23 真実
しかし恋を自覚したからと言って、何でもかんでもさっさと方をつければいいというものではない。
サンドラにはサンドラの、ライネにはライネの事情がある。
気長に行けばいいと思うが、引っかかるのは先日のことだ。
母よりも優先してほしいと言った時の彼の言葉、その意図や彼の両親との関係性もサンドラは深く事情を知らない。
そのあたりをきちんとしつつ、彼の気持ちの面も確認していきたい。そんなふうに考えていたこの頃。
参加した夜会で、令嬢たちに囲まれていたサンドラは、深刻そうに切り出した少女の言葉に瞳を瞬いた。
「……実はわたくし、見てしまいましたの。サンドラ様」
彼女はほかの令嬢たちにも確認するように視線を交わして、数人が小さく頷く。その言葉にサンドラは嫌な予感を覚えながら「一体何を?」と聞いて首をかしげる。
すると彼女は言いづらそうに、声を潜めて、しかしサンドラにきちんと届く声で言った。
「パーシヴィルタ辺境伯子息の真実を、ですわ」
思い切ったように言う彼女の言葉をサンドラは頭の中で復唱する。
……ライネの、真実……。
そう言われると今のサンドラはどうしても知りたいと思ってしまう。
彼女たちが見てしまって知った彼の一面、そんなものがあるのならばサンドラもぜひ知りたい今すぐにでも。
しかし、サンドラがこうして夜会の席で女の子たちに囲まれているのには理由がある。
お姉さまたちといる時にはまだいいのだが、彼女たちともずっと一緒に居られるわけではない。
しかし離れると、その途端に男性に囲まれて、困ったことに情報収集も交流を深めることもできなくなってしまうのだ。
あれだけ派手に婚約者とやりあってしまったのだから仕方がないが、今のサンドラは誰がアタックしてもおかしくないと公に認知されている状態で、誰もが早い者勝ちとばかりに狙ってくる。
だからこそ、アントンと婚約していた時にも聞き手に回ってくれていた令嬢たちと共に行動することにしたのだ。
「あの件があって以来、同世代の貴族たちの間でも、時たま話題に上がっていたでしょう? パーシヴィルタ辺境伯家のライネ様はどういう方なのか」
「ええ、そうですわね」
「無口で無表情、誰かが気軽に話題を振っても答えることはなく、特徴があると言われている顔もきちんとうかがえませんわ」
周りにいる貴族令嬢たちは、思い出すようにかわるがわる話をする。
彼女たちの多くはその話題を共有しているらしく、サンドラが一人で簡単に身動きが取れないことで大分、社交界での話題に遅れている様だと痛感した。
「どこか不気味……とまで言ってしまうと悪いかもしれませんが、わたくしたちとは何か違うのかもしれない、そんなふうに考えていたからこそマルガリータ様の話を皆が信じましたわ」
小さく頷いて話を促す。
「けれど、サンドラ様のお話があってライネ様とマルガリータ様のお二人もマルガリータ様の有責で別れました。もしやと思いつつも、それでも、ライネ様がどういう人間か誰もわからない、そういう状況でした」
「だからこそ、今度こそとアプローチをかけようとした令嬢がいたんです」
「あれ、誰でしたっけ?」
「私、私っ!」
くるくると話し手が変わっていたが最終的に一人の令嬢が手をあげて、サンドラは彼女を見た。
彼女はたしかソーウェル伯爵令嬢だ。特筆すべき点は特にないが、皆と同じ可愛い令嬢だとサンドラは思っている。
「それで、話しかけようと試みたのですが、丁度、マルガリータさんがいらっしゃって……ライネ様のお母さまに許可をもらっているから二人きりで過ごしたいと連れていかれましたの!」
「なるほど……」
「それで、よくないとは思いましたけれど、こっそり後をついていったのですわ。二人は小さな控室に入っていき、わたくしはその隣に入り、これを使いましたわ、そこでは……」
彼女はこれからというときに黙り込み、サンドラにコップのような形をしている魔法道具を差し出した。
その魔法道具は手に取らずとも形状で何に使う物かすぐにわかる。
……壁越しに会話を聞ける魔法道具。たしか風属性ですわね。
差し出されてサンドラはそれを手に取った。
「ほかの子たちにも伝えるととある事実が分かりましたの。あの方のお母さまは継母だそうです。もちろん珍しくはありませんわ」
「ええ、そうです。貴族の女は魔力違いの男の子供を産むとすぐに体を壊すから」
「珍しいことではありません。でも、そのせいで継母の差し金でいじめられて、今もあんなこと……」
「わたくしたちも、マルガリータ様の言葉をただ信じてライネ様のことを軽んじていた。罪滅ぼしをしたいのです。サンドラ様、あの方の真実、知っていただけませんか?」
差し出されたそれを見つめて、この計画を立てた人物は誰なのだろうかとか、彼女たちの善良さに驚いたり、後はサンドラとライネがあれから懇意にしているということを知っていて、こういうことをしようと考えたのか、など様々な疑問があった。
……それでも善良で悪意がないことだけはたしかですわね。
彼女たちの真剣なまなざしを見ればわかる。ならば、サンドラはその優しさに答えようと思う。
何も聞かずにその魔法道具を手に取って「案内してくださる」と問いかけた。
……それに、調べる間もなく引っかかっていたことの一つを知ることが出来ましたわね。ライネのお母さまの人物像。段々とわかってきた気がしますもの。
サンドラの言葉に決めていたかのように立ち上がった令嬢に挟まれて、サンドラは控室の方へと向かったのだった。




