22 愛情
とある日のこと、お姉さまたちは針子たちとこれでもない、あれでもないとたくさんの布を見てドレスのデザイン画とにらめっこしていた。
それは新しいお揃いのドレスを作るために、彼女たちが躍起になっているからだ。
しかしサンドラはあまりそれにこだわる必要もないと思うので、気に入ったら着るし、気に入らなければ着るつもりはない。
彼女たちはサンドラがどこまでも付き合うと、サンドラを着せ替え人形にして趣味じゃない服も着せ始めるのでこういうスタンスに落ち着いたのだ。
「なるほど、ではこの部分のデザインは変えて……」
「そう! とってもいい感じですわ! あとは、リボンをこちらの素材に……」
「ああ、素敵です」
針子たちと話をしているレイラはとても楽しそうで、サンドラは果実のジュースを飲み終わり、ルイーズに新しいものをもらって窓の外を眺めた。
外には雲一つない青い空、鳥の群れが遠くに見える。
ライネがこの場にいたら、彼にあの鳥は……とサンドラはうんちくを披露するのにとまた彼のことを思い出した。
そうしたら彼はきっとキラキラとした瞳で話を聞いて二、三質問をしてくるだろう。
そんなことを考えていると、すぐ隣にラウラが座って、彼女は少し疲れて休憩しに来た様子だった。
「お疲れ様ですわ」
着るかわからないとはいえ、サンドラの為にドレスを作ってくれるお姉さまの一人をねぎらって少し表情を和らげる。しかし彼女は「ええ……」と短く言って、それからサンドラを少し見つめた。
「……なんですの?」
「……いえ、なんだか、最近のサンドラは少し物憂げな気がして、何か悩みがあるならわたくしの出番でしょう?」
ラウラはサンドラの変化に珍しくいち早く気が付いたらしく、朝方の様子とは違って姉らしく落ち着いた様子で聞いてきた。
……やっぱり、わたくしがお姉さまたちをよく知っているように、お姉さまたちもわたくしをよく見ているのね。
そうおもって心がぽかぽかした。
それから、臆せずに口にしてみる。
今まではぼんやりと考えている程度だったが、あのとき、あんな言葉が口をついて出てから、サンドラは自身の気持ちを自覚しつつあった。
「最近、とある男の人のことを無意識に思い出すことが増えましたの。彼がわたくし以上に優先するものがあるのだと思うと腹が立ってしまうようなそんな思いで……野鳥のようにわたくしの心を射止めてやまないのですわ」
口にしてみると、しっくり来てサンドラはやっぱりそうかと思う。
「ふむ、心を射止めて……」
「次に会うときがとても楽しみで、関係のないことでも彼はどういうふうに言うかと考えると楽しいわ」
「……楽しい……」
「そうね。これが、恋とかそういうものなのかしらなんて思ったりしてますの。というか恋ですわ。愛ともいうのね? 今はっきりしましてよ」
「……愛……??」
口元に手を当てアンニュイな表情で聞いていた彼女は、サンドラが話をするごとに間抜けな顔になっていき、最終的にはカッと目を見開いて、ぶるぶると震え出した。
……??
その様子にサンドラは怪訝な顔をした。相談していいと言われたから相談したのに、ラウラがそんなに衝撃を受けることはないだろう。
「こ、ここ、これは一大事ですわ。……せ、せっかく成人してもまだもう少しは嫁に行かずに共に過ごしてくれると思っていたのに! 好きな人が出来ただなんて酷いわっ、サンドラ! お嫁になんていかないで頂戴!」
そう言いながらサンドラの手を取って、ラウラはウルウルと瞳を潤ませた。
その様子にサンドラは唖然とする。恋愛相談をしてすぐに返す反応がこれとは、家族としてどうなのだろうか。
それにどうせラウラだって年下の婚約者が成人したら嫁に行くのだから良いだろう。
一生会えないわけでもあるまいし。
もう十二分に姉妹四人で一緒にいたではないか。
サンドラは割とドライな感性をしていた。
そしてその感情が意図せずとも表に出て、ラウラを見る眼差しに現れる。
頼み込んでいたラウラだったが、最近の自分のサンドラへの失態が頭の中をよぎった。
ペラペラと可愛いサンドラのことをアントンに話し、怒っているときに寝ぼけていて、つい先日もサンドラが選んでくれたハーブティーを貶したばかりである。
これは非常にまずいことだと、たくさんの知識の中から導き出し、名誉回復の為に頭の中に入っている貴族の中からサンドラが言っている思い人を瞬時に算出した。
「っと、思ったけれど、それはサンドラの恋心に反するものね。ズバリ当てますわ! わたくしの可憐なサンドラが気になるお相手……それは、パーシヴィルタ辺境伯子息ですわ!」
「すごい。……よくわかりましたわね」
純粋に感心するサンドラに、ラウラは心の中でガッツポーズを決めて、ふっと笑って余裕を見せた。
「造作も無いことです。サンドラの周りの状況をきちんと見ていれば、おのずとわかることですもの!」
「では、応援してくださるのね。わたくし、ライネが好きになってしまいましたの。その手に触れて彼をもっと知りたい、美しい部分も醜い部分も。やっと恋がこんなものなのだと知れて嬉しいですわ」
サンドラは、穏やかな表情で頬を染めて言い当てたラウラに、気を許してライネのことを話す。
なんの恥ずかしげもなく、恋を知れたことを喜んで、もうそれだけでも幸せそうなある意味純粋な彼女に、ラウラはギッと固まった。
もちろん言い当てたからと言って無条件に応援するつもりはない。
むしろ元婚約者のせいでサンドラが悪意にさらされて姉妹決裂の危機だったのだ。
慎重に精査して新しい婚約者を見極めたいし、レイラやユスティーナにも相談したい。
「彼は許してくれるかしら。……いいえ、望んでくれるかしら。ライネは優しいから受け入れてはくれるかもしれませんわ。でも、きっと彼に望まれたい。わたくしこんな気持ち初めてですの」
サンドラは黒髪を耳にかけて、少し下を見て金の瞳を少し瞼で隠す。膝をそろえたままそっと足を組んだ。
小さくて、愛らしくて、猫のように気まぐれでつれない少女、可愛い唯一の妹。
そんな彼女が恋して焦がれるその姿が、可憐で愛らしくないはずがない。
それから先ほどラウラからつないだ手をきゅっと握り直して、親指でラウラの手の甲をさらりと撫でる。
「お姉さま。わたくし、頑張りますわ」
「……ええ……ええ、なんでも言って、わたくしはサンドラの味方だもの」
「ふふっ、嬉しい」
目を細めて笑うと、彼女の瞳はキラッと輝いて、その輝きが自分のおかげではないことが惜しくなる。しかしそれでもいいから、愛らしくて大切な存在を支えたい。
そんな大きな愛情が姉たちが持っているサンドラへの気持ちなのだった。




