19 優先順位
「というわけで、ユスティーナお姉さまの問題は解決しましたわ。あなたの助言があったからこれほどスムーズだったと思いますの、ありがとう、ライネ」
タウンハウスへと遊びに来た彼に、サンドラは丁寧に事情を説明してお礼を言った。今日は王都の屋敷なので、ガゼボのそばに小鳥の餌台はなく周りには美しい庭園が広がっているだけだ。
彼は緩く頭を振ってこたえる。
「滅相もございません。サンドラ様がきちんと対応をしたから状況が良くなったのではありませんか」
「……」
「僕も話は聞きましたが、ケインズ男爵夫人は多くの方にあまりよく思われていない様子でしたからきちんと言う人が現れてよかったと好評です。同世代の間では誰がサンドラ様を射止めるのかなんて予想が流行ったりしていて」
彼の言葉にまぁ、おおむねサンドラもよく頑張ったしそういうことにしておこうと思う。
それにしても彼は案外、情報が早いというか友人関係など交流は少ないはずなのに話がかみ合う。
それについて常々疑問に思っていたのだ。今のスピード感ならばサンドラが行動を起こしてからすぐに謝罪に来てもおかしくなかったはずなのに、着たのは自身も婚約破棄をした一ヶ月もあとだった。
「……そうねぇ……ところでライネ。あなたは案外、社交界での情報をよくリサーチしていますわね。そんな話が流行ってるなんてわたくしの方が知りませんでしたわ」
「あ……それは……」
「何か後ろめたいことでもありますの?」
「いえ! ……あ、でも後ろめたいといえば後ろめたいです」
冗談のつもりで聞いた言葉だったが彼は肯定してサンドラは意外な一面に食い気味で聞き返した。
「教えてくださいませ。誰にも言いませんわ」
「……そ、それほどの秘密というわけでもありません。ただ、公の場で皆さん意外といろいろなことを話されますから、自分は友人もいませんし、静かにしていると話の内容が聞こえてくることも多いのです」
「ああ、盗み聞きだから後ろめたいんですのね」
「そ、その通りです」
「なんだ普通のことじゃありませんの」
それに、公の場で話す方にだって問題もあるし、聞かれていてもいい話しかしていないだろう。それほど気にするようなことではない。
しかしやっぱりきちんと社交界で周りの話を聞いて、情報収集しているというのならば何故一ヶ月後になったのか、という疑問が残りサンドラは問いかけた。
「……では、どうしてマルガリータと婚約破棄したタイミングでいらしたの? もっと早くに知っていたでしょう。あの男の笑い話を」
「はい……サンドラ様にご迷惑をかけていたということで、すぐにマルガリータと縁を切り謝罪に向かうべきだと考えたのですが、マルガリータのことは母が気に入った婚約者でしたからこのままでと言い」
「……お母さまがマルガリータを……?」
「しかし、外聞を考えてカルペラ伯爵家は慰謝料を払っての婚約破棄をと少々揉めまして……父が間に入ったのですが婚約破棄をすると今度は、サンドラ様に許しをいただくまでは屋敷に戻ることは許さないと言う話になりまして」
話を聞いてサンドラは怪訝な表情になっていた。
ライネの母をはじめは勝ち気で剛毅な人なのかと考えたのだが、どうにもそういう様子ではない。
「ですのでことが起こってから少し遅れてしまいました。ただある程度事情も落ち着き、サンドラ様も面会を出来る様な時間があったことを幸いだったとも思っています」
「そんな事情があったのですわね。ライネのお母さまは一体マルガリータのどのあたりを見て彼女を気に入っていたのかしら。よくわからないわ」
「彼女なりの琴線があったのだと思います」
疑問に思って問いかけたが、答えになっていない返答がされる。それに話はライネ自身の結婚相手の話についてだ。
親の裁量にすべてを任せていたら、なんとなくだがこれからもあの話を笑い話にできる様な幸せを掴みとれるとは思えない。
だからこそ、別の選択肢を選べると彼が思ったのなら次は、彼自身が望む道を叶える気があるかどうか……が重要なのだろうか。
こう考えるとなんだか酷くのろまな歩みで、いつまでたっても彼はマルガリータの悪意から逃れて幸福に成れそうにない。
ただ、幸せになる気はあるのだろう。彼にとって負い目のあるサンドラたっての願いなのだから。
「……まぁ、そのライネのお母さまの感性など今となってはあまり関係ありませんものね。ある程度意見は聞く必要はあるでしょうけれど、ライネはライネが良いと思う人を選べる歳なのですもの」
言いつつ彼を見る。少し風が吹いて彼の髪をさらった。
けれども彼はあきらめているように、目を細めて何も返答を返さない。
サンドラの言葉に同意しない。
「……」
「それは違うと思うのならそう言ってくださいませ」
彼のその些細な行動がサンドラには酷く不快で、ついついそう口にしてじっと彼を見つめる。
……わたくしは何も間違ったことは言っていないはずですわ。ライネが過去の出来事にするために新しいものに目を向けるのは必要なことですもの。
それなのに、どうして同意しないんですの?
というか、わたくしの言葉よりもお母さまの方を優先するということですの?
その気持ちはくしくも先日のユスティーナと似たようなものだった。
「そう、ですね」
彼はきちんと答えて欲しいのに、まともな返答を返さない。
二人の間を白い蝶がひらひらと飛んで横切った。それをサンドラは横目で追って、それからムカッとして言及することにした。
けれども、ただ幸せになるためには云々とアドバイスをしているだけのサンドラでは、彼の家族であり直接関与する母親と対抗勢力としては弱すぎる。
彼が比べて然るべきで、選び取って然るべきで、そんな相手ならこの話を言及する資格があるだろう。
考えて、自然とサンドラは彼にはっきりとした返答を出させるために口にしていた。
「わたくしが、あなたの嫁になりたいといった時、お母さまがダメと言ったらそうするんですの? ライネ、嫁に取るも取らないも、何をするのもあなたは自由ですわ。ライネの意思で答えてくださいませ」
「……もしもの話ですか?」
「いいえ、今なりたいと思いましたわ」
「……」
サンドラはとても告白するような雰囲気でも人相でもない状態で彼を睨みつけて言った。
そのせいか、それとも返答に困っているかはわからないが彼は、俯いて困ってまたサンドラよりも小さくなった。
その間にサンドラは納得いかない気持ちで庭園に視線をやって、何か珍しい蝶でもいないかと少し気分をよくするために考えた。
「……わかりません」
しかし、そうしているうちにライネは言って、それは否定と同意義だと即座に思った。
それから、何かもっと問い詰めてやろうと考えて視線を向けるとバチッと目が合って「でも」という。
「でも、サンドラ様の願いは叶えたいと思っています」
……どういう意味ですの?
まっすぐに受け取るならサンドラを嫁には貰いたいと思っているという言葉だろうか。それなら母よりも優先するといえばいいのに、なんだろうその答えは。
「すみません。今日はそろそろ失礼します。また手紙で連絡しますので」
そう言って彼は勝手に椅子を引いて立ち上がる。まるでもうこれ以上話をすることはないみたいじゃないか。
そんな彼を引き留めるか引き留めないか考えているうちに、あまり間を開けては拗ねているのではないかと思われると考えてしまってサンドラは「あら、そう」と平然を装ってそう言ったのだった。




