明白だろう。ただの逆恨みだ。
『おらぁっ、マルガリータのことを手酷く扱ったんだからこのぐらいは当たり前だろ!!』
『…………』
『治せ治せ、ま、どうせ治さずにお前の顔に特徴が増えていたって誰も気にしないがな!!』
『アハハハハッ、もっとやってもっと!! ざまぁみなさい!! ライネ、あなたのせいで私がどれだけつらい思いをしたか!! 思い知りなさい!!』
マルガリータは叫んで、それに共鳴するようにバージルも興奮したような声をあげる。
一方ライネは静かになって彼の声は聞こえない。
隣で何が行われているのか具体的なことは何も分からない。
けれども、なにか、ひどいことなのだけはわかる。わかるのはそれだけで、どんな痛みかも、どんな気持ちかも、サンドラは正しくわからない。
わからないのに、呼吸を忘れるぐらい強くきつく拳を握った。
自分が馬鹿にされていると知った時ですらこんなに言葉にもならないような感情は湧いてこなかった。
爪が食い込む痛みすら忘れて聞き入っていると「きゃあ! 火事ですわッ!!」と部屋の中から声がして「誰か水!! 水の魔法を!!」とも騒ぎ始める。
隣の部屋にいるとんでもない二人をどうしてくれようかと考えていたのに、とサンドラは視線だけで火元を探して視線を移せば、サンドラの壁の周りが黒く焦げていて、呼吸をすると煙の匂いがした。
…………。
『……ねぇ、今、火事って聞こえなかった? バージル……』
『あ? ……ああ、たしかに、チッ。今日はこの程度で許してやるよ』
部屋の向こうからそんな声がして、一応、惨劇は終わったのだと理解できる。
サンドラから無意識に発せられた火の魔法も、その場に偶然いた水の魔法をもつ令嬢に消し止められて延焼することはない。
「……申し訳ありません。皆様方。わたくし、気分がすぐれませんの。この場所の修理に関してはカルティア公爵家がきちんと支払いをしますので始末をお願いしてもよろしくて?」
「は、はいっ」
「今回の件、しかとお受けいたしました。では失礼しますわ」
出来る限り冷静にサンドラは言葉を紡ぎ、そのまま出来るだけ、感情を乱さないようにして夜会の開かれている王城を出る。
さすがにその最中に誰かが声をかけてくるということはなく、サンドラは無事にカルティア公爵家に帰りついたのだった。




