11 卑屈
ライネは見てくれ通り、というか想像通り、割と律儀な人であり数日後に手紙をよこして今度は予告をしてやってきてくれた。
彼の従者は楽器を携えており、天気もよかったので前回と同じようにガゼボで彼の演奏を聴くことになった。
楽器はリュートという楽器を使用していて、ざっくり説明するならば腕に抱えるほどの巨大な洋ナシを半分にカットしてヘタの部分に板をつけて弦を張ったような楽器である。
近い楽器と言えばマイナーではあるがギターなどとおなじ弦楽器だ。
主に男性が演奏することが多く、ハープなんかは女性の趣味として流行している。
「では、一曲」
彼はこの時ばかりは姿勢をきちんとして、慣れた手つきで弦をつま弾いた。
ハープの音色と違って、大人びた雰囲気のある柔らかく落ち着いた音色は、彼によくあっている。サンドラも目を細めて耳を傾ける。
うまくないと謙遜していたが、たしかに素晴らしい技術で誰でも、聞き惚れる才能があるわけではない。それでもたくさん練習して弾きなれている危うげのない演奏は聞いていて心地がいい。
……わたくしは、とても素敵だと思いますわ。
彼の演奏を頭の中でそう評価する。演奏が終わると彼はぺこりと頭を下げて従者に楽器を返す。サンドラはパチパチと拍手してそれから言った。
「素敵な演奏でしたわ。ライネ」
「そうでしょうか。比較的簡単な曲ですし、特技とも言えない趣味なのでそう称賛されるようなものでもありません」
「あら、誰かと比べて優れていなければ称賛してはいけないんですの? あなたの演奏を聞いて誰かと比較して楽しむなんてそれこそ不躾よ」
ライネの卑屈な言葉にサンドラは、この人はまったく野暮だと思いながら否定した。
……せっかく褒めているのに、素直に受け取らないのですから。他人に貶されて困ることはあっても、褒められて困ることなどありませんわ。
「わたくしはただ、良いと思った。それだけでしょう」
「……はい。……少しお伺いしてもいいでしょうか」
「何かしら」
結論付けると、彼は少しまたしょんぼりとして、それからすこし間を置いて聞いてきた。
頷くと、不安そうな瞳と目があって子犬みたいだと思った。
「自分は、少し卑屈なのでしょうか」
「っ、自覚がありませんの?」
まるで今初めてそう思ったかのような問いかけに、サンドラは思わず聞いた。
彼はサンドラよりも長く生きているくせに、そんなことも自覚がないのか。
サンドラの質問の答えに対して、ライネは少し言い淀んでから「ありませんでした」と返す。
「……呆れましたわ。それに少しではありませんわ。大分よ。言われたことはありませんの?」
「母や父は、僕が多くの人とかかわりを持つことをよく思っていませんし、本音を言ってくれるような関係性の方と友人になれたのも初めてなので」
サンドラの頭の中で彼の父や母に対する気持ちが少し変わる。
彼がまっすぐ生きていくために十二分なサポートをしていた親というよりも過保護すぎる親になった。
そして少し疑問に思った。
「……では、どうしてわたくしの元へはこられるのかしら。成人して自由に動けるようになったからですの?」
「いえ、ほかでもないカルティア公爵令嬢とのご縁ですから、望まれているのに拒絶することはできないと」
「……」
返答を聞いて彼らは、息子を大事にしているというよりも、自分たちを大切にしているのではないか、そんな印象を受ける。
「社交界でも僕を見ると気分を害する人間が多いので最低限に顔を出し、目立つなと言われています」
「……」
「僕も鏡を見るのが嫌いですから、そう思われるのも当然でしょう。マルガリータが僕を悪く言ったことも怒ってはいないのです」
当たり前のように言う彼に、サンドラはなんだか物悲しい気持ちになった。
たしかに少し普通とは違うかもしれない。けれどもサンドラだってそれは同じだ。
それでもお姉さまたちも父だって、理解を示してくれた。
受け入れるために知ってくれた。家族ならそういうふうに知ろうとして受け入れようとするのはサンドラにとっては当たり前のことだ。
だから、自分をそんなふうに汚いものみたいに言う彼につい前のめりになって、彼の前にカーテンのようにかかっている前髪をよけて目を合わせた。
「自分を低く見積もり過ぎですわ。悪意を向けられて当然な人間なんていないんですの」
「あ……ええと」
「怒りなさい。わたくしのように悪意には悪意を持って叩きのめせとは言いません。それでも怒ってあげなさいませ。そうでなければライネが可哀想だわ」
「……あの……」
言いながらサンドラは、彼の額の痣に手のひらで触れて親指で少し擦った。
彼はサンドラの突然の行動に驚いて、怯えるように目を細めた。
その目をサンドラは睨みつける。どうやらあまりサンドラの言っていることは通じていない様子で言葉を変える。
「わたくしはあなたの顔を見ても痣に触れても何も思いません。この痣があの鳥の青のように緑にも紫にも色を変えて煌めいたら面白いのにと思うだけですのよ?」
「は、はい」
「だから、わたくしの前ではあなた自身を貶めないでくださいませ。それだけですわ」
「……善処します」
「ええ。……さて、もう一曲、明るい曲を弾いてくださる? あなたの演奏わたくしは大好きですからね」
「ありがとうございます」
そんな会話をして、サンドラは次から次に曲をリクエストして楽しんだ。
ライネといるといつもの調子が崩されて、主導権はサンドラが握っているはずなのに何かおかしい、でもともに過ごすことは嫌じゃない。
……ひどい矛盾ですわ。




