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【本編完結】笑い話に悪意を込めて  作者: ぽんぽこ狸


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15 デビュタント





 そういえばサンドラはしれっと成人していた。女の子の成人は男の子に比べて早く、夜会に参加し良縁を探すことができるのだ。


 成人して初めての夜会はデビュタントとして大体は母とともに参加し紹介を受けて、適切なふるまいを覚える重要な機会である。


 先達の教えをよく聞き、自分で判断して行動できるように学び、大人たちに一人前だと認めてもらう。そんな大事な行事なのだ。


 けれども実はこの国では特に重要視されているというわけではない。


 貴族は魔法という大きな力を持っている。だからこそ十歳を超えたあたりから多くの社交の場に同行し、同じ立場の同年代と交流し、貴族としての心得を知っていく。


 特に上級貴族の子供はみな、自身よりも力の弱い従者に囲まれて自分の力を持てあますことが多い。


 だからこそ世界を広げ同じ力を持つもの同士の交流を深め、正しい使い方やその道を知ることも重要とされている。


 なので夜会への参加が出来るようになるというだけで実質的には社交界に初参戦というわけでもないのだ。


 ただ重要は重要。だからこそ、サンドラはこの重要な行事にお姉さまたち皆に母の代わりをして欲しいのだと屋敷に閉じこもっていたユスティーナに言った。


「可愛いサンドラのお願いだもの、もちろん……と言いたいけれどわたくし今は可愛い妹を完璧にサポートしてあげられないかもしれませんわ」


 落ち込んだ姉はそんなふうに返す。


 そんな彼女の手を取ってサンドラは目を細めて笑みを浮かべる。


 完璧である必要などないのだ。サンドラたちのお母さまは早くに亡くなってしまった。けれどもサンドラをきちんと愛して育ててくれたのはお姉さまたちだ。


 だからそばにいて欲しいそれだけだ。


 おしゃべりで、少々厄介なこともあるけれど、サンドラが自分を失わずに好きに生きられているのは彼女たちが愛してくれたからだ。


「良いんですの。それにわたくし、夜会で一番にやりたいことが出来ましたわ。一緒に来てくださいませ、ユスティーナお姉さま」


 そう言うと彼女はコクリと頷いた。


 それからサンドラのドレスや、宝石、髪結いなどを考え出して、考えている内にいつもの饒舌な彼女に戻った。


 やはり姉はこうでなくてはならない。彼女たちがサンドラを愛してくれているように、サンドラも彼女たちを愛しているのだから、手助けをしてもらっているばかりではなく時には手を貸せる関係性がきっと正しい。




 タウンハウスに戻りライネに連絡をして、サンドラはほか二人のお姉さまと話し合いをしてから、夜会へと向かった。


 四人姉妹お揃いの髪型をして、同じ色のドレスを着た。


 ところでお姉さまたちは三人とも年子の姉妹である。容姿もよく似ていて黒い髪に黒い目をした美人なのだ。ところがサンドラだけは三つ違いで目の色も金色、優しげだった母と違って父と同じ釣り目である。


 だからこそ身に着ける物の系統を完璧にそろえるお揃いコーデは、サンドラには少々似合わなかった。


 けれども今日だけはお姉さまたちと相談してサンドラにも似合う衣装を身にまとい、存分にお姉さまたちとのつながりをアピールしたい。


 娘が突然デビュタントをすると言ったのでついてきたフィランダーは、夜会の行われるホールに入場し、周りの貴族たちがざわりとするのを見て苦笑した。


 それから「お前たちは本当に注目を集めるな」と言ったのだった。


 ホストである王族の元へとあいさつへと向かうと、国王陛下は好々爺然とした表情で「美人が並ぶと、圧巻であるな」と言う。


 それから「気を引き締めて楽しむように」とも。


 サンドラはきちんとお淑やかに返事をし、壇上から降りるとホールを一瞥してからユスティーナが口を開く。


「では、予定通り、レイラから順に伝手のある貴族へ紹介をしていきましょうか!」


 彼女は腰に手を当てて、レイラの方へと視線を向ける。紹介といっても彼女の旦那やその家族とは会ったことがあるので形式的なものになるが、一般的にデビュタントはそうすることが普通である。


 しかし、レイラとラウラは視線を合わせ、彼女たちは得意げな顔をしてユスティーナに言う。


「いいえ、ユスティーナ。今日は一番最初にやることがありますわ!」

「レイラの言う通り、向うはケインズ男爵夫人の元!」


 二人が言うと彼女は、目を見開いてそれから、少し難しい顔をして頭を振った。


「それは、違うのよ。良いんですの、たしかに難しい問題だけれどわたくしが考えているのは……」


 彼女はジェレミーに言ったように違うという言葉を口にして、共にケインズ男爵夫人の元へと行く必要はないと思っている様子だった。


 しかしそうだとしても、こういう機会だ。


 やって悪いことではないし、サンドラは自分のことではなくても、お姉さまを侮辱されて許すことなどありえない。


「わかってますわ。それでも、釘をさすぐらいはしてもいいでしょう? 悪意を持っているかどうか関係なく、わたくしは怒っていますの、それを知ってもらわなくては」

「……」


 お姉さまと手を組んでサンドラは深く笑みを浮かべた。お姉さまは受け流すことができるのかもしれない。


 しかし、そもそも受け流さなければいけないようなことを言う方が悪いのだ。


 そういう人もいることもわかっているし、お姉さまたちのおしゃべりのように仕方のないものかもしれない。


 それでも、彼女たちは本当に嫌なことまで広めたりしない。口を閉ざすことは出来なくても話題を選ぶことぐらいは出来るはずだ。


 それをしないのは、怠慢だろう。


 ……だからこそ、その怠慢が何を生むのか思い知らせてやりましょう。


「……わかったわ。サンドラがそこまで言いうんだもの。レイラもラウラも気をつかわせたわね」

「あら、水臭いわよ! さっさと行きましょう」

「そうよ、それでやっと四人お揃いコーデを受け入れてくれたサンドラと屋敷に戻って絵に残してもらうのですわ!」

「あら名案ですわ! ラウラ! 十枚は描かせましょう」

「そんな、それではわたくしとサンドラの二人きりの絵をかかせる時間がなくなってしまいます!」

「なんてことを企んでいるのですか! サンドラという天使は三人で分割すると決めているじゃない」


 お姉さまたちは突然口論を始める。


 ……そんなに描かせたら画家の腕が折れますわ。それにわたくしは誰のものでもありませんのに。


 そう言いたかった。しかし、言うとまた面倒くさいことになるだろうと考えて、サンドラは口をつぐんでさっさと男爵夫人の元へと向かったのだった。




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