10 帰宅
ところでカルティア公爵家は王族の直轄地である王都に接している領地であり、非常に栄えている。
そのカルティア公爵領をはさんで向こう側にパーシヴィルタ辺境伯領があり何かと交流が盛んだ。
王都と距離のある領地の貴族はあまり気軽にマナーハウスとタウンハウスを行き来することは多くないが、近接領地の人間はサンドラのように気軽に帰ってくるようなこともある。
それは、お姉さまたちにも言えることだった。
上から二番目の姉、ユスティーナを目の前にして、サンドラと父のフィランダーは目線を交わしていた。
「こちらで学べることもまだまだありますし、わたくしも長期間王都で過ごし少し息苦しいと感じることもありましたの!」
彼女はニコッと笑みを浮かべて愛おしい妹であるサンドラと、この屋敷を取り仕切っている父に、息巻いていった。
「少しだけ、本当に少しだけ突然かもしれないけれど、ほら、そのぐらいは些末なことですわ」
「……もちろん、問題はないが」
「それなら安心ですわね。わたくししばらくこちらで過ごしたいと思っています、お父さま」
「娘の願いだ問題ないが……ただ、お前、あちらとの関係は━━━━」
「さあさあ、そうと決まればお土産ですわ。サンドラに似合いそうなものをたくさん買ってきましたの!」
彼女はわかりやすく、フィランダーの言葉をさえぎってぱちんと手を打った。すると侍女たちが持っていたトランクを次から次にローテーブルに置いては広げ始める。
「……おぉ」
父はあまりの物の多さに驚いて、声をあげる。中には美しいドレスやら、綺麗に梱包されているアクセサリー類、なんだかよくわからない置物まであった。
それほど長い間王都から離れていたというわけでもないのに、彼女のお土産は大量であり、サンドラは困った気持ちになる。
もとより酷い散財をするような人ではないし、お姉さまたちはおしゃべりで仕方がないところもありつつも案外将来を考えている人格者だ。
「マナーハウスに戻ると言ったら、渡せていなかったプレゼントをレイラやラウラからも頼まれたのですわ! さあ、一番気に入ったものから教えてくださいませ、サンドラ!」
「……そうねぇ」
悩んでいるそぶりをしつつ父に目配せをするが、父は腕を組んで難しい顔をしているだけでなんのアイコンタクトも返してはくれない。
一応、彼女にも婚約者がおり、結婚は意図的に遅めにすることになっている。
それは跡継ぎのレイラと協力して、功績をたて、カルティア公爵家を支える分家として爵位を賜り、婿をもらう予定だからだ。
そういう形の結婚を実現するために彼女自身もレイラとともに人脈作りと実務的なことを学ぶために王都にいたはず。
それが突然帰宅してこの態度。何もなかったという方が不自然だろう。
「誰のプレゼントが一番気に入られるかいつも勝負していることは知っていますわよね? さぁ、教えてくださいませ」
「ええ、わかりましたわ」
しかし、それを指摘されたくないと思っていることは彼女の必死さを見ればわかる。
その場では何も言わずに、サンドラは難しい顔をしてお土産のトランクを順繰りに見て回った。
フィランダーはずっと腕を組んで梟のようにむすっとした顔で考え込んでいる。
まさか眠ってしまったのではないだろうなとサンドラは疑わしい気持ちになったのだった。
「何かあるとすれば、ケインズ男爵家のことだろうな」
父はやっと口を開いたかと思えばわかり切ったことを言った。
ケインズ男爵家とは、王都勤めの貴族で、ユスティーナの婚約相手の一族だ。
婚約者の男性は悪い人ではないというのはサンドラも知っている。しかし、その一族というくくりになると難しい。
「そんなの、わかりきっていることですわ、お父さま。そんなに考え込まれていたのに、もっとめぼしい情報は無いんですの?」
「……そう言われても、生憎、私は王都のことには精通していない、お前とここにいるのだからわかるだろ」
「そんなことは知ってますの。それでも、独自の情報網があるから、こうして我が家は潤沢な資金繰りなのでしょう!」
そう言って父のグラスに、サンドラは苛立ちをぶつけるようにワインを注ぎまくった。
「おっ、お、まて、まて、バランスが悪い」
なみなみ注ぐとフィランダーはぐらぐらするワイングラスを傾けて煽る。
こうしてわざわざ話し合いの為に晩酌に付き合ってやっているのだ。少しはマシなことを言って欲しい。
「っ、はぁ……市場の動きならまだしも、社交界のこととなると当事者のようにとはいかないぞ。明日になれば、レイラあたりから手紙でも届くだろう」
「そんなの分かっていますわ。でも心配なんですの。……ユスティーナお姉さまは、ああ見えて頑張り屋でしょう?」
「そうだな」
「……ケインズ男爵夫人とは相性が悪いですわ」
ケインズ男爵家の一番の懸念事項である彼女のことを指摘する。
男爵夫人はつまり将来、ユスティーナの義母になる女性。彼女はそれなりに社交界では名が知れている……悪い意味で。
「あの方と相性が良い人間など私は想像がつかないがな」
「揚げ足を取らないでくださいませ」
父の嫌味な言葉にサンドラはギラリと睨んで考える。まったく結婚や婚約に関する事項というのはどうしてこうも問題ばかりなのだろう。
面倒で結婚なんかしなければいいような気さえする。
しかしそう思うのはサンドラが、愛や恋というものを知らないからだろうか。
ともかく、結論は出ないまま疑問は尽きないのだった。




