21 朝
サンドラの部屋の窓はカーテンが開けっ放しになっていて、レースカーテンだけが日の光を多少遮る。
柔らかい朝日で目覚めて、侍女のルイーズに腰ひもで縛るだけの簡単なドレスを着せてもらい散歩をする。
庭園のあちこちを歩いて、鳥や虫の行動を見て天気を予想し、草木の様子を見て季節の移り変わりを感じる。
散歩を終えると屋敷に戻って、勉強を始める。
お稽古事や、経験の為に任されている仕事を屋敷の事務官とともに午後にやるので、そのための予備知識を入れている場合も多いし、興味のあることならば何でも勉強と称して知識を入れる。
案外、必要なさそうな知識でも持っていれば使うときが来ることもある。
こういうのは日々の積み重ねが大事なのではないだろうか。
それから日が昇り切る前ぐらいにお姉さまたちと父は起きてきて、皆そろって渋い顔をしている。
……この人たちは毎日、二日酔いですわね。
いつものように彼らに風呂に入れ果実を食べろ、シャキッとしろと声をかけつつサンドラはもりもり昼食をとる。
彼らにとっては起き抜けの食事なので食が細く、サンドラが大食漢のようになってしまうのが不服である。
しかし、なにもこのカルティア公爵家の面々だけがこうして夜更かしをして毎日寝坊助だというわけではない。
大人の貴族の夜は長く、そこではたくさんの付き合いがある。
結婚したり、婚約者がいて成人している者からそういう付き合いが始まり夜はまだ、サンドラの知らないディープな世界が広がっているらしい。
しかし特に興味もないし、多分サンドラはそれらを楽しむ質ではない。
だからこそもし参加する時が来ても最低限にして彼らに、こうして声をかける日常は変えないつもりでいる。
そんなときにふと、彼の朝はどんな様子だろうかと考えた。
……お酒は飲むのかしら。寝起きはいい方? あの銀髪は起きた時からさらさらなの?
想像してみるけれど、プライベートに踏み込んだことがないのでわからない。
「うう゛~ん。誰よこのハーブティーが二日酔いに聞くって言ったの……頭が痛いのは治らないわよ……」
目の前にいるラウラがそんな声をあげつつも、苦いハーブティーを必死に飲んでいる。
「当たり前ですわ。ラウラお姉さま、そんなにすぐに治るのならば魔法の治療など必要ないでしょう。それが嫌だというから探してきたのに文句を言うのね?」
「……サンドラが、言ったのだっけ?」
「ええ、そうですわ。お忘れですの?」
「……そうねスッカリ、あら、あらあら? 血の気が引いて頭が痛くなくなってきたわ。うふふっ」
「ラウラお姉さまったらうっかりものですわね。その調子でお嫁に行ったとき旦那様に失言をしてはいけませんわよ」
「いやね。大丈夫ですわ! わたくしの可愛いサンドラ、わたくし、外面だけには自信がありますもの!」
ラウラは途端に元気を取り戻しそう言って、サンドラは、まぁその通りかと考える。
植物や自然に関することはサンドラの方が詳しいけれど、ラウラの知識量もそれなりだ。社交界では頭の良い賢い女性で通っている。
そしてほか二人の外面もとても良い。今朝がたの貴族らしからぬ姿など誰も想像できないだろう。
家族でダイニングから出ると、入れ違いに入り婿であるメイナードと遭遇する。
彼はレイラの旦那であるが、完全な政略結婚で二人の間に絆はあっても男女間の愛情は特にないらしい。
なので別室、別の生活空間でダイニングや庭園だけを共有にしている。
「おはようございます……お義父さま、レイラ、ユスティーナちゃん、ラウラちゃん、サンドラちゃん」
彼の挨拶に、それぞれが返事をし、レイラは朗らかな表情で彼と抱擁を交わす。
彼らは抱き合ったまま、うっとり眠ってしまいそうな様子で、メイナードも眠たいのか目が糸のように細い。
しかしゆったりと離れていって、それからフィランダーがハッとして「そうだ、先日の宴会の件で……」と仕事の話を始めて二人でダイニングへと戻っていった。
よくあることなので誰もそのことについて言及せずに、サンドラたちもそれぞれ部屋に戻り、身支度を整えてカルティア公爵家の一日は動き出す。
招待されているお茶会のことやお稽古のことを考えてサンドラは気合いを入れたが、また、彼は今頃はどうしているのだろうかと疑問が浮かんで少しぼうっとしてしまうのだった。




