16 失礼
ケインズ男爵夫人の周りのソファは開いていて、落ち込んだ様子のジェレミーが一人見張るように夫人のそばにいた。
ケインズ男爵や跡継ぎの長男などは不在の様子で、彼女に話しかける女性は誰一人としていない。
サンドラが参加していたパーティーでも常にこんな様子で、ほかのご婦人方とは少し距離を置かれている。
そんな彼女の元に、目立つ四姉妹はサンドラを先頭に颯爽と向かっていき、たっぷりの優しい笑みでサンドラはケインズ男爵夫人に話しかけた。
「ごきげんよう。ケインズ男爵夫人。お姉さまがとてもお世話になっていると聞いていてもたってもいられずに参りましたわ」
「……ご、ごきげんよう。カルティア公爵令嬢……もちろん嬉しいけれど、ぜひ向かいに座って。それにしても姉妹全員でいらっしゃるなんて……」
「ユスティーナ……」
彼女は面食らった様子だったがソファの向かいを指し示し、サンドラは彼女の対面に座ってそのそばにレイラとラウラが来る。
ユスティーナは、その姿を見て立ち上がってすぐに彼女のそばに寄ったジェレミーと向き合っている。
彼らは彼らで話があるだろう。今回の問題のメインはそちらだ.。邪魔をするつもりはない。
しかし、やることはやらせてもらおう。
サンドラはケインズ男爵夫人を笑みを浮かべつつも睨みつけるように視線を鋭くして見据え、しゃんと背筋を伸ばして、声を大にして言った。
「ところでケインズ男爵夫人は、大事な社交の場である夜会で、一人の話し相手も居らず退屈している様子、わたくしが友人の作り方を教えてあげましょうか?」
「え?」
「お姉さまにも良かれと思って、ケインズ男爵夫人は彼女のプライベートな部分にまで不躾に踏み込んでアドバイスをしたと聞きましたの。ですからわたくしも、たくさんお世話になっているケインズ男爵夫人に大切なことを教えてあげようと思いまして参りましたのよ」
ペラペラと話し、嫌味たっぷりにサンドラが笑う。
彼女はその様子にカチンときたのか、深いほうれい線のある頬を引きつらせて、サンドラの声に合わせるように大きな声で言った。
「あ、あまりに不躾ですわ! と、年上に向かって……」
彼女は思わず拳を握り、非難するような眼でサンドラを見る。周りの貴族たちは異変に気が付き視線が集まった。
その様子に注目されて彼女は少し声を抑えて続ける。
「こんなことを突然言うなんて、やはり片親で育った女の子は駄目ね。可哀想に」
「そういう言葉は、人を傷つけるとわからないなんて、やっぱり友人がいない人はいけませんね。不憫ですわ」
「な、あ、あなたが先に、私に失礼なことを言ったのでしょう」
彼女は当然のようにそう指摘する。もちろん出会い頭で失礼なことを言おうと思って言ったのだ。
ただこれだけではまだ、確証がないので別の視点からも少し責めてみる。
「言いましたわ。普通であれば言われたくないと思うことを言いましたわ。姉の義母になる方に向って言いましたわ」
「なによ。わかっているんじゃない……まぁ良いわ。あなたぐらいの歳の女の子ってそういう可愛くないところがあるものだもの。それに比べて私は可愛い息子二人に囲まれて幸せな子育て生活だったわ……」
サンドラの言葉にケインズ男爵夫人は隙あらば貶す言葉をはさんでくる。
こんな調子でユスティーナにも言ったのだろうことは想像に難くないし、だからこそ跡取り夫婦にも見限られて彼女のそばには誰もいないのだ。
「そうですわね。その優しい息子にも見限られて、さらにケインズ男爵夫人を火種に次男夫婦にも亀裂が入っているのですから、問題は夫人の人柄なのでしょう。わたくしたち家族仲は良好ですわ。その秘訣を今からお教え差しあげましょうか?」
「し、失礼な子……なんてことを言うのかしら、若くて美しく身分があるからと言って年上を馬鹿にするなんて……」
サンドラの言葉に彼女は目を見開いて信じられないというような視線を向けてくる。
ふと顔をあげて、彼女は誰か味方を探した。こちらは三人、彼女は一人、どうにか加勢してほしいのだろう。
そして頼れる相手を見つけられなかった夫人は周りにいる貴族たちに問いかけた。
「聞きました? カルティア公爵令嬢がまだデビュタントを迎えたばかりの癖に大人を馬鹿にした発言を……これは問題よ。社交界の秩序が乱れる、そう思いませんか?」
声を掛けられたただの野次馬たちは、自分に言われたのではないはずだと視線を逸らして反応しない。
こうして突然、失礼を受けた時に声をあげてくれる人すらなく、むしろそうされても当然だと思われるようなことを周りから見ても彼女はしている。
今まで、誰に対しても失礼を言って、誰も仕返しをしないから増長して見限られて放置されてきたのだ。
一度、自分が何をしていて、他人にどんな痛みを与えてきたのか知った方がいい。




