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1 失敗談




「そういえばこいつはさぁ」


 その言葉を聞いて、サンドラはまた始まったと思った。


 しかし周りにいる同世代の貴族たちは、その決まり文句に気が付いていない。今までしていた話も丁度区切りがついたところだったので、新しい話題に素直に視線を向けていた。


「この間、またこいつの姉上から聞いたんだが、昔は昆虫採取が趣味だったらしい」

「えー! 意外ですわ。サンドラ様、こんなにお淑やかですのに」


 侯爵家跡取りであるアントンの話題を盛り上げようと、とある令嬢がそんなふうに声をあげる。


 それにさらに彼の元に周りの貴族の視線が集まる。


 パーティーなのだから彼の話など聞かなくとも楽しみ方はたくさんあるだろうに、誰もが同世代の楽しい話題についていけなくなることが怖いのだ。


「そうだろ? 昆虫採集は昆虫採集でも、なんと庭園の小石の裏にいるダンゴムシやらミミズやらだったらしい!」


 おどけるようにアントンが言って、彼を制止するようにサンドラは「ちょっと」と苛立った声をかけた。

 

 しかし彼は「まあまあ」と言って話を続ける。


 ……まあまあじゃありませんわ。……毎度毎度。


 彼はいつもそうなのだ、この婚約者はいつもいつも。


 そう思うと腹が立って、手に持っているティーカップをバリンと割ってしまいそうだった。


「でもそんなものを集めてどうするんですの?」


 彼の言葉に皆が驚いて、満を持して、一人の令嬢がまた聞く。


 あたりには生演奏の美しい音色が流れている。


「それが聞いて驚け? 庭園に落ちていた野生の小鳥を拾ってその餌にしていたらしい!」

「あら、それは子供らしいというかなんというか……」

「少し、汚いわよね」

「だろ? こいつはさぁ、そういう見境のないやつなんだよ。誰にでも優しいっていうか?」


 そう言ってチラリとこちらに視線を向けてアントンは含み笑いを浮かべる。


 ……褒めているつもりでしょうが、その言葉でわたくしが本当に喜ぶとでも??

 

 彼の表情にさらに苛立って、サンドラは今ならドラゴンのように口から火を噴けそうだった。


「それにしたって単に虫を愛でるのが大好きな少女だったならまだしも、その虫を小鳥にわざわざ食べさせていたなんて、なんだか残酷な気がするだろ? 女の子としてその辺どうなんだ? サンドラ」

「…………小鳥が傷ついていたからわたくしが代わりに、餌をとってあげただけですわ」


 話を振られて、なんだか悪意のあるような言葉につんとした態度で返す。


 しかしアントンはサンドラの態度などまったく気にしていない様子で「でも、普通そんなことするか?」と笑みを浮かべる。


 普通ではないことは承知している。傷ついた野鳥を拾うのなど自己満足だろう。しかしもう十年も前のことだ。今なら、癒しの魔法を持つ貴族の元にもって行ってちゃんと治療してあげられる。


「それで面白いのはここからなんだ。昆虫採集をしているサンドラが虫好きだと思った一番上の姉が、これはと思って、外国からとても珍しくエキゾチックな虫を購入してやったらしい、それはなんと大金貨二十枚!」

「おお、すごい、流石は公爵家だな!」

「下働きの平民を一年も雇っておけますわね」

「しかし! サンドラはそれを受け取って、どうしたと思う?」


 すでにその答えなどわかり切っているオチだというのに、周りの貴族令息、令嬢たちはうーんと頭をひねらせているような態度を取って、それから的外れなことを言った。


「そこから今でも、珍しい昆虫好きになったとか?」

「不正解」

「では、可哀想なので野に返してしまったとか!」

「違う、違う」

「なら一体、サンドラ様はその昆虫をどうしてしまったのですか?」


 最後に続きを促すような質問が出て、そこでアントンは待ってましたとばかりに、ソファーの背もたれから起き上がって前のめりになって言った。


「なんと! その珍しい昆虫も小鳥に全部、食べさせてしまったらしい!! 大金貨二十枚のシロモノだぞ?」

「まぁ! それは勿体ない」

「お姉さまはさぞガッカリされたことでしょうね」

「ああ、こいつは本当にお茶目というか……普通気が付きそうなものだろ? 公爵家で目も肥えているというのに、価値のあるものに気がつかないわけもない! 本当に小鳥に盲目になっていたんだな」

 

 そう言って彼はサンドラの二の腕を少し小突いた。

 

 そして締めのように言う。


「それで今は、俺のことも小鳥と同じように盲目に惚れてくれてるってわけだ」


 そうすると周りにいた貴族たちは、あら素敵と、笑みを浮かべて口々に言う。


「サンドラ様のプライベートな部分を垣間見られる面白いお話でしたわ」

「二人はお熱いってことだな」

「うふふ、私もそんな婚約者様を早く見つけたいわ」


 おおむね好評な反応が返ってきて、アントンはとても満足そうだ。


 しかし、サンドラは最悪の気分である。盲目に惚れているだなんて彼は断言していたが、こういう部分がある故に盲目になどなれるはずもなく、さらには惚れようという気にもならない。


 サンドラは、こういう話をされるのが大っ嫌いだ。


 幼いころの痴態など、面白い話だとしても知られて喜ぶものか。


 しかし彼はそんなこともわからない様子で、出された別の話題に乗って楽しそうだ。


「面白い話と言えば、例の辺境伯家のライネ様のお話、聞きました? 婚約者のマルガリータ様が大変嘆いていらっしゃったのよ」

「どうしたんだ、ぜひ聞きたい」

「それがですね━━━━」


 サンドラはとてもそんな気分にならなくて、集まっている少年少女越しに、華やかなパーティー会場に目をやった。

 

 きらびやかで何もかもがある美しい社交界、丁寧にいけられた花はきれいで、美しい音色も心を落ち着かせる。


 しかし、そんなものよりも、なんてことのない森から聞こえてくる鳥の声や、道端に咲いた草花。


 そういうものだって……いや、そういうものの方がサンドラは好きだと思うのだ。




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