2 可愛くて
パーティーが終わってちらほらと人が帰りだす。サンドラたちもエントランスに向かって歩き出した。
隣にはアントンがおり、彼は今日のパーティーがよほど楽しかったのか、満足げだ。
そんな彼の気分に水を差すのはいい気がしないが、今回のことをわざわざ次に会った時に話題に出して気分を悪くするのもそれはそれで面倒くさい。
それに何より、今、サンドラが憤っている気持ちを伝えたかったのだ。
「アントン、少しよろしくて?」
「ん? なんだ、そんな不機嫌な声を出して」
サンドラの言葉に少し視線をこちらに向けて、彼は聞いてくる。
彼はまったくサンドラを怒らせたことに心当たりがないらしい。話したら話しっぱなしでもう忘れているような態度もひどいものだと思う。
なんせサンドラは毎回、アントンがサンドラの過去の失敗談を話すたびに苦言を呈している。
そのはずなのに毎回毎回、性懲りもなく……。
そういう気持ちを込めてサンドラは普段から鋭い猫のような瞳をさらに鋭くしてアントンに言った。
「ああいう話……つまりはわたくしの失敗談ですが、それを話題にすることをやめてくださいませ。非常に不愉快ですわ」
「……」
「たしかに、わたくしは奔放な子供だったかもしれませんわ。けれど、皆そういう話の一つや二つはあるでしょう。それをわざわざ話すのなんて、話題のない親戚集まりぐらいなものですのよ」
この説明も毎回している。そんなに面白い失敗談を話したいのなら自分の話をすればいい。他人をダシに使って笑いを取るのは、自分は面白くない人間だと叫んでいるのに等しい。
恥を知れ、と口にしたい。
しかし実際、彼らは楽しんで聞いていた様子だったし、そこまでのことを言われたかというとまだ判断が難しい。
だからこそあまり強い言葉を使わないように心掛けた。
「それにわたくしはそういう話をされることが嫌いです。何度も言っているでしょう。羞恥心を感じます。だから━━━━」
だからもう二度とそういう話をしないと約束してほしい。
そう言おうとした。
しかし、突然腕を引かれて、ぐっと抱き寄せられてサンドラは身の毛がよだつ思いだった。
「すまない! サンドラ、俺はまたつい、お前の可愛く幼い失敗談をつい皆に知ってほしくて、口にしてしまった。そうだった、お前はそういう話が嫌いだったのに!」
「っ、離してくださいませ、こんな公共の場でっ」
「いいや放さないっ、俺はただお前が愛おしくて話さずにはいられないんだ、ごめんな、サンドラ」
耳元で大きな声で言われて、周りを歩いていた貴族たちは、若い二人が抱き合っているのを見て、あらあらと微笑ましいような表情を浮かべている。
……こういう行為も常々、きらいだと言っていますのに。
そう思うが、愛おしくて愛情から口にしたくなってしまうと言われると、今のサンドラには反論するすべがない。
婚約者であり、将来を約束された仲で、二人でお互いを尊重し合って生きていかなければならないのだから。
それに否定的なことを言っていても放してくれそうもない。
とにかく今は、すぐにでも離れたくなって、サンドラは渋々「わかりました」と言う。
「わかったから……そういう事なら、わかりました。ただ離してくださいませ」
「ああ……わかってくれたか、サンドラ。嫌な思いをさせてすまなかった」
謝罪も口にされて、これ以上責めることは出来ない。
しかしまた、数日後にはサンドラの別の失敗談が広まっていてサンドラはどうしようもない気持ちになったのだった。